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    下にスライドして行って、見てくださいね。
                     このページに使われている画像の転載や無断使用をお断りします。

 

                           1970年代〜 レトロ CB 写真館




                     1970年代〜自分が中学生だった当時の写真です。
                     「 合法CB局 ・ 海岸移動運用 」 みたいな感じですね。
                     同じ中学校の仲間内で、CB無線が流行ったんですよ。

                     この当時は、まだ2チャンネル機しかなくて、みんなソニーの製品を買いました。
                     ICB‐650 や ICB‐700A が、人気機種でした。

                     中には、松下の RJ‐38 なんかを使っていた友達もいました。
                     いまなら、絶対に松下か日立を買います。

                     この頃は、まだ免許申請が必要でした。
                     免許が届くと 「 無線局長 」 ですから、中学生としては、ちょっとカッコいいような気がしてました。

                     毎日、夕方〜夜にラグチューしてました。
                     田んぼが広がる田舎なんで、結構遠くまで飛んで行きました。
                     もちろん、固定ではみんな、外部アンテナを工夫して、つないでましたよ。
 





        下記の画像の中に、同じ高校に進学して、無線部でも一緒だった奴が自分も含めると三人写ってます。
      一人は、無線部の部長になりました。 ( 自分じゃないですよ! )

       


                                

                      下記も中学生当時の写真です。
          すぐに、合法CBから卒業して、違法CBへとステップアップしたんですよね。
          やった人も多いかと思いますが、バッテリーを積んでチャリモービルですよね。

          この頃が、田舎の方では、違法CBの全盛期でしょうか。
          トラックのモービル局(クラブ所属局)が、幅を利かせてきて、ローカル局が迷惑してた時期ですね。

          今では、考えられませんが、40チャンネルで足りなかったんですから〜。
 

 



        下の画像は、うーん、懐かしいCB機ですねぇ。
        自分のハンドルネームの PACE8030 がありますが、分かりますか?

        実は、当時なぜか二重になっているツマミが気に入らず、上蓋にボリュームを後付して、
        ツマミを移設してました。
        この頃から、改造みたいな事をしてましたね。

        この頃、同級生から頼まれて、トラックモービル局のCB機を修理(調整)してました。
        調整で、五千円位もらってました。 ( 今思えば、ボッタクリですね!! )
 





        下の画像は、DNTの6チャンネル機だったと思います。
        ネットで検索したら、DNT Kurier 3000 だったようです。 機種名を忘れていました。

        パワーがあまり出なくて、確か500mWか1Wだったんです。
        1波作るのに、送受で水晶が2個いるし、すぐに手放してしまいましたね。

        これも、いま持っていれば、貴重品なんですけど。



 


        懐かしい、光波無線のエコーM2と、輸出用のCBモニター(微弱電力送信機能付き)です。
        エコーM2は、まったく実用になりませんでした。

        カッコは良かったんですが、スプリアス発生装置ですよ。

        受信するだけでも( 電源を入れただけでも )、家のテレビがシマシマになりました。
        超再生検波のスプリアスは、とてつもなくスゴかったんですよ。

        すぐに、家族から使用禁止を言い渡されました。

                  


 


        下の画像は、輸出用のCBモニター(微弱電力送信機能付き)です。
        受信は、VFOで 1〜40チャンネルまで、カバーしていました。
        シングルスーパー方式でしたね。

        送信は、水晶発振の27.125MHz 1波で、学研ラジホーン並みの出力でした。

        取って置けば良かったなぁ。  当時、壊してしまったんですよ。
        「 ラジオボーイ 」 さんから情報を頂きまして、当時、九十九電機で通販してた
        「フィールドマスター」と言う機種と判明しました。

        自分も通販で買ったと思うんですが、すっかり忘れていました。


               

 



       中学1年生の頃に入手した、光波無線のエコーM2です。
       受信部に高周波増幅が1段付くと、エコーM3になりました。

       コイルボビンを差し替えると、トランシーバーとしては、HF帯から50MHzまで、
       受信は、70MHz〜FM放送まで受信できる。
       しかも、AM、SSB、FM も復調できると言う性能を謳っていましたよね。

       雑誌の広告に載っているデータを信じて、購入した若者が沢山いたと思います。
       でも、手にした、ほとんどの人が使用を諦めたのではないでしょうか。

       エコーM3にする改造キットや、1W出力パワーアップキットも販売されていました。
       いま思えば、高周波増幅が付けば、超再生検波のスプリアスの漏れも、少なくできたはずです。
       当時は、そんな事は分かりませんから、お手上げでした。

       送信時に、VFOも安定せず、水晶発振キットを買って追加改造したんですが、
       使いこなせず、ゴミとして処分されました。

       この頃、まだ エコー 2RQ や 3RQ も併売されていました。

       IC 搭載と謳って、電子ブザー ( コールボタン ) が搭載されたのは、後の事です。
       型番が、エコーMM33 とかになっていたと思いますが、
       基本性能は、なんら変わりが無かったですよね。

        

 

 

                                 1970年代〜 当時

        1970年代は、輸出用などの違法CB機が、無線機店、カーショップ、家電販売店、
        雑誌掲載の通販などで、幅広く堂々と販売されていた時期です。

        あまりにも普及してしまったために、違法だと言う認識が、社会全体として、
        希薄になっていたのかも知れません。

        手軽にできる、合法&違法CB無線から始めた人が多かったと思います。
        CB無線をやってから、アマチュア無線にステップアップすると言う流れがありました。
        自分も、中学生の時に、電話級の国家試験を受験して合格しています。

        当時は、アマチュア無線で、少しでもCB口調っぽく話すと、すぐにOMさんから叱られました。
        違法CB無線をやっている者は、格下と言うか、下品なヤツという見られ方をしていたと思います。

        大手メーカーの HF用アマチュア無線機にも、堂々と 11m バンドが搭載されていたり、
        各アンテナメーカーも、11mバンド用のアンテナを、当たり前のように販売していました。

        違法であっても、隣近所のテレビやラジオに妨害が入らなければ、なんとなく黙認されていた
        ゆるい時代でしたね。



        
        

 


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