月の杖と太陽の剣


 


異章2・虹色の石



【使用お題】
つき(変換可)
布団のぬくもり
虹色の鉱石
息を吸うように 息を吐くように

 

『虹色の石』

「息を吸うように魔力を体内に集めて、息を吐くようにそれを杖の先に向けて集めるのです。フィラーシャ、もう一度やってごらんなさい」

 修練用の、棒っ切れのような杖を正面に、銀髪の童女がぎゅっと目を閉じる。まだ十に満たない、ほんのわらべだ。頬を赤らめ、気張った顔で棒切れを正面に捧げ持つ童女――フィラーシャの肩口で揃えられた銀髪を、ふわりと風が揺らす。それは一気につむじ風となって、修練場の内部を逆巻いた。傍らで風に煽られる長衣の裾を押さえながら、指導していた魔導師の老女が慌ててそれを掻き消す。

「フィラーシャ! 止めなさい。それは風の魔力です。貴女が今集めなければいけないのは地の魔力ですよ。もう一度!」

 遠浅の海のような碧眼をぱちりと開き、はあはあと肩で息をしたフィラーシャは、そのやや尖った言葉にふえぇ、と眉を下げた。みるみるその見事な碧が潤む。指導教官をしている魔導師はしまった、と肩を落とした。この娘が泣きだすと手が付けられない。

 うあああぁぁあん!! と盛大に泣き始めたフィラーシャの周囲で、再びガタガタと修練場の備品が揺れる。

 魔導師の卵たちがその技術を磨くための修練場は、その役割上様々な安全装置が仕掛けてある。無論、魔術の暴走を抑えるための術式も用意されているのだが、それをもってしてもこの泣き虫娘の暴走を抑えるのはなかなか労を要することだった。

「――誰か、アルベニーナを呼んで来なさい!」

 フィラーシャはその場に座り込んでわんわん泣いている。火がついたように泣く彼女を宥めるには、彼女が一等慕う姉弟子を引っ張ってくるのが一番早い。日頃、日常生活でそうわがままを言ったり聞き分けのない子供ではないのだが、魔術の訓練中は気持ちが昂るのだろう。こうして何かの切っ掛けがあると感情と共に魔力を暴走させていた。

(というよりも、普段はこの子なりに必死で気持ちを抑えているのでしょうね)

 己の周囲に素早く結界を張り、魔導師の老女はやれやれ、と溜息を吐く。この子供の魔術の資質は非常に高い。元は孤児らしいが、暮らしていた孤児院からたった四歳でここ――魔導協会に引き取られてきた。普通はもう少し大きくなって、今のフィラーシャくらいの年ごろに魔導師としての資質を見出されて魔導協会に入るものなのだが、この娘は大き過ぎる魔術の資質を幾度か暴走させたらしい。

 幼子の場合、感情の暴走は魔力の暴走に繋がる。今もフィラーシャの周囲では風が唸りを上げ、座り込んだ土はまるで小さな海のように表面を波打たせている。
 それを起こさぬよう、この内気で気の優しい娘は幼いなりに気を遣っているのだ。

「――アルベニーナを連れて参りました」

 老女の背後から他の指導教官の声がかかり、その傍らから少女がフィラーシャの方へと進み出た。

「フィーラ。大丈夫よ、泣かないの。ね?」

 赤い癖毛の少女が優しく声をかける。内向的なフィラーシャと異なり、勝気な印象の強い十代半ばの娘だ。彼女の名はアルベニーナ、フィラーシャと共に魔導協会で修業をしながら暮らす魔導師の卵だった。




「地のまりょく、集めかたわかんないよ……」

 アルベニーナに連れられて自室に帰ったフィラーシャは、寝台の上で膝を抱えてこぼした。フィラーシャが得意なのは風の魔術である。真逆の性質を持つ地の魔力をまだ、幼いフィラーシャは自由に扱えずにいた。

 部屋の反対側に据えられたもう一つの寝台で、ううーん、とアルベニーナが眉を寄せる。

「地の魔力がどんなものか、感覚が掴めればいいんでしょうけど……そうだ。ちょっと待ってなさいね、フィラーシャ」

 そう言ってアルベニーナは手を叩き、いそいそと部屋を出て行った。一人取り残されたフィラーシャは再び鼻をすする。日はまだ高いが、フィラーシャは布団の中へと潜り込んだ。





「はい。これ、一緒に読みましょう?」

 夕方部屋に帰って来たアルベニーナは、皆と共に食堂で夕餉を済ませたあと、燭台と本を手にフィラーシャの寝台へ上がり込んだ。

「何のほん?」

「虹色の石のお話よ」

 そう言ってアルベニーナは、重たそうな装丁の本をばたんと開いた。燭台に乗せた光の魔法石がその紙面を照らす。二人で布団に潜り込み、アルベニーナは本を読み上げ始めた。



『むかし、むかし、ずっと北のさむいさむい、雪に閉ざされた森のなかに、ぽっかり洞窟がありました。

そこは暗い、暗い場所でしたが、奥にはとてもきれいな石がたくさんありました。

ある日、まものが洞窟にやってきてその石をみつけます。

まものはその石を盗んで洞窟をでました。

きらきら虹色に光るその石はとてもきれいで、まものはちょうど空に浮かんでいたお月さまにその石をかざしてみました。

きらきら、きらきら、石は虹色に光ります。

まものはそれを、うっとり眺めていました。

でも、ふとまものはおかしなことに気づきます。

月の光をきらきら吸った虹色の石は、しだいにずんずん重たくなってきました。

だんだん持っていられなくなり、まものは石を地面に投げ捨てようとします。

でも石はまものの手から離れません。

きらきら、きらきら。

虹色に光る石はいつのまにか、まものの手も虹色の石に変えてしまっていました。

石はどんどん重たくなります。

まものはどんどん虹色の石に変わってゆきました。

とうとう動けなくなったまものは、お月さまの光を浴びながら虹色の石に変わってしまいました。

石になってしまったまものをお月さまが照らします。

きらきら、きらきら。

するとどうでしょう。

まものの石はさらさら光ながら砂になってしまいました。

まものは洞窟の石を勝手に盗んだばつを受けたのです……あら? フィーラ、寝ちゃった?」

 そんなアルベニーナの声を遠くききながら、フィラーシャは布団のぬくもりに包まれて、いまは存在しない「月」の照らす夜の森をさまよう。ふかふかの土を踏んで歩いて行くと、きらきら光る虹色の石が洞窟のなかにひっそりと隠れていた。外に出すとその石はきらきら光り、そして光を浴びるとさらさら砂になる。地下に潜む硬い貴石、荒野を吹き荒れる砂塵、そして豊かに命を育むふかふかの大地。それが「地」だ。

 アルベニーナの狙い通り、無意識のうちに「地」の象徴を頭に焼き付けたフィラーシャ。翌日からめざましく地の魔術を覚え始めた彼女が、その時すでに地上から消えていた「月」を自らの手で取り戻すまで、あと数年。

 


ツイッタのフリーワンライ企画に参加しました。
『虹色の鉱石』は私が提出したお題で、よっしゃ書くぜ! と思ったのにお題そのままで使えなかったとかですね……。ははは。
実は酷い話というか、まあ昔話ってそんなもんですが……。
本当の実際の話は別にあって、それが「魔物=悪」という認識の中で曲解された話なんじゃないかなーとか思ってます。

小さい頃のフィラーシャとアルベニーナのお話でした。



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