首都圏の鉄道利用動向から競争を読み解いてみる

 

和寒  2004年10月16日

 

 

 「競争は利便性向上に寄与するのか?」という問いに対する答は、明確に「Yes」であり、それ以外の解はありえません。なぜなら、交通という市場において、ネガティブな方策で競争力を増すことは不可能だからです。その典型例はいわゆる「8日ゼネスト」で、国鉄(当時)が全面的にサービスを止めても、有難味が再認識されるどころか、かえってそっぽを向かれてしまいました。

 詰まるところ、各鉄道事業者は地道に利便性向上を図るしかないことが確認されたわけで、特に競争がある場合には、利便性向上をより推進する触媒になると考えられます。

 これはデータからも読み解くことができます。鉄道統計年報(私鉄各社)及び都市交通年報(JR・首都圏計)から、下記のことがいえるのです。
 

 全般的な傾向としては平成 3(1991)〜平成 8(1996)年にピークがあり、以降は減少に向かっています。この原因としては、不景気の影響と高齢化の進展(就業人口の減少)、少子化の進展(就学人口の減少)、夜間人口の都心回帰、そして統計バイアスの存在(※)等を挙げることができます。
 ※定期券利用者が回数券にシフトすると、月30日往復利用と計上されていたのが、実際の利用回数(月20〜22日程度)になるため、見かけ上利用者数が激減する。

 ただし、減少から回復に転じた事業者もあり、平成14(2002)年には 3社が 100(即ち過去最高)を記録するなど、いわゆる「勝ち組」「負け組」がはっきりと二分された格好です。個別路線毎のコメントは下記のとおりです。
 ※各社コメント中の「利用者のサービスに対する評価」は「交通サービスレベルの評価手法について」(森敬芳・熊本義寛・荒川英司・堀江雅直/土木計画学研究・講演集23に掲載)による
   東武鉄道
   西武鉄道
   京成電鉄
   京王電鉄
   小田急電鉄
   東急電鉄
   京浜急行
   相模鉄道
   東京メトロ
   東京都交通局
   JR東日本

 

 ここでJR東日本に着目すると、国鉄時代に構築されたインフラを活用、圧倒的な高速性を武器にし、かつ沿線に開発余地が充分あったことから、他事業者を後追いする格好で輸送量を伸ばしていることがわかります。ただし、その勢いは平成 8(1996)年をピークとして鈍っており、現在は横這いないしは漸減傾向にあります。JR東日本は、首都圏で唯一の統計バイアスがない事業者ですから(定期券の割引率が高く回数券シフトがない)、利用者の伸びは一段落したとみなさざるをえません。

 既存路線に限界が見えてきた以上、JR東日本がさらなる業績向上を目指すためには、いわば「新天地」を開拓していくしかない。その格好の素材が湘南新宿ラインである、と解釈することが可能です。

 湘南新宿ラインは既存インフラ(貨物線)を最大限に活用するものであるため、容易に実現できたように思われがちですが、一昔前には「需給調整規制」が存在したため、様々な横槍が入り実現しなかった可能性大です。北側には有力な競合相手がいませんが、南側には競合路線が目白押しですから。実際のところ、「踊り子」や「通勤ライナー」が新宿まで直通していたのに、普通列車だけが直通していなかったのも奇妙な話で、「需給調整規制」の効能のほどがうかがい知れる事例といえます。

 勿論、たとえ湘南新宿ラインが実現せずとも、競合路線にはサービス向上する動機づけが一応あります(例えば所要時間短縮すれば保有車両数を圧縮できる)。しかしながら、競合相手の有無≒動機づけの濃淡であると考えて、まず間違いはないでしょう。

 

 ここで、どのような施策にもメリット及びデメリットが併存する点に注意が必要です。湘南新宿ラインもその例外ではなく、一見いいことずくめの施策であるように思われますが、実は池袋駅の配線変更は板橋行貨物列車の復活が金輪際ないことを前提にしているのです。元の配線のままであれば復活の可能性を担保できたというのに、それを敢えて捨て、少なからぬインフラ投資までしたからこそ、湘南新宿ライン増発が可能になったことは、もっと広く知られてもよい事柄でしょう。
 ※普通の感覚でいえば、貨物列車の復活可能性と湘南新宿ラインの増強とを対等に比較することはありえませんが、湘南新宿ライン増強がまったくなにも犠牲にしていないわけではない、という文脈におけるレトリックと御承知おきください。

 競合路線における施策についても同様のことがいえ、大なり小なりデメリットの発生は免れえず、それが「競争の負の側面」ということになるでしょう。それでも、無競争状態でサービス水準が低レベルで安定するより、競争状態でサービス向上を目指していく方が、利用者のニーズにより合致すると考えられます。なぜなら、無競争状態での悪いサービスはいつまで経っても淘汰されませんが、競争状態での悪いサービスは必ず淘汰されるはずだからです。

 

 以上は利用者の利便性(社会的効用)を軸とした評価ですが、企業経営という観点からすれば、競争などない方がよいに決まってます。競争を仕掛ける側はインフラ構築に伴う重い初期投資負担に耐えなければならず、仕掛けられる側は減収に苛まれ、どちらも苦行を強いられるからです。無競争で独占的利益をむさぼりたい、というのはどの事業者にも共通する本能、というよりは「煩悩」でしょう。

 しかしながら、そんな甘えが許容されないのは世の趨勢であり、鉄道事業者もその例外にはなりえません。競争状態下でより質の高いサービスを提供し、利用者のニーズを獲得していくというのが、当代に求められる企業像でしょう。

 その点で注目に値するのが、京王電鉄です。京王電鉄は、インフラ構築を小規模に抑え、専らソフト施策(ダイヤ改正)の拡充により、輸送量を着実に伸ばしてきています。中央線という強力な競合相手がいながらこの伸びですから、驚異的なものがあります。

 京王電鉄の場合、優等ダイヤは充実している一方で、各停が不便を強いられています。例えば代田橋から下高井戸に行こうとすると、各停は10分毎の運行でしばらく待つうえに、明大前で優等待避があるので、たった2区間とは思えないほど所要時間が長い。まさに「競争の負の側面」そのものの現象が起こっているわけです。

 ところが、そんな京王電鉄のサービスに対する利用者の満足度は高いのです。不思議なことながら、実際にアンケート調査の結果が示されている以上、京王電鉄利用者においては、「正の側面」が「負の側面」を覆いつくしてなお余りがあると受け止められている、と解釈するしかありません。

 この京王電鉄の例はたいへん示唆的です。おそらく、京王電鉄の施策には利用者の心をつかむ「なんらかの巧さ」があるはずですが、これを明確に示した分析は今のところ存在しません。わかっているのは、「負の側面」が多々ありながら利用者から高い評価を獲得し、輸送量が伸び続けているという現実です。

 

 その一方で、東武・西武・京成の低落傾向が続いているのは不可解です。東武・西武は複々線化を進め、地下鉄との相互直通を推進するなど、莫大なインフラ投資を行っているだけに、なおさら不可思議感が強い。

 この例を含め、「競争」「インフラ」「ソフト(主にダイヤ)」がそれぞれ利便性向上にどう関連しているのか、例外が多いために今後もなお分析が必要と思われますが、そのエクスキューズが「“競争の負の側面”にも注目しつつ」という表現に包含されているという前提において、「競争は利便性向上に寄与する」と結論づけてよいと考えます。

 

 

 

 

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