「不当な低賃金問題」と言う「格差」に対応する処方箋は?



TAKA  2007年07月16日





●日本に取り「国際競争力の確保」は避けて通れない『至上命題』

 日本経済自体国外に市場と資源を求め加工貿易の利ざやで此れだけの国富を築いてきた経済であり、狭く土地も資源も食料も無い国土に1億2千万人近い人口を養うには「富を海外に求める」と言うのは日本の宿命で有ると言えます。その点から考えると「自由貿易の堅持」は日本と言う国家の維持には絶対必要な事で有るというのは自明で有ると思います。
 しかし自由貿易下で「富を海外から得る」には自国の製品(もしくは自国の会社の製品)が海外で売れなければなりません。売れるには他の製品より優れた点が無いと売れないわけで其処から「製品の国際競争力の確保」は日本が海外から富を得て生きていく為には「絶対必要な条件」と言う事になります。

 歴史を振り返れば日本の場合、戦後の復興期にアメリカに対して安い労働力を生かして「安くて良い製品」を売る事でアメリカから外貨を手に入れ「アジアで経済成長の先頭に立つ地位」を確立し、アジアで一番最初に「経済成長のテイクオフ」を果たしました。その後韓国・台湾・ASEAN・中国と「安価な労働力と自由貿易」を活用してどんどん経済のテイクオフを果たし日本を追い駆けてきた中進国・発展途上国に対しては、日本の高い生産性と技術力で製品に付加価値を付けて「労働力の差額を付加価値で賄う」と言う形で今まで日本の製品は国際競争力を維持してきました。
 今その「技術力の優位」が揺らぎつつ有ります。日本企業はバブル崩壊以降の「失われた10年」で副業に浮かれ本業が衰退し収益的に疲弊し、国際間の競争で生き残る為に生産性を向上させる為に「リストラ・賃下げ」と言う名で労働分配率を下げ、生き残りを図り、その結果「失われた10年」を生き残りリストラで再生した企業は、「最高益更新」を果たすなど再生を成し遂げています。
 その様な「リストラ・賃下げ・合理化」等の「労働者に犠牲を求めた国際競争力の確保」も、確かに日本企業の国際競争力を強化したのに役立ったのは事実です。しかし「労働現場の疲弊の上で国際競争力回復」は本質的な点で日本の国際競争力の回復には一時的寄与しかして居ません。何故なら日本企業の「売り」で有った「技術力」のレベルアップを果たさず「リストラ」で競争力回復を図ったが故に競争力の本質的回復を図る事が出来なかったと言う事です。ですから家電業界などで顕著ですが、日本企業に比べて比較的労働生産性の優位でしかも日本企業並みの技術力を付けてきたアジアの優良企業に国際競争で負ける例が多々出てきています。
 ですから国際競争力の確保は日本に取り世界経済の中で生き残る為の『至上命題』で有る事は間違い有りません。しかし此処10年で行われてきた「労働市場に調整を求める形での競争力強化」は一時的な効果をもたらす物の本質的な競争力強化にはなりません。その本質的な競争力強化には「他国に真似できない技術力の強化」が必要と言う事です。逆に言えば「競争力を確保しながら今の賃金切り下げの状況を解決するカギ」も此処に存在するのでは無いかと考えます。


●「低賃金」格差是正に施策とは?

 では今の問題になっている「低賃金による格差の発生」に関して如何にすれば解決できるか?考えて見たいと思います。本来ならこの様な問題は「政治的な話」で有り、此処でする話に相応しいとは思いません。しかし此処まで書いてきた以上は「処方箋」と言う名の私なりの結論を書かざる得ないと思います。只あくまで此処に書いている事はTAKA個人の私的意見ですからその点はご了解の上読み進めていただきたくお願い致します。

 ☆ 最低賃金の向上でセーフティーネットを貼る

 これは「「適切な給与水準」を確保するコストは誰が負担するのか?」で書いた事ですが、先ずは今「生活保護以下」と言う最低賃金の向上でセーフティネットを貼る事でしょう。
 憲法で保障されてる「健康で文化的な最低限度の生活」を営む為の所得水準がどれ位か?と言うのは客観的基準を国なりの公的セクターが出す事が必要ですが、その「最低ライン」を生活保護と国民年金に適用し、其処から「働いている分の付加価値」と付けた物を「最低賃金」として設定し、「職を持ち働けば家庭を持ち文明的な生活を営める」と言う保証を法的に与える事でしょう。
 そうすれば法で最低限の生活を保証する事が出来ます。一番簡単な方策ですが、今有る既存の法律を生かしてしかもセーフティネットを貼る根拠付け行うことが出来る手段として一番即効性が有り簡単な方策で有ると思います。

 ☆ 「最低限の生活」以上の物に関しては「補助金」で対応する

 しかし生活保護・国民年金・最低賃金のセーフティネットで支えられる物は「健康で文明的な最低限の生活」に過ぎません。生活を保護するのにそれ以上の支出を明確に保証するのは「過剰保護」に成りかねません。そうなるとそれ以上は「行いが国・社会・経済に与えるメリット」に応じた「手助け」と言う補助を支給して「メリットの有る行い」を奨励すると言う方法が好ましいと言えます。
 例えば「第二子以上の子供を生む」「高等教育を受ける」等々「最低限度の生活」とは言えない物の、国家・社会・経済に好影響を与える物を「金が無い」と言う理由で諦めさせる事は全体的に見てマイナスです。
 その方策として一定レベル以下の所得の人たちに「第二子以上を生むと月当り幾らかの補助金を出す」「公立の高等教育の費用を下げる」等々の個々の事柄に対しそれに相応しい補助金を出す事で、「バラマキをせずに好ましい事象を推奨する」と同時に「社会的に好ましいより高みを目指す行為に対し社会が手助けをして奨励する」と言う事を推奨するべきでしょう。

 ☆ その「財源」は『税による富の再配分』で賄う

 その様な施策で一番問題になる「財源」はエル・アルコン様の言われる様に『税による富の再配分』に頼る事にしましょう。
 少なくとも今の裕福層に対する税金は安いと言う事が出来ます。「強すぎる累進課税は富者の労働意欲を失わせる」と言いますが、やはり「労働者からの搾取の上に財をなす」「グレーゾーンを歩みながら財を成す」と言う今の社会の姿が正しいとは絶対思いません。又「不労所得で財を成す」と言う事への課税も今の状況では緩いと言わざる得ません。
 先ずは「財を成した人への税率アップでの税収増」「株式取引への課税強化」等の方策で、富者から有る程度の財を吸い上げる事が必要でしょう。その次は「国内中心の企業への法人税アップ」を考え国内で利益を上げた企業の富を国内に還元できる手段を整えるべきでしょう。只本来は輸出企業の法人税と国内企業の法人税を差別化する事は不平等と言えますが「輸出企業に課税強化すると国際競争力が落ちるし輸出企業が国外に逸走してしまう」と言うリスクが有る事を考えると、法人税増額は慎重にならざる得ません。
 その上で「財源」が足りないと言う事になれば、その段階で「最終手段」としての「消費税率UP」を考慮するべきでしょう。消費税に関しては世論の厳しい目が有る為選挙前でも「微妙な逃げ表現」で逃げている状況ですが、課税できる余裕の有る人や組織に課税した上で「どうしても財源が足りない」と言う事で「消費税増税します」となれば国民も納得するでしょう。その様な方策を考えるべきでしょう。

 ☆ 加えて大切なのは「技術立国」をより強化させる為の補助策

 それらのセーフティネットの方策に加えて、「賃金コストを上げても耐えられる日本の物造り」を目指す為に、企業の技術競争力を強化する様な施策を考えるべきです。具体的には「企業への技術開発への直接補助」や「競争力強化の為の設備投資への補助」「社員・採用者への技術教育への更なる補助」等を考えるべきでしょう。
 先ず日本の製造業が海外で金を稼いで来てくれないと日本経済は成り立ちません。まして製造業の雇用が無ければ日本経済は「失業者の山」になってしまいますし、労働者に技術を教え高度化しないと、シャープの亀山工場の様に「日本で物造りを行っていて高度な最先端の工場を作っても働いているのは低賃金で引っ張ってこられた請負労働者」と言う結果になりかねません。この様な事では将来的に技術の蓄積が出来ず日本の製造業の技術の衰退を招きかねません。この様な状況に対し今まで優位だった筈の「日本の労働者の質と技術と物の品質」を高める為に政府も投資をすべきで有ると言えます。
 そうすれば将来的に「日本の国際競争力」が高まり、日本が今の経済規模・民度を維持しながら国家を維持して行く事ができるでしょう。その為には「労働者へのセーフティーネット」だけで無く「企業・労働者への投資」も必要と言えます。

 先ず「低賃金」を克服するにはこの様な方策を行うしかないと考えます。今後雇用の需給がタイトになれば必然的に「低賃金格差」は是正されると言えます。多分今や実勢の賃金はジリジリと上昇しつつあり遠くない将来には賃金上昇に耐え切れなくなり、タクシー業界の様に「待遇改善」を大義名分に値上げを行う例も出て居ます。それ自体は「自助努力」として評価すべきです。
 しかし「需給関係」やら「企業努力」だけに頼っていては、根本問題に解決にはなりません。根本的な側面に関して言えば「法や制度」が救わなければならない所です。其処はやはり「税の制度」を上手く活用して政府が行うべき事柄であると考えます。今回はその為の道筋を考えて見ましたが如何でしょうか?


●問題は「政・官」が役割を果たせるのか?

 只個々で一番の問題なのは「官が平等・公平に『税による富の再配分』を行えるか?」と言う点です。皆さん政府が「平等・公平にセーフティネットを貼れる」と信じられますか?私はNoです。
 昔の日本の「官」は官僚が非常に優秀で有ったことも有り、上手く「経済成長」と「税による富の再配分」で世界にまれに見る「豊かだが平等の社会」を作り出すことに成功しました。昔有った言葉「一億総中流」と言う言葉は正しく「豊かだが平等な社会」を指し示す象徴的な言葉でした。この様な社会を作り出したのは高度経済成長を演出した「政府の経済政策」と社会的な富の再配分を作り出した「累進課税制度」です。又としと地方の格差に対しても「地方交付金」を作り出し、「富者から貧者へ」「都市から地方へ」と言う税を用いた金の流れを作り出し、上手く日本国中に豊かさが広がる様に「税による富の再配分」を演出してきました。
 しかし近年の「政・官」の行った改革によりこれらの富の再配分システム、具体的に言えば「累進課税制度」「地方交付税」は今や死にそうになってきています。これらの制度が死にそうになってきて出てきた問題が「下流社会の出現」「貧富の格差」「都市と地方の格差」等の所謂「格差問題」です。格差問題は「官」の政策失敗による「富の再配分の失敗」により発生してきた問題です。
 又上手く平等に「富の再配分を行えるのか?」と言う疑問に大きな「?」を投げかけた問題に今ホットな「年金問題」が有ります。今の年金問題に関して色々な問題が背景に有るにしても、今のドタバタを見て「今の政治家と官僚に上手く富の再配分を行える力量が有るのか?」「今の政治家と官僚に公に奉仕し弱者を救済できるのか?」と言う疑問が湧いてくると思います。実際その様な力量が無く役割を果たせていないから今のような問題が起きてくるのです。
 この様な人たちが貼る「セーフティーネット」を皆さん信じられますか?実際北九州では「生活保護を拒否された人が餓死」と言う事件が発生しています。これらは「せーティーネットを貼っていても『官』が穴を開けた」例と言えます。
 この様な穴だらけのセーフティネットでは国民は幾ら「再チャレンジ推進」だの何だの言われても安心して生活をする事が出来ません。先ずは「政・官」が「襟を但し」「正しい事を正しく行い」「無駄を省き財源を捻出し」その上で「セーフティネットとして機能する施策」を出して「不足の財源を富者から増税する」と言う作業を行い、その上で「最終的不足分として消費税を増税する」と言う道筋を歩むべきでしょう。
 先ずは「政・官」が国民の信頼を取り戻す事です。全てはそこから始まると言っても過言ではないでしょう。




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