需給調整規制問答

 

TAKA v.s. 和寒  2004年11月13日

 

 

■TAKAによる反対的立論(阿)

 鉄鋼メーカーでのイメージは良く分かります。私も前の見学記の時に『「保守管理としての軌道桁の塗装工事費」だけでも馬鹿にはなりません』と書いたとおり、先ず見たときに“桁の塗装”と言う保守の高コストさに目が行きました。感じたものの差は見たときの状況や「自分の専門分野に先ず目が行く」という状況が有るから着眼点が違うだけであり、『懸垂式は跨座式に比べ高コストシステムである』という感じを抱いた事に関しては間違いないと思います。

 確かに「高コストであるが、その維持費を地元に落とせば経済的には乗数効果で地元が潤い、それが税収で還元される」と言う考え方も理論的には成立します。しかしそれは正しかったのでしょうか? 少なくともその高コストが運営費でカバーできていれば問題にならないのですが、今の千葉都市モノレールの経営状況で、税金から保守管理の塗装費を補助を受けている状況では、社会全体の効率性から考えると好ましくは有りません。

 また「どの地域にも配慮の結果どの地域にも不便になってしまう」という事は千葉モノレールに当てはまっている可能性は十二分に有ります。その設定が微妙であるか絶妙であるか、千葉モノレールの場合極めて微妙であるといえるでしょう。

 訪問記でも述べていますが、千葉〜千城台間では直通の軌道系交通機関の千葉モノレールが絶対優位に立てない迂回ルート設定ですが、穴川以南は千葉へのフィーダーで地域内では機能していますし、穴川〜千城台間では千葉へのアクセスルート(絶対的強さではないが)と都賀へのフィーダー路線として一応機能しています。

 という事から考えて、よく言えば“路線建設”の恩恵をより多い地域に波及させる絶妙な配慮をした路線設定なのかもしれませんが、実際は千城台地域では千葉に対し迂回ルートになり、穴川地域では対東京で考えれば千葉まで戻る迂回ルートになっています。“路線建設の恩恵”は広い地域に行き渡りましたが、その地域のメイン流動にそっぽを向くという形になり、結果的には“二兎を追う者は一兎も得ず”という結果になってしまったのでしょう。

 よって、千葉市内の市街地交通路線としてはモノレールは厳しいものがあります。距離が短いので本数もそうですが、先ず乗るまでに上下移動をしなければならないのが大きなマイナスです。その点バスは駅前広場から平面で乗車できて、しかも駅前の大通りを直線で結び本数も多いので、単純に競争すればバスが圧倒的に有利なのは明らかです。運賃的にも“ワンコイン”施策を取らなくても、あの距離ではバスの正規料金のほうが安いのは明白です。

 問題は幾ら税金を投入した路線であれども、その様な純粋に利用者の側面から考えてメリットの少ない路線に“税金の投入した路線の有効利用”という名目で競争を阻害するような既存バス路線整理等の方策を、官が主導して行っていいのであろうかという点にあると思います。

 原則論からいえばNOであると思います。確かに不毛な競争の行く末は“立ち枯れ”であり、競争の末の寡占が最終的に利用者に取りサービスの低下で跳ね返りマイナスをもたらすこともあります。いわゆる「競争の弊害」については十二分に考慮しなければなりません。その様な“競争の弊害”が発生するのであれば官が調整してバランスを取る事は利用者の便益確保の側面から見ても必要なことであると思います。  しかし千葉モノレールの千葉〜県庁前区間の場合、必ずしも「保護する事=利用者の便益確保」になるのでしょうか? これはNOです。競争相手のバスの方が“利用しやすく”“便利”“安く”という3拍子揃った状況です。この様な状況でモノレールを保護するのは好ましくありません。確かに「巨額の税金を投入して建設された路線」であり最大限有効利用する事は好ましいです。しかし幾ら税金で補助をして運賃を下げても、経路の不便さ(特に千葉市繁華街に対しては)や上下移動を伴う不便さ等は解消できません。その様な所に官が主導して調整をかける事は好ましい事ではないと考えます。

 ただし運賃を安くすれば乗客を誘致できる可能性は有ります。特にモノレール沿線〜県庁前方面へ千葉乗換等で利用する客を誘致できる可能性は有ります。それこそ多摩モノレールのような“隣接駅 100円運賃”の様な運賃優遇策をモノレールの千葉〜県庁前間に導入すると乗客を誘致できる可能性は十分あります。しかしそれはあくまでも“千葉モノレールの経営判断”で導入するべきですし、その時には“値引きによる減収≦乗客増による増収”になるような状況が計算できる時に導入するべきです。

 基本的には“何故この様な中途半端なモノレールを建設したのか?”という事を考えるべきでしょう。実際は千葉〜県庁前間は“将来延長線の先行一部開業”という位置付けが正しいでしょうが、現実にはその中途半端な状況で有るがゆえに、“迂回路線”でこれ又中途半端な状況のその他の区間とあいまって極めて厳しい状況に置かれています。この様な状況に対して“税金を投入して作られた公共交通インフラの有効利用”という点からも対応策を考える必要が有るのは確かです。只それは“官の力を利用した安易な民業圧迫”として行われるべきではありません。

 先ずは“何故この様になったのか?”“どうしてこの様な計画を決定したのか?”等の原因を追究した上、対応策を考えるべきでしょう。

 

 

■和寒による補足(吽)

 TAKA様の考え方はよく承知しておりますし、また需給調整規制撤廃の理念の根幹がTAKA様のいわれることですから、私の意見は逆らえないものに逆らおうという足掻きのようなものです。まあ、理念と実態の比較考量としてお考えください。

 例えばバス路線に新規参入しようという場合、最も極端な例では、社長兼事務兼運転手の一人起業で中古バス一台から始める、ということもできます。実際にはこういう事例はタクシーに多いようですが、ともあれ、このような起業を促すという面が、需給調整規制撤廃にはあります。経済の活性化という観点では、それは重要なことです。

 その一方で、モノレールのインフラ整備にはものすごいお金がかかるわけです。これと上記起業がまともに勝負していいのか、という比較考量です。

 仮に「撤退」する場合、一人起業の損失は数百万円単位です。これに対しモノレールでは少なくとも数百億円単位に及びます。要はちょうど一万倍も違う。しかもモノレールのインフラ補助の半分は地元負担(つまり市民の税金)ですから、これを守るという発想はありえるのではないでしょうか。

 鉄道を守るために自動車利用規制をと叫べばいわゆるマニア的な議論に堕しますが、市民の税金を投入した社会基盤を守る、という発想には一定の合理性がありますし、また支持を得ることもできると考えます。このあたりはとも様の見解も頂戴したいところですね。

 また、TAKA様は「(モノレールは)上下移動を伴う不便さ等は解消できません。その様な所に官が主導して調整を駆ける事は好ましい事ではないと考えます」とされていますが、ではTAKA様が御自身で撮られた写真Z〜\を御覧ください。奥の方に見えるのは、間違いなく車椅子の方ですね。バリアフリー対応が十分採られるならば、ハンディキャップ利用者にとってさえ、上下移動は不便でもなんでもないことになります。

 沿線のバスのバリフリ対応が遅れているだけかもしれませんし、ひょっとするとバスのバリフリ対応が進んでいても混んでいて乗りにくく、やむをえずモノレールを選択するという、笑うに笑えない展開も考えられますが、しかし車椅子利用者がおられたことは事実です。上下移動は必ずしも不便ではない、という点を見落としてはいけないと思います。

 勿論、バリアではなくとも、上下移動に心理的抵抗感が伴いますし、若干ながらも時間的ロスが伴うことは否定しません。それでもほんらいは、基幹交通として整備した以上、モノレール利用を誘導する方策があってしかるべきだと考えます。

 そのための障害はなにか。TAKA様からも既に指摘がありますが、自分なりに挙げると以下のとおりです。

   ・運賃が高い ←高コスト構造(その原因追及については稿を改めます)
   ・速度が遅い ←現状では遅すぎる/ゆいレールを見習ってほしい
   ・本数が少ない←高コスト構造と利用者数低迷の相乗作用かつ悪循環
   ・二兎を追うな←都市計画道路と一体整備のため道路整備水準も上がる/そこを放置すればバスが勝つに決まっている/モノレールを保護・優遇する交通マネジメントが必要

 というところでしょうか。

 

 

■TAKAによる再度の反対的立論

 最初は極めてミクロ的な話です。御指摘の通り千葉モノレールにはかなりの駅にエレベーターの様なバリアフリー設備が整備されています。特に1号線は全駅にエレベーターかエスカレーターが有ります。
  千葉都市モノレールの駅設備〜千葉都市モノレールHPより〜

 しかしそれでもJR改札口と同レベルの地上の駅前広場等から出るバスと比べると、上に昇らなければならないモノレールにはバリアが存在すると考えます。其処に個人差が有ることは否定しません。私個人の感覚では「上に昇ることですらバリアである」と感じます。歩くのが苦手で「10分以上歩く時にはタクシーを使用する」というほど歩くのが億劫な私にはエレベーターやエスカレーターがあってもバリアと感じます(あくまでも個人的感覚ですが……)。

 その様な感覚で考えると、平面で乗れるバスと、エスカレーター経由でないと乗れないモノレールとで比べれば、私はバスを選択します。私は障害を持つ方の感覚を必ずしも的確に理解しているわけではありませんが、やはり同じように選択する可能性はあると考えます。

 ましてや千葉都市モノレールの場合、千葉駅改札口から考えるとエスカレーターを3フロア上ってホームです。正直言ってそれだけで数分掛かる距離です。此れが「よりバリアの少ない平行路線を選ぶことができない」とか「長距離を乗る」と言う場合であれば、問題は少なくなるでしょうが、乗車時間5分の千葉〜県庁前間では3フロア登ると言う事は大きなマイナスで有ると考えます。

 少なくとも1号線の場合“部分開業の中途半端な路線”という避けられない現実がある以上、そうであっても有効利用できるのであれば利用するに越した事はありませんが、「近距離・短時間なのに高運賃」「より安く便利な競合路線が有る」「乗るまでにバリアが有る」と言う現実に対し、“基幹交通として整備したのだから有効活用する方策”を自助努力でなく相手に抑圧を強いるような形で行う事は、利用者の利便性を損ねると言う意味で好ましくないと考えます。

 ただ此れは千葉モノレール其の物の自助努力で、モノレールの魅力を高めそれにより1号線に客を招致すると言う事を否定する訳ではありません。その様な事は積極的にすべきですが、あくまで“自力で行う”事が条件です。そうすれば“利便性の高いバスに利便性の低いモノレール”と言う関係から“利便性の高いバスと利便性の高いモノレール”という関係に変化する事になります。此れは利便性や競争という側面から考えても後者が優れていることは間違いありません。後者の様になるようにモノレール自身が努力するべきなのです。ただし、此れが難しいからモノレールが苦戦しているというのが実情でしょうが……。

 続いて今度はマクロ的な話です。確かに需給調整規制を撤廃するという話は完全な競争促進政策です。ましてや参入に比較的ハードルが低いバス・タクシー等が参入してくれば、高額のインフラ負担を負う宿命にある軌道系交通機関の場合、インフラの負担が軽いバス・タクシー等に比べて資本費的側面のコスト負担が有る分ハンデを背負っているという事は間違いありません。

 実際参入・規模拡大のハードルが低いバスやタクシーでは、競争が促進されMKタクシーのような“高サービスタクシー”が登場すると言った競争の正の側面が有る反面、競争が激化して過当競争が広まり末端に犠牲を強いるような事が発生しています。
  規制復活に強い慎重論 仙台タクシー業界“逆特区”申請〜ヤフーニュース〜

 正しく此れは過当競争にさらされ生き残りが厳しくなってきたタクシー業界が、参入規制で業界秩序を取り戻そうと言う「タクシー需給調整特区」です。此れは正しく競争の負の側面の発露です。“最低賃金を稼げないほどの過当競争”は競争の弊害以外何者でもありません。しかし「タクシー需給調整特区」構想も又公的承認の基でカルテルを組むというものであり、新規参入をカルテルで阻止すると言うのは正しく“競争政策の自殺”以外何者でもありません。しかしこの様な状況では“如何なる場合でも競争阻害の調整は悪”ともいえますし、“過当競争は悪だからそれを防ぐ調整は善”ともいえます。此れはどちらも正しい答です。それだけ“競争をコントロール”するのは難しいのです。

 この様に“競争”というのは難しいものなのです。一面においては競争が無ければインセンティブが無く利便性が向上しませんし、競争させすぎれば特定強者が生き残り寡占によるサービス低下を引き起こし、又生き残る話し合いを行えばカルテルが成立しこれ又競争が阻害され最終的にはカルテルの驕りから価格が上がったり、サービス等が低下する可能性は有ります。

 ですので今回話題に上った「千葉〜県庁前」間のバスとモノレールの競合関係の場合、先ず運賃が異なります。バスは割引のワンコイン 100円区間ですし、同区間モノレールは190円します。それ以外にも「モノレールに関しては乗車・降車まで上下移動が必要」等のハンデも有りますが、一番違うのは運賃です。運賃の場合モノレールの運賃 190円は投資コストが跳ね返っている為の高運賃と言うのも有りますが、バスの割引 100円というのも又安すぎる気がします。

 ワンコイン 100円運賃の設定が「企業努力による利用増加のために値引きをした」と言うのであれば「正しく競争(バスがモノレールを意識しているかは別にして……徒歩等の競争相手もあるので)による利便性の向上」であり好ましいものになります。しかしそれが「競争相手撃退の為のダンピング」という事であれば、“競争の弊害”であり好ましい事ではありませんし、不当な競争になります。競争についてはその様な事も考えなければなりません。ですから“競争”と一言でいっても非常に難しいものです……。

 確かに千葉都市モノレールは巨額の税金を投入して成立した交通機関です。それを最大限に生かすことは重要な事です。しかしモノレールは軌道法で建設されその制度上同時に平行(導入空間)の道路も整備され、それによりその道路を通るバスの方が競争に勝ってしまう皮肉な現実も存在します。

 しかしその時に「税金を投入した基幹交通だから保護されるべき」という理由が成立するのでしょうか? 私は難しいと考えます。モノレールは補助だけを受けて居る状況でも競争相手のバスはガソリン税・自動車各税等のそのインフラ整備の財源たる税金を払って運営されているのです。其処で正当に制度に従いしかもそのインフラ改善の対価たる税金もちゃんと払っている競争相手のバスが「市民の税金投入されて作られたモノレールは市民の機関交通だから保護される」というのは多少おかしい話であると思います。

 ただおかしな話であっても「税金を投入した社会資本たる公共基幹交通を守る」という話も一面では又成立します。実際千葉モノレールは特に2号線は償却後は赤字でもすでに廃止してバス代行が出来ない程度の輸送量を保有しています。その様な場合上手く生き残らせる方策を考えたほうが社会全体から考えればプラスです。しかしそれも「官の力で民業を圧迫しない」と言う事が前提になります。

 「税金を投入した社会資本たる公共基幹交通を守る」という名目の下で正当に制度を守り納税している民業を圧迫するのは正しい事ではありません。其処のさじ加減が難しいと思います。では如何するか? 方策としては民業圧迫の方向に走るのではなく、極端に有利にならない程度にモノレールの利便性を高める方向に補助を行い、それでモノレールに下駄を履かせることで、総合的によりフェアな条件で競争を行わせてモノレール・並行民業の両方を上手く競争と共存の関係に置くと言う方策を探すしかないと思います。

 前にも述べたように“競争のバランス”というものは非常に難しいものですし、視点が変われば同じ事でも間違っていると捉えられることもあります。そのあたりのバランスを考えながら“需給調整規制”に関して考えていく必要があると思います。今は正しく“需給調整規制”撤廃による競争の負の側面が見えてきている時です。その様な競争の側面と「社会基盤の公共交通機関の保護育成」の側面の両面から交通の総合的なマネジメントを考える必要が有ると考えます。

 

 

■和寒による再度の補足

 千葉モノに関してはさまざまな論点がありうると考えますが、私の考え方はおよそ以下のとおりです。

 まず、需給調整規制に関していえば、私は原理原則を敢えて曲げ、いわば無理筋に近い立論をしようとしています。自分のいいぶんが正しいとは必ずしも思っていません。原理原則を完全否定するならばともかくとして、「適用除外」があってもいいというルーズな立論で、われながらなんとも腰の弱い持ちかけ方です。

 ではなぜそんな無理のある議論をしようというのか。

 それは、莫大な資金を投じモノレールをつくったという事実が残るからです。インフラ補助の半分は地元負担です。「税金を無駄にした」ならばまだしも良い結末といえ、投下資金の少なからぬ部分を公債によっているとすれば、どういうことになるか。モノレールが撤退するような事態に至れば、「借金を抱えたまま営業をやめる」という、おそろしく中途半端な状態になってしまうのです。

 この借金が棒引きできるならば、まだ救いがあります。しかし、公債は額面保証されているのが一般的であり、棒引きはまず不可能です。よって、利便性を失った状態のまま、いうなれば稼ぎがなくなった状態で借金を返していくという、たいへんな苦しみが始まるのです。その茨の道を、敢えて選択すべきなのか。

 最も良い結末は、モノレールを自立経営可能な状態にして、より多くの市民が利便性を享受する過程のなかで、発生する便益が財産として沿線に帰着し、ここから税収を得て、借金を返すという「正のスパイラル」に持ちこむことです。私の論点はここにあります。

 ここで議論として苦しいのは、モノレールの利便性は高くとも、少々の瑕があり利用が阻害されている、という生やさしい状態ではないということです。千葉モノレールはごく率直にいって交通機関としては駄作で、
   運賃高い
   スピード遅い
   本数少ない
   路線が流動に合っていない
 などなど何重苦も重なっている。そんな不便な交通機関の利用を促すような方策が妥当なのか、という指摘は尤もではあります。しかしその一方、税金(公債)を投下して社会基盤を整備したという事実は残る。この比較考量をどうするか、です。

 並行バス事業者を圧迫し、全体的に利便性を下げてまで、モノレール利用を促進するか。それとも、敢えてモノレールを「損切り」して元の状態に戻し、長く苦しい借金返済の道を歩むのか。まさしく「究極の選択」の典型といえ、石原都知事をして「進むも地獄退くも地獄」といわしめた状態であるともいえるのです。

 そして、千葉モノレールは極端すぎる事例ですが、日本全国各地にこの手の話はあまた転がっている。大袈裟にいえば、日本社会の縮図が千葉モノレールにあるというわけです。私が論点にしたいのは、千葉モノレール単体というよりもむしろ、この極端な事例を素材とした一般論の基礎にあります。

 もう一つ付け加えるならば、制度設計によって「不便さ」はある程度緩和できるのではないか、ということがあります。「スピード遅い」「路線が流動に合っていない」は如何ともしがたいとして、「運賃高い」「本数少ない」は高コスト構造と利用者数低迷による相乗作用している面があります。これを低コスト構造に転換できるならば、「運賃安い」「本数多い」→「利用者数伸びる」という循環になって、良い方向に転がる可能性がないわけではない。

 ただ、これを論じるには、それなり大部な立論を要するので、また機会を改めたいとは思ってます。いろいろ素材を集めているところで、形はなんとなく見えてきた感じはありますが、まだまだ時間をかけたいところです。

 

 

 

 

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