鉄道会社と資本市場の付き合いかた



エル・アルコン 2005年10月3日





●「他山の石」にしなかったツケ
今回の「騒動」ですが、まず言えることは阪神電鉄(以下「電鉄本社」という)の脇が相当に甘かったというしかありません。「ホリエモン騒動」以降、ニッポン放送とフジテレビの関係と相似形を描いていた例示の京成電鉄とオリエンタルランドの関係も取り沙汰されたことがありましたが、電鉄本社が取った対応は阪神百貨店の完全子会社化だけでした。
特に「ホリエモン騒動」以降の時期だけを捉えても、株主総会を経ており、定款変更などの資本政策に関わる変更を取るチャンスはあったわけです。

●村上ファンドの狙いは
さて今回の「騒動」で最も興味深いのは、M&Aコンサルティング(以下「村上ファンド」という)が何を目的としているかと言うことです。
ご指摘の通り村上ファンドは「ファンド」ですから、投資に見合う収益を上げなければなりません。
村上ファンドの電鉄本社への投資額は500〜600億円以上と見られており、その投下資本に対してどの程度の利回りを目論んでいるのか。もちろん電鉄本社を経営して利益配当を得るといっても、連結ベースで50億程度の税引後利益ですから、年間利回りが10%弱では著名なファンドとしてはパンチに欠けますし、鉄道業は手堅く日銭を稼ぐ業種ではあっても、飛躍的な収益向上が望めるわけでもありませんから、フロー収益を目当てにしているとは考えにくいです。

では約450億円の利益剰余金狙いとして、全額吐き出させるとしても持ち株比率で考えると130億円になります。これを役員会決議だけで処分出来る中間配当では実行出来ないでしょうから、順当に行って来年の定時総会後の配当ですから、年利20%程度でしょうか。
しかも、その後取得価額以上で所有株式を処分出来るかどうかによってはキャピタルロスが発生しましから、正味の利回りが減少する可能性すらあります。

また、西梅田などの資産切り売りにしても、タイガース球団を含めて売却したとしてもそのキャピタルゲインに対して法人税率をかけた残額が利益配当の原資になりますから、持ち株比率が3割として、総処分額の2割程度の収益ですから、案外とべらぼうな利回りにはならないかも知れません。そして、そこまで徹底した資産切り売りをしたとしたら、残る電鉄本社の価値は、JRや阪急と競合し、展開も覚束無い阪神間の鉄道事業だけになるため、著しく下落することは必至であり、肝心な投下資本の元本回収に黄信号が点灯します。

●どうやって利益を確定させるか
一つ考えられる手法としては、村上ファンドが所有する株式を買入(金庫株化)させるということがあります。しかしそれは配当可能利益の範囲内に限定されると言うことと、大株主という特定の株主に限定して買い入れることが出来るのかと言う問題があります。
このあたりは村上ファンド側が行使数ゼロの転換社債(新株引受権付社債)を購入していると言う話があり、今回の買収劇で高騰した市場価格よりも安く転換する可能性を考えると有り得ない話では無いようです。

もう一つはいわゆるグリーンメーラーですが、「ホリエモン騒動」でのニッポン放送株の場合と異なるのは、電鉄本社の株式を購入する受け皿が無いと言うことです。電鉄本社が電鉄本社株を購入するのは自社株購入ですから様々な制約や条件があります。だからといって関連会社に電鉄本社株を購入させると言うのも資本の捻れを助長するわけです。
では親密先といっても、とにかく購入量が大きすぎるわけで、電鉄本社の株式を購入する理由に欠けると株主代表訴訟の矢面に立ちかねません。

●村上ファンドに死角は無いか
今回の買収劇ですが、目的が電鉄本社の経営権掌握でないとしたら(それが目的である可能性は「ファンド」という性格上考えづらい)、必ず所有した株式の処分を実行する必要があります。
これまでの買収劇と毛色が異なるのは、電鉄本社はその不動産事業も含めてガチガチの装置産業、ハード中心の産業と言うことです。
つまり、阪神間で鉄道事業、不動産事業、プロ野球事業を営むという非常に狭い選択肢しかないわけで、それを受け入れる企業しか電鉄本社の株式を購入することは無いのです。株式は買い手が無ければ処分は出来ないのです。

対抗策としてクラウンジュエリーという話もありますが、それよりも経営権をすんなり引き渡してしまうことが究極の焦土作戦になるのです。
国土交通省鉄道局のコメントを待つまでも無く、鉄道事業は規制産業です。緩和されたとは言え経営に対する規制はまだまだ大きく、経営権の掌握=鉄道事業経営の「義務」と言っていいでしょう。
経営者にとってはその座を失うので痛いですが、事業内容を激変させることが出来ないうえに、切り売りは電鉄本社株の下落を招きキャピタルロスを招くだけに、事業内容=従業員の雇用への影響は最小限でしょう。経営者が腹を括れば面白い結果になるかもしれません。

●鉄道事業がマネーゲームの対象となるのか
とはいえ村上ファンド側が利益回収のためにどういう奇策を弄して来るかはまだ分かりません。
その内容次第では鉄道事業のような展開性のない、成熟した業種を対象としたマネーゲームも成り立つと言う新たな局面を迎えると言う可能性もあります。

そういう視点で見ると、過去の私鉄の買収劇とは本質的に違うといえます。
「強盗慶太」こと東急の故五島慶太氏、「ピストル堤」こと西武の故堤康次郎氏、そして国際興業の故小佐野賢治氏などによる戦前戦後の「乗っ取り劇」は、グループの拡大を目的としており、被買収企業の事業そのものが目当てでした。
また大手私鉄間の買収劇というのも無かったわけではなく、西武による小田急乗っ取り画策のように戦後も続いていたものもあります。

こうした事業拡大、勢力圏の拡大を目的とした企業買収については、業界自体の変化であり、独占による弊害にさえ気をつければ業界の活性化という意味でも肯定的に捉えるべきでしょうし、そういう流れに対しても資本政策で対抗するだけでは、既存権益にしがみついて新しい風を受け入れないだけで、業界の沈滞を招きかねません。
しかしながら、マネーゲームの場合はどうでしょう。会社ころがしによる利鞘取りの対象となることは、業界の活性化や向上になんら資することはありません。
それどころか対象となった企業のみならず業界をも弱体化させてしまう懸念があるわけで、本来産業の発展に資するツールであるはずの金融が、産業そのものをダメにすると言う本末転倒としか言いようの無い事態を招きかねません。

●鉄道事業は資本市場とどうつき合うのか
ではその対策として、数は力とばかりに合従連衡に走るのも、一方で組織の肥大化による弊害を招きかねません。また、いかに規模を拡大したところで、改正会社法により解禁される発行済み株式の割当による三角買収などの手法を前にした場合、どこまで対抗出来るかと言う問題もあります。
そういう意味で取るべき手法は、事業者間での競争や経営権争奪については活性化しつつ、事業を営む気が無い投資家による経営権掌握を極力排除するスキームが必要なのかもしれません。

そしてそもそも論に至ると、経営権掌握の根源となる株式の発行自体、バブル期には転換社債やワラント債発行、また増資を通じて無利息の自己資本調達として事業者側にもメリットがありましたが、今はそう言ううまみも無くなっています。
もちろんその裏返しが、有利子負債に頼らざるをえない設備投資の結果としての利息支払の増加であり、その最たるものが東葉高速や埼玉高速のような新規開業第三セクター鉄道の苦戦でしょう。
ただ、これも先発組の大苦戦を教訓にしたつくばエクスプレスのように、無利子資金での建設を基本にしたスキームが実現しています。

●公開そのものを見直しては
こうした状況下、新規組を除けば必ずしも株式の公開による利益を当てにする必要は無い、というか遠い昔に享受してしまっているわけで、であるならば資金調達と言う意味で株式を公開する必要性自体を考え直す時期に来たのかもしれません。
鉄道業界は地域に根ざしているわけで、「上場することで得られる信用」に必ずしも拘る必要はありません。それどころか、事業の安定性、知名度から公募社債では同じ格付の他業種の企業よりも割安のレート(=人気があり、安全と見なされる)で発行されるケースが多々見られるわけで、既に十分な「信用」を得ているとも言えます。

そう考えると、株式公開そのものを問い直した方が良いのかもしれません。
鉄道会社は一般投資家に株式を持ってもらおうと株主優待のあれこれを自社車内で宣伝したりしていますが、既発行の株式を購入されても鉄道会社の資金調達にはなりません。
それどころかこうした「浮動株」は買収劇のターゲットになりやすいリスクがあるわけで、今回の村上ファンドの買収劇も、金融機関などの電鉄本社の「親密先」が手放していない限り、村上ファンドが取得した株式の出所は「浮動株」に他ならないわけで、何のためにIRを強化して個人投資家を取りこんで来たのか、と言う話になります。

●非公開化を考えると
自社株の非公開化は、企業買収が盛んなアメリカでは結構取られている手法ですが、我が国でも先日アパレル大手のワールドが実施して話題になりました。
業績になんら曇りもない状況での非公開化をマーケットは引き止める理由もないわけで、「大手を振って堂々の退出」と評しましたが、こういう選択肢も充分考えて良いでしょう。

一方で株式の公開は経営の透明性につながるとして非公開の大企業に対する批判が根強いことも事実で、石油元売大手の出光興産の上場計画も、資金調達ソースとしての上場と言う面が大きいものの、そうした批判を交わしきれなかった結果であることも事実です。
ただ、必要がない公開をする必要がないことは当然であり、経営の透明性に付いては社外取締役制度の拡充など法整備が進んでいるため、資本市場の活性化と言うような美辞麗句だけに耳を傾ける必要もありませんし、資本市場の生贄に「実業」を晒す必要などないのです。

もちろん公開企業が非公開にするには、市場に流通している株式を買い入れないといけません。それだけに負担に耐える企業しかこの手法は使えず、その資金負担は馬鹿になりませんが、中長期的にはそれを視野に入れる価値はあるでしょうし、それを業界の保護育成という名目で支援してもいいと考えます。(もっとも、今の政府がマネーゲームを推奨している以上絵空事ですが)

公開を取り止めると資金調達が必要な時、有利子負債に頼らざるを得なくなりますが、そう言う時でも間接金融一辺倒だった昔と違い、社債などの直接金融と言う手段があるわけです。
非公開企業でも社債の発行は可能であり、非公開だから経営の透明性が低いとか、IR活動が弱いと言う必然性もないわけで、社債発行に備えて資本市場とつき合うというような割りきった関係で良いのではないでしょうか。
もちろん計画によっては巨額の資金が必要になることもありますが、ここしばらく、そうした資金を増資で賄った例がないということもありますし、また有利子負債に頼る危険性を考えると、その事業内容の公益性に応じて、つくばエクスプレスのように無利子資金を集める制度を創出するという対策も必要でしょう。

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事業を運営する上で資金は必要です。しかし、だからといって必要以上にマーケットの都合に左右されて良いものでもありません。資本市場と言うツールをどう活かすのかということを考えた時、資本市場の仕組みに合わせるのではなく、資本市場を変えていくような発想も必要でしょうし、使いづらい、使えないツールを何時までも使う必要もないのです。






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