吉田太郎氏ご講演「島根も有機農業で自給・自立できるか〜キューバの有機農業に学ぶ〜」要旨
 


有機農業で自給・自立

キューバの有機農業に学ぶ講演会の開催
キューバの有機農業に学ぶ講演会パンフレットより
吉田太郎氏ご講演
「島根も有機農業で自給・自立できるか〜キューバの有機農業に学ぶ〜」要旨
わたしたちが始めたこと


吉田太郎氏ご講演
「島根も有機農業で自給・自立できるか〜キューバの有機農業に学ぶ〜」要旨
 吉田太郎氏には、ご講演内容をまとめて会報やホームページに掲載させていただくことを了承いただいていました。前もってご著書やホームページを読んで予習し、メール添付で送っていただいたご講演資料にも目を通しておきましたが、当日のパワーポイントを駆使してのご講演にメモが間に合わず、後日、吉田太郎氏のホームページやブログの掲載も参考にして、ご講演要旨をまとめました。吉田太郎氏は、掲載前にメール送付したわたしの要約に、ご多忙中、すぐに目を通して下さって、わかりにくいところがあると全面的に手直しして、送り返して下さいました。全体の流れがよくわかるよう、話の順序も変えていただいていて、有機農業による自給・自立とグローバル化の問題の捕え直しができる、とてもいい内容に変わっていて 、感激しました。

 氏のご講演で、わたしは有機農業による自給・自立を、食の安全や環境問題だけでなく、食料主権や地方主権の問題からも捕えることの重要性を学びました。多様性を認めないグローバリズムが世界を席巻するように思えますが、石油やリンも枯渇します。わたしたちは、知恵を寄せ合ってさまざまな工夫を凝らし、それぞれの暮らす地方の状況に応じた、石油やリンを始めとする地下資源に頼ることのない、有機的な循環のみを利用した食料自給の方法を見いださねばなりません。食の安全や環境問題だけで有機農業を捕えると、「ロハスでリッチな認証型有機」も「自給に根ざした反グローバル化のキューバ型の有機」も同等なので、安価で入手しやすい前者を購入しがちです。消費者としては、農業体験や家庭菜園から始める野菜類の栽培や、わたしたちの住む地方の食料自給・食料自立につながる生産物の購入の呼びかけから始めることにします。



第22回「農・食・医」を考える連続講演会講演
「島根も有機農業で自給・自立できるか
〜キューバの有機農業に学ぶ〜」要旨
講師 吉田太郎氏(長野県農業大学校勤務)
(高山さんにメモを作成していただきましたが、話が前後するところもありましたので、コアの部分をまとめて、講演要旨としました。 文責 吉田太郎)

■安全・安心だけの有機農業でよいのか

 石原真紀子さんが島根県の農業の現状を「100人の村だったら」に例えて、慣行栽培が96人、化学肥料・農薬3割減のエコファーマーが4人、5割減のエコロジー農産物生産者が3人、有機JAS認定農産物生産者が0.2人と紹介されましたが、長野県も割合では似たり寄ったりで有機農業先進県と呼べる状況にはありません。それは、日本のみならず全世界でも言えることです。例えば、日本でもグローバル化の影響でニートやフリーターが増え、食品偽装や石油高騰などの問題がでていますが、ワーキング・プア先進国米国では事態はもっと深刻です。貧困層の子どもたちに高カロリー・ジャンク食による肥満児が増えています。肥満は深刻な病気の一因となりますが、米国の医療費は世界一高いので、1回でも病気にかかると貧困層に転落します。米国の2005年の自己破産208万件のうち企業破産はわずか4万件で、残りは個人破産。その原因の半数以上が医療費とされています。
 ホームレスは350万人にもなり、うち50万人はPTSD等により社会復帰できないイラクからの帰還兵で、多くが注射の回し打ちでHIVに感染しています。約3億人のうち、飢餓人口は3100万人、健康保険のない人口は4500万人です。貧しい青年たちは、現在も軍のリクルーターによって、半ば騙されるようにしてイラクに派遣されています。

 さて、メキシコでは、1994年1月1日、北米自由貿易協定の発効日に、最も貧しいチアバス州で「貧しい農民にとって、これは死刑宣告に等しい」と民族解放軍サパティスタが武装蜂起し、マルコス副司令官は、グローバル化にNO!を突きつけました。政府の新自由主義政策に反対し、農民たちの生活向上とグローバリゼーションがもたらす構造的な搾取と差別に対して闘うことがこのゲリラたちの目的です。キューバの有機農業をいち早く世界に紹介した米国のピーター・ロゼット博士は、米国にある食料農業問題のシンクタンクとしては草分けのフード・ファーストの創設者の一人ですが、今はメキシコに居を移し、グローバル化と農民の貧困の問題に取組んでいます。そして、「多国籍企業は補助金交付された廉価な食料を市場に氾濫させており、それが開発途上世界のみならず、先進諸国内でも何百万もの農民を破綻に駆り立てている」と述べています。
 安全、安心は重要な問題ですが、ここから、安全・安心だけで有機農業を捉え、民主化や貧困の問題を忘れると陥りがちな落とし穴があることがわかります。例えば、世界で最も早く有機農業を推進した国をご存知ですか。その国は「自然との共生」に基づき、動物福祉にも配慮し、環境や職場の危険を排除するためにアスベストの使用を制限し、食品の安全基準を定め、発癌性のある殺虫剤や着色料を禁止し、禁煙を推進しました。有機農法を導入し、刑務所でも受刑者に有機ハーブを栽培させ、人の身体や心にまで及ぶ文化創造運動として、農の現場から新しい社会を構想しました。その刑務所とはアウシュビッツです。つまり、その国はナチスなのです。
 有機農法のひとつ、バイオ・ダイナミック農法は、1924年にオーストリアの哲学者ルドルフ・シュタイナーがドイツの農民たちを相手に実施した講座がルーツとなっています。シュタイナーは、生きた有機体である土壌を破滅させる化学肥料の多投を批判し、堆肥の使用を奨励しました。
 ところが、その農法に着目したナチスは、自然を守るには人間が多過ぎる、減らすならば劣等人種からと、ユダヤ人虐殺へと進んでいってしまったのです。

 では、ナチスと同じく有機の楽園とされるキューバの有機農業は本物なのでしょうか。200万都市が有機農業で自給。町のいたるところに畑を作り、野菜や果物を無農薬で栽培し、市民の食糧を都市の中でまかなっている。食の安全、地産地消、自給率向上、省エネルギー、農的生活、新しい雇用、スローライフ、コミュニティづくり…キューバの都市農業は、持続可能な社会へのモデルとして脚光を浴びています。
 しかし、キューバではバイオ農薬は活用していますが、必要があれば化学合成殺菌剤も使います。有機認証されているものは700万haのうち8000haに過ぎません。つまり、キューバは、日本やヨーロッパの認証基準からすれば、有機農業大国でもなんでもないのです。

■ 食料危機の中で一人も餓死者が出なかったキューバ

 しかし、人々を餓死させない農業、食料自給を目指すための農業という面に着目すると、やはりキューバは有機農業大国といわざるをえません。
 国際分業体制の下、輸出用のサトウキビを中心に大規模な国営農場で大型トラクターや大量の農薬と化学肥料を使って栽培してきたキューバは、自給率が42%しかありませんでした。ですから、ソ連の崩壊と米国の経済封鎖を受け、未曾有の食料危機に陥ります。日カロリー摂取量は一人当たり約2/3に低下、農業生産は1990年水準の約半分になり、1995年には輸入農産物は半減し、農業輸出は1/3になりました。国内では農薬や化学肥料がほとんど手に入らず、取れた農産物も電気や石油が使えないため、保存も輸送もできませんでした。しかし、北朝鮮では人口2200万人中300万人が餓死したといわれますが、キューバではひとりも餓死しませんでした。
 石油を使わない農業が町中で行われたからです。屋上でもタイヤやドラム缶を使って野菜を作り、食肉用のウサギやクイ(テンジクネズミ)を飼いました。コンクリートに覆われたり、ゴミ捨て場となっていたりしたところでは、周りをブロックや石などで囲んだ中にミミズ肥料などの有機肥料と土を入れた「オルガノポニコ」を作ることで畑にしました。キューバの農業省の裏庭まで畑になっていますし、廃棄医療機器を再利用して自動灌水装置を作るなどの創意工夫も行われています。
 植物防疫研究所ではバイオテクノロジーによる総合的な病害虫管理が研究されました。バイオ農薬として、ヤドリバエ・食虫アリなどの天敵昆虫やバチルス菌やボーベリア菌等のバクテリアが利用され、化学合成農薬の使用は以前の1/11になりました。キチン質をボロボロにする能力のあるバクテリアを見つけ出すことで、センチュウの根腐れ病を防ぐ「エベル・ネム」のようなユニークなバイオ殺虫剤も開発されています。
 また、脱石油技術としては、牛耕の復活も見落とせません。石油不足でトラクターが動かなくなり、カストロは牛耕を呼びかけました。輸入スペアー部品がなければ使えない機械と違って、牛は壊れませんし、雨でぬかるんだ圃場でも働きます。そして、土を痛めないメリットがあることもわかりました。ちなみにブッシュ米国大統領によるトウモロコシのバイオエタノール化戦略に対して、人間を餓死させて車を食べさせるとは何事か、といち早く批判したのはカストロです。貧しい国の強がりのように思えるかもしれませんが、キューバの牛耕は脱石油時代への先駆的取り組みとしてヨーロッパでは着目され、大学が協同研究を行っています。海外協力といえば、途上国に農業機械をプレゼントするくらいの発想しかない日本のODAと比べ、欧州はなかなかしたたかです。

■急速に変わる中南米マップ

 さて、キューバは孤立しているのでしょうか。脱WTOに向けてメキシコでサパティスタ民族解放軍が蜂起したことには触れましたが、ベネズエラのウーゴ・チャベス、ブラジルのルラ・ダシルバ、ニカラグアのダニエル・オルテガ等、今、中南米では次々と社会主義政権が誕生し、その政治情勢は急速に変わりつつあります。その背景にあるのは、グローバル化による農村の疲弊と格差の広がりです。
 そして、新たに誕生した政権を支持する農民たちは「緑の革命は、われわれを貧しくしただけだ」と指摘します。
 「緑の革命」とは、多収量品種と化学肥料や潅漑用水を大量に用いることで大増収をもたらした画期的な技術で、世界の16億人を飢餓から救ったと評価されてきました。ところが、最近ではいくら肥料を投入しても増収が鈍化してきたため、この技術を開発した米国のノーマン・ボーローグ博士は1970年にノーベル平和賞を受賞していますが、「世界の食糧危機を救うには、遺伝子組換えによる第2の緑の革命が必要だ」と述べています。2002年の世界食料サミットでは、モンサントの関連会社の役員でもある米国のアン・ヴェネマン農務長官から「遺伝子組換え技術の開発が必要だ」との強い働きかけがありました。つまり、緑の革命には、純粋に科学的に中立な技術ではなく、なんらかの政治的意図が見え隠れするのです。

■緑の革命がメキシコで誕生したわけ

 緑の革命の技術をボーローグ博士はメキシコで作り出しました。そして、基礎となったのは日本の農林10号という背が低く、いくら窒素肥料を与えても倒れない小麦です。ですが、緑の革命はなぜメキシコで誕生したのでしょうか。
 カストロのキューバ革命が関係してきます。メキシコでは以前は大地主が農地のほとんどを所有し、ほとんどの農民が貧しい暮らしを強いられていました。そして、サパティスタという指導者が革命を起こします。結果として、「エヒード」という協働組合農場が作られ、自分の農地を手にした農民たちの手によって農業生産は急増しますが、米国のアグリビジネスは損害を受けました。
 カストロがキューバで行ったのも農地解放でした。大地主やアグリビジネスからすれば、農民たちが自給してしまうと利益が得られなくなります。プランテーションでこき使うためにも、自給されては困るのです。実は、ノーマン・ポローグのノーベル平和賞の受賞理由のひとつには「共産主義を広げないため」もありました。つまり、小規模農家が自立する農地改革を起こさせないためには、農地が大規模なままでも画期的技術によって収量増が可能であり、貧困から脱却できるという物語が必要だったのです。これが、緑の革命の語られない目的です。
 さて、1980年代にメキシコでは規制緩和と民営化をスローガンに国営電話会社や国鉄の民営化が進められ、憲法も改正されてエヒードの解体と農地の株式会社の取得が合法化されました。その結果、1億人のうち4000万人がワーキング・プアになり、以前に自給していた農民たちは今、多国籍企業でこき使われています。緑の革命の目的は達成されました。

■反グローバリズムと自給農業はつながっている

 100年近くも前の英雄サパティスタの名前を付けたゲリラたちが「ヤ・バスタ!」(こんなことはもうたくさんだ)をスローガンに武装蜂起したのはこのためです。
 そして、キューバだけでなく、中南米では、脱石油、脱緑の革命の技術革新も進んでいます。地域資源を利用した農民たちの自給運動、「カンペシーノ・ア・カンペシーノ」運動です。貧しい農民達は自分たちで工夫をこらし、農民から農民へ技が伝授されます。
 例えば、グアテマラでは、痩せた土地でもよく育ち、窒素を固定させるビロード豆をトウモロコシと輪作することで、農薬や化学肥料を一切使わずに、1972年から5年間でトウモロコシの平均収量を400kg/haから2500kg/haに増やしました。コロンビアでは在来品種を地元の農家が開発する農業研究が進められ、女性は、生産物をパンやジャムやトマトケチャップやクッキーに加工しています。食料自給率が20%しかないベネズエラの首都カラカスではキューバの援助で都市農業を始め、憲法で遺伝子組換えを制限しています。
 こうした動きは今から70年前に有機農業運動が誕生した時と奇妙に重なるように思えます。ルドルフ・シュタイナーの有機農法はナチスに利用されてしまいましたが、1930年代の世界恐慌の中でもうひとつ生まれた有機農法があります。スイスのハンス・ミューラー、マリア・ビゲール夫妻の「有機・生物的農法」です。ミューラーは7人の子とともに14人の孤児を育てた母の影響を受け、苦しむ農民のために農民運動を展開し、後には国会議員となりますが、その発想は安全・安心ではなく、地域資源を利用し自給することが、地域経済の活性化と貧困解消につながるというものでした。

■日本にルーツのある持続可能な農業

 さて、こうした欧州の有機農業の思想的なルーツは、植民地インドの伝統的な農法を研究したアルバード・ハワード卿で、有機農業の母はアルバード・ハワード卿の影響を受け、ホーリー農場で33年間有機農業の実験をし、「生きている土」を著したイブ・バルフォア夫人とされています。ですが、それ以前の1911年にいち早く「永続農業」の概念を提唱した米国の農学者がいます。
 フランクリン・ハイラム・キングです。キングには「東亜四千年の農民」という著作がありますが、「米国農業のような近代農業には未来はない。だが、韓国・中国・日本には4000年も続く農業があるではないか」と、新たな発想を求めて、明治時代の日本を訪れ、その農業から啓発されたのでした。
 つまり、持続可能な農業のルーツは、私どもの御先祖様の農業にあることになります。  江戸時代の農業のエネルギー収支、燃料・肥料・機械類の投入エネルギーと産出エネルギー費は250%で、まさに太陽の恵みで成り立つ産業でした。ですが、1974年の稲作ではすでに38%となっています。つまり、近代農業は石油で動いているのです。そして、この石油も2004年頃をピークに迎えたとされます。後は減少する一方です。リン鉱石も2060年には枯渇します。つまり、世界を席巻しているようにみえるグローバル化ですが、これは永続的に続くものではないのです。

■二つの選択肢

 今の日本では東大大学院本間正義教授、慶大土居丈朗准教授らが農業のコストダウンや効率化をさかんに提唱しています。国内農業切捨て論です。この背景には、「安全・安心なら外国産も買う」という消費者の論理があります。
 ですが、多雨で夏の気温が熱帯並みの日本は欧米に比べて病害虫の発生が多く、鯨油でウンカの気門を窒息させるなどの農薬は江戸時代から使われてきましたし、各地の農村に虫送りの行事が残っています。
 安全性だけを重視するのはあまりに身勝手な消費者側の意向です。農薬を使わなくても生産者が安定的に生産できる技術が伴わなければ、トレーサビリティだけが発達しても、生産者に余計な負担がかかるだけです。
 また、海外のオーガニック市場でも巨大資本による寡占化が急速に進んでいます。ロハス、エコブームは、健康産業、健康を新たな巨大マーケットとして消費者を扇動する戦略なのではないでしょうか。
 つまり、食料主権(高山注:国が食料を自給する権利)、地方主権(高山注:地方のあり方を地方が決定する権利)が重要なのですが、それが多様性を認めないグローバル化によって、損なわれつつあり、有機や安全・安心もグローバル推進の「ツール」に使われてしまっているところに問題の難しさがあります。
 もちろん、あなたが勝ち組であれば、米国で有機認証されたオーガニック・フーズを食べ、本間正義教授や土居丈朗准教授が描くようなロハスでリッチなグローバル化されたライフスタイルを送ることができます。ですが、もし、あなたがワーキング・プアのような負け組であれば、ジャンク・フードを食べて肥満となり、病気になっても医師にも金がないためにかかれないという人生を送らなければなりません。そう考えるとき、ロハスでリッチな認証型有機ではなく、自給に根ざした反グローバル化のキューバ型の有機は改めて深い意味を持つように私には思えるのです。

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