有機農業で自給・自立
 


有機農業で自給・自立

キューバの有機農業に学ぶ講演会の開催
キューバの有機農業に学ぶ講演会パンフレットより
吉田太郎氏ご講演要旨
「島根も有機農業で自給・自立できるか〜キューバの有機農業に学ぶ〜」
わたしたちが始めたこと


キューバの有機農業に学ぶ講演会の開催

 わたしたち「たべもの」の会(参照)は、1982年から、第16回までは出雲すこやか会・木次有機農業研究会と3団体、第17回以降はグリーンコープ生活協同組合(旧名:まいにち生協)を加えた4団体の共催で、「農・食・医」を考える連続講演会(参照)を開催してきました。2008年3月22日に開催した第22回「農・食・医」を考える連続講演会は、キューバの有機農業に関する著書を多数著し、各地で精力的に講演しておられる吉田太郎氏(貴ホームページ貴ブログ)を講師にお招きした「島根も有機農業で自給・自立できるか〜キューバの有機農業に学ぶ〜」でした。「たべもの」の会は、2003年5月発行の会報346号の「代表からの挨拶」でキューバの有機農業に関して掲載しましたが、講演会屋学習会を開いたことはありませんでした。

  目次
     2003年5月発行会報346号掲載の「代表からの挨拶」
     吉田太郎氏講師選任まで
     講演会チラシより


2003年5月発行会報346号掲載の「代表からの挨拶」

キューバに学んだこと
 皆さん、有機農業についてどのように考え、感じておられるでしょうか。“有機農業は、環境への負荷が少ない上、農薬や化学肥料を使わず安心できる食べ物を生産する生産方法なのでもっともっと広がってほしい。けれど、日本全体が有機農産物で食べていくのは不可能だと思う。”おそらく、多くの皆さんのご意見は、共通しており、上で述べたようなところではないでしょうか。
 私も、長年有機農業に関わってきましたが、有機農業が盛んといわれるヨ−ロッパ諸国でも近年急速に伸びてきたとはいえ、一国の食糧を有機農業でまかなえるようになるとは思えませんでしたし、基本的には皆さんと同じような感想を持っていました。しかし、今はやり方によっては可能かもしれないと考えています(もちろん難しいということは変わりませんが)。なぜ、考え方が変わったのか、について今日はお話ししたいと思います。

 さて、皆さんはキューバという国をご存知でしょうか。カリブ海に浮かぶ島国で、アメリカにいじめられながらカストロ議長が長年がんばっている「社会主義国」です。人口は日本の十分の一程度で、砂糖と高級葉巻と独特の音楽で知られる陽気な、面白い国です。
 キューバは、かって社会主義国の一員として、ソ連との相互協力体制の下で国の経済や農業生産・食糧供給を成り立たせていました。農業生産の方法も、ソ連流の大規模な国営農場で大量の農薬や化学肥料を投じるなど典型的な近代農法を追求していたのです。農業機械も超大型で大量に石油を必要とする代物でした。この大規模近代農法は思うように生産力を発展させることができなかったのですが、食糧輸入によってつじつまを合わせていました。そこに80年代末のソ連の崩壊を始めとする社会主義国の消滅という不測の事態が発生し、食糧も農薬も機械もガソリンもすべて手に入らなくなりました。キューバの社会主義政権は、すぐにつぶれてしまうだろうというのが、大方の予想でした。

 全面的にソ連に頼りきっていたキューバが、ソ連崩壊後どれだけ苦労したかは想像を絶するものがあります。食糧供給や農業生産に必要なすべての資材の供給が途絶え、何もない中で食糧生産に取り組まなければなりませんでした。そこで取り組まれたのが、有機農業であり、国民皆農民化と言って良いような取り組みでありました。キューバは、絶体絶命の崖っぷちに追い込まれたのですが、そこで有機農業を全面的に導入することによって危機を乗り切ることに成功したのです。トラクターに代えて牛馬(牛馬は食用にはしない)、化学肥料に代えて堆肥を作り、使いました。もちろん大規模農業は不可能です。そこで物不足を逆手に取り、80年代以来急速に発展していたバイオテクノロジーなどの科学技術(キューバは医療やバイテクの高い技術を持っている)を利用して家庭の生ごみから堆肥をつくったり、ミミズを養殖したり、農薬の不要な品種改良を行うなど有機農業に全面的に転換したのです。
 ハバナ市では市民が協力して空き地という空き地を耕し、家庭菜園や市民農園や職場菜園などをつくることによって、200万人の市民を養ってしまうのです。有機農産物による200万人都市の自給は、世界に例がないものといえます。もちろん、食糧が不足し大変な時期もあったようですが、キューバの有機農業はそれを乗り切り、今や世界最大の有機農業国として認められるまでに至っています。有機農業を目指すものにとって、その可能性を確信できる、何とも勇気づけられる実践例ではないでしょうか。               

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吉田太郎氏講師選任まで

   キューバの有機農業を講演のテーマに選んだきっかけは、2007年11月22日に有機養鶏業を廃業するにあたって田中利男さんが木次の食の杜の奥出雲葡萄園で催された「感謝の集い」での、井口隆史「たべもの」会代表のスピーチでした。同代表は、日本の食料自給率の低さや石油価格の高騰を取り上げ、資源や食料の枯渇を国中で有機農業を始めることで乗りきったキューバを例に、これからの有機農業の果たす役割について語りました。キューバの「砂糖中心の換金性作物栽培や、農薬を空中散布し化学肥料を多投した大規模農業」から有機農業への切替えは、ソ連の崩壊やアメリカの経済封鎖によって食糧危機に直面したからでしたが、輸入食糧の激減や石油不足はこれから日本が直面する課題でもあります。

 同集いに参加していた吉田太郎氏の著書「200万都市が有機野菜で自給できるわけ 都市農業大国キューバ・レポート」を読んでいた出雲すこやか会の講演会係の倉塚香織と、島根県の環境を守る農業宣言の委員を受けていたグリーンコープ生活協同組合の講演会係の寺本敏徳専務理事の快諾を受け、講演会準備に入りました。講演会の日時については「農・食・医」を考える連続講演会の井口隆史実行委員長の都合で3月22日の開催が決まっていましたし、わたしたちは多額の講師料も用意できなかったので、多忙な吉田太郎氏には引き受けていただけないのではないかと心配していましたが、渉外担当の倉塚香織が氏のホームページ掲載のアドレスに講演依頼のメールを送ったところ、快諾の返信をいただきました。

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講演会チラシより

第22回「農・食・医」を考える連続講演会のご案内

第22回農・食・医を考える連続講演会
島根も有機農業で自給・自立できるか 〜キューバの有機農業に学ぶ〜

講師 吉田 太郎 氏(長野県農業大学校勤務)
 今、日本は危機的状況です。地球温暖化。地球規模で進む環境汚染。低い食糧自給率。ソ連崩壊とアメリカの経済制裁で、食糧も石油も薬品も輸入できなくなったとき、キューバは国中で有機農業を始めて、乗り切りました。
 豊かな自然環境と、飢えの心配のない社会を創りだしていくために、わたしたちになにができるのか、共に学びましょう。

日 時  3月22日(土) 午後1時半〜4時(開場 午後1時〜)
会 場  島根県民会館303会議室(チラシ裏面に地図あり)
参加費  資料代(500円)

プログラム
  1. イントロダクション
      井口隆史「たべもの」の会代表
  2. 島根の「環境農業」への取り組みについて
      島根県農畜産振興課有機農業グループ 主任 石原真紀子氏
  3. 講演
      吉田太郎氏
主 催   「農・食・医」を考える連続講演会実行委員会
         松江「たべもの」の会
         出雲すこやか会
         木次有機農業研究会
         グリーンコープ生活協同組合 

問い合わせ先 グリーンコープ生活協同組合(担当:鎌田)
         0853−73−8010

〔講師プロフィール〕
1961年東京生まれ。筑波大学自然学類卒。同学大学院地球科学研究科中退。東京都を経て、現在、長野県農業大学校勤務。著書に、「200万都市が有機野菜で自給できるわけ」、「有機農業が国を変えた」、「1000万人が反グローバリズムで自給・自立できるわけ」他。http://www14.plala.or.jp/Cuba/

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