高所恐怖症のあなたに贈る「自信」の持ち方
地上60階建ての超高層ビル。機械工学の粋を集めた建設工事でも躯体の組み立て
にはトビ職の力がなくては不可能だ。目もくらむばかりの高い空間で、鉄骨のス
パンを身軽に歩き回る職人たち。その一方で、3階建ての窓から下を見ただけで
も、たちまち足がすくんでしまう人もいる。「高所恐怖症」。この得体の知れない
恐怖感覚は、いったい何であろうか。その奇怪なメカニズムを追ってみると・・・。
高所恐怖症は、セックスへの罪惑感?
人間の心理を話題にするとき、必ず引き合いに出されるフロイトに、最初にご登場いただこう。フロイトは言うまでもなく精神分析学の創始者だ。彼の解釈によると、高所恐怖症は次のような心理的背景を持っていることになる。
「高所恐怖症は、幼児期に母に抱かれた快感が、そのまま性的な快感につながり、それを味わったことが罪悪感となって、後に発症するものである」
どうにも分かったような分からないような分析の仕方で、高所恐怖症を解説しているのだが、今の時代にこんな解釈を信用する人は皆無に近いことだろう。
キリスト教、儒教、仏教など宗教的社会では、多くの場合セックスは「抑圧すべきもの」として位置づけられていた。そこで「抑圧」から逃れるための人間の行動が、しばしば「説得力ある」精神分析手法として登場してくる。
この学説に百歩ゆずって全面的に認めた場合、治療法はどうなるのだろう。フロイト的な対症療法は、まず心理的な原因を取り除くことだから、セックスに対する罪悪感を、除去してしまえば良い。
ところが日本を初めとして、現代の先進国には、セックスを罪悪視する風潮など、ほとんど痕跡も残っていない。フロイト説が正しいのなら高所恐怖症は、ペストなどと同じように「地球上から根絶された」といって良いはずである。
残念ながら、事はそれほどうまく運ばなかったようである。現に高所を恐れる人は、われわれの周りにごく普通に存在するし、とつぜん発症して悩みを訴える人も多い。
私達は高所恐怖症を、新しい視点から見つめなおす必要がありそうだ。
高所に「慣れる」ことが唯一の対症療法
「高所恐怖症は、はっきり言って慣れの問題ではないかと思うのですよ」と話すのは、北海道大学医学部精神医学教室の山下格教授。同じ恐怖症の名称がついていても広場恐怖症や狭所恐怖症とは、筋合いの違う心理症状のようである。つまり広場や狭いところを恐れる心理は、かなりの脅迫観念を伴なう重い部類の精神症だが、高所恐怖症については、どうやら「病気」の中に入らないものらしい。
「しかし実際に苦しんでおられるのですから、一般の社会人と同じ生活ができるよう私達も努力しています」と山下教授。病気の中に入らないような病気だけに、研究もほとんど行われていないのが実状のようだ。
「一般にノイローゼとか精神症には、姑とのイザコザや、酒乱の父親など精神環境が原因になっているものと、先天的な性格によるものとがあるのですが、高所恐怖症はそういう原因を必要としないのですね。ごく普通の人が、健康な状態でいても、発症する可能性をもっているのです。歩道橋を歩いていたら、風が吹いてきて恐い体験をした。デパートの屋上から下界を見下ろして、落ちたらどうしようと思った。そんな不安感が、何かの瞬間に蘇ってきて、精神的、肉体的不快感として条件反射を起こしてしまう。それが体験的に定着してしまうのですね」
これを俗っぽく表現すると、精神科医が対象とする患者は「心に傷のついた人」。これに対し、高所恐怖症の人は「傷のない人」と言うことになるのだろう。
また一方では、貧血の人や、常々筋肉の衰えを気にしている人、また反射運動神経に自信を持っていない人などが高い所に上がったとき、「自信を失ってしまう」症状が高所恐怖症ということになるらしい。
そこで対症療法となると、訓練を繰り返して高い所に「慣れる」ことしかないようなのである。
北大病院でも、ビルの3階以上には絶対に上がれないという人には、精神安定剤を服用させ、付き添いの人と一緒に1階から2階へ、そして3階へと感覚をトレーニングしていく。そのあとは付き添いなしで、一人でのぼらせる。これが最も簡単な療法だ。
脱感作法という特殊な方法もある。患者が恐ろしいと思っている場所を図表にする。その場所を次々と想像させておき、自律訓練法(自己催眠)あるいは医師による催眠によって、恐怖を和らげていく。これを繰り返しながら、先程の現場訓練も並行させる。しかしこの療法はあまり効果がないらしい。高所恐怖症の治療は、どうやら本人次第ということになりそうなのだ。
慣れに加えて信頼感が欲しい
恐怖を克服すると一言でいっても、事はそれほど簡単ではない。それならば高い所で仕事をする人たちは、どのようにして慣れて行ったのだろう。その代表格ともいえるトビ職の現場を、訪ねてみた。
躯体工事を主として請負っている札幌市の小鍛治組には、現在80人ほどのトビ職人が働いている。ビルの鉄骨組み立てなどが、彼等の仕事である。
「特にトビのための訓練はありませんね。高校を出て、3年くらいは下回り(地上)の仕事をやらせる。そのうちに見様見真似で高所作業を覚えていく。所定の見習い期間を終わると、建設省や労働省が行う技能講習を受けさせ、その認定を受けてから、高所作業班に組み込んでいくわけです」
同社の取締役工事部長を務める小島幸昭さんは、トビといっても昔とは随分変わったと言う。現場での高所作業とは1メートル80センチ以上が総て含まれる。
この高さ以上は、認定を受けた者でなければ、絶対に作業できない法的規制があるのだ。だから、かつてのようなイナセな流れトビは、皆無に近い。気っぶとか、くそ度胸は通用しない世界になったのである。
しかし都市化が進んで土地の効率的な利用が始まると、現場はいやおうなしに高さを増していく。作業員がどんどん高いところへ昇っていくのだから、会社としては法に定められた安全基準をより「安全」なものにしていかなければならない。
小鍛治組では、安全衛生管理規程を作り、さらに年度ごとの「安全衛生管理計画」を用意して、現場の事故絶滅を期している。その中から高所作業に関係する項目を拾いだしてみよう。
@年齢、健康に配慮し適正配置に務める。
A作業床、仮説通路の設置。通行はなるべく少なくする。
B防網、親綱、命綱(安全帯)の使用。
C開口部には囲い、てすり、覆いの設置。
これらの他にも、まだたくさんの作業管理細則があり、総て現場責任者が点検を行うことになっている。
さてこのような背景を知識として知っておいて、同社安全課長の小森英雄さんにご登場いただこう。
「トビのものが高い所でも平気で仕事ができるのは、以上のような安全対策、安全施設に対する信頼感なんですね。しかしそれでも平地作業ではないのですから、45歳くらいを目処に下回り作業に代えるようにしています。毎日の点検で一番大切なのは、朝の健康管理。二日酔いや家庭に心配ごとのある人は、申告制で現場作業から外すようにしています」
つまりトビの現場は徹底した安全対策によって作業環境が守られており、作業員は総ての安全対策を信頼した上で、現場作業についているということなのである。
どうやら高所恐怖症も、絶対に落ちることはないという自信を持つことによって、克服できるものではないだろうか。
高所作業のプロ集団「消防学校」の猛烈訓練
もう一つ、高所作業の代表格である消防職員の場合を見ることにしよう。
消防職員には火を消すことと同じくらい大切な仕事として、人命救助がある。レスキュー活動と呼ばれる分野だ。特にビル化が進んだ都市では、消防活動の重要な部分を占めるようになっている。
道内の各自治体から職員を預って6カ月間の訓練を施している北海道消防学校。レスキュー活動を担当している西村康夫先生にお話を伺ってみた。
「高さに慣れる訓練と言っても、6カ月の訓練期間のうち、はしご訓練7時間、救助訓練21時間、それに応用訓練ぐらいしかありませんね。合計して50時間ぐらいになるでしょうか」 意外に少ないのである。もっとも消防職員を目指してくる人たちだから、それなりの資格はあるのかもしれない。
慣れるためのステップは4段階ある。最初が4メートルの高さに張り渡したロープを渡る「水兵わたり」。2番目が壁をロープづたいに降りる「座席懸垂」。3番目は橋やヘリコプターなどから、10メートルの空間を降りる「リペリング」。最後は10メートル20センチの高さに張った2本のロープを渡る途中で手を離し、命綱だけで空中にぶら下がる一種の肝だめし「スタンド・フォール」。
「だれが言い出した事か分からないんですが、7メートルの限界ということが言われています。どうも人間は7メートルを境にして、命の限界を感じるものらしいんです。およそ3階に立っている感じでしょうか。その高さになると、大怪我か死に至る恐怖が始まるようです。だから我々の訓練でも高さ10メートルを超えるスタンド・フォールなどでは、絶対に手を離さない者が出てくる。そんな時は、教官が行って無理やり手を離させるんです。覚えてくれなければ、人命救助すなわちレスキュー活動ができませんからね」
こんな少々荒っぽい訓練も、西村先生によれば、「命綱」への絶対の信頼成がなければ成立しないと言う。ロープは一番太い14ミリのもので強度はなんと4600キログラム。訓練の時にはこれを2本使うから、強度9200に跳ねあがる。しかしこのロープに結び目を作ると強度は半減。それでも体重75キログラムを支えるには十分すぎる強度だ。
ロープは絶対に安全だという信頼感を持つためにだけ、訓練スケジュールが組まれているようなものだ。だからとくに高さに慣れるためのカリキュラムなどはない。
このような訓練に加えて、札幌市の消防局でハシゴ車やシュノーケル車の搭乗訓練を行い、無事卒業と相成るわけだ。
高所″にとらわれず気をまぎらす
トビ職の現場でも、消防職員の訓練関でも、特に高いところに慣れるためのトレーニングなどはなかった。それらに共通していたのは、安全施設や器具に対する信頼感を高めることだけであった。どうやらそれは病院で行われる高所恐怖症の治療法に、似ているようである。
確かに一般人は安全施設や器具を持たずに高所に上がる機会が多い。しかし私たちはその危険に対し、脚力や反射神経で立派に立ち向かっている。判断力が鈍ったり、体が弱っているときに発生した高所恐怖症は、健康体になったとき直ちに解消されるはずだ。それが治癒しないで心理的に恐怖症が残るのは、自らを信頼していない証拠と言えるのではないだろうか。自らを信頼するプロセスがへ病院での治療なのだといえそうである。
ふたたび北海道大学の山下教授にご登場いただこう。
「おかしなもので、なにか忙しいことをしていると、自分が高所恐怖症だということを忘れている人が多いんですよ。マンションのベランダに出るのが恐いという奥さんでも、子供が火のついたように泣いているのをあやす時など、平気でベランダに出ていく。そんな行動を繰り返しているうちに、知らないうちに恐怖症が治った例も、たくさんありますね」
山下先生は、高所恐怖症は自然治癒は有り得ないから、自分でそれに立ち向かって行かなければならないと言う。そのためには、自分を忙しさの中に放り込む努力が必要だ。
高所恐怖症に似たものに「飛行機ぎらい」がある。中には純粋に高所恐怖症と分かるものもあるが、むしろ飛行機にたいする不信のほうが多い。またパイロットの訓練には、落下傘部隊などのように高さに慣れるための教科はない。飛行機で発生する精神症は、操縦室に閉じ込められる狭所恐怖症などのほうが重要だと言うことである。
普通人なら平気でいる高さに慣れる方法。どうやらそれは平衡神経、反射神経、脚力、瞬発力などを鍛え、それを自分の力として「信頼」することしかありえないようだ。