5 多摩湖とトトロ

5−1 冬色にフン装した木と堰堤からの眺め

多摩湖(村山下貯水池)の北岸の小島にある1本の木は、平成6(1994)年頃から冬場になると幹や枝が真っ白に染まります。実は、これはカワウの仕業なのです。11月から3月にかけて100羽以上のカワウがこの木で羽を休めフンをします。そして、美しい景観ができあがるというわけです。小島で、人の立ち入りができないため、鳥の聖域になっているようです。しかし、平成15(2003)年から始まった多摩湖堤体強化工事による水位の低下のせいか、今はフン装現象は見られません。

多摩湖の堰堤から西方向を見ると、奥多摩の山並みが美しいです。最も高く見えるのは、大岳山(標高1,266.9メートル)です。大岳山はその特徴のある山容から、奥多摩のシンボルとして登山者の人気が高い山です。また、霊山としても古くから開かれ、遠く東京湾を航行する船の航路の目標にされたとも伝えられています。

また、空気の澄んだ日には、堰堤から日本一の富士山の姿を見ることができます。さらに、目を反対の東方向にやれば、驚くことに池袋や新宿副都心の超高層ビル街、東京スカイツリーも見えるのです。

平成17(2005)年3月16日、村山下ダム(多摩湖)は山口貯水池ダム(狭山湖)とともに、財団法人ダム水源地環境整備センター(国土交通省の外郭団体)が選定する「ダム湖百選」の一つに選ばれました。これは、全国165市町村の中から65か所のダム湖が選定されたものです。この「ダム湖百選」は、四季を通じて美しい景観を見せたり、水や自然の学習の場になるなど、地域に親しまれるダム湖を選定し、地域の活性化に役立つことを目的としているものです。


フン装した木
(現在は伐採されありません)
水滴くん(東京都水道局マスコット)・ダム湖百選
富士山(狭山湖から) 大岳山(狭山湖から)
多摩湖から東村山方面を望む 東京スカイツリーと東村山パークワンズタワー

5−2 トトロのふるさと基金

映画「となりのトトロ」(原作=宮崎駿監督)の舞台となったのは、狭山丘陵です。この映画は、1950年代の日本人がいまだ自然の優しさや不可思議さに心ときめかした時代があざやかに描かれています。この消えていこうとする狭山丘陵の自然破壊に歯止めをかけ、次の世代のために守り生かしていこうとするナショナルトラスト運動が「トトロのふるさと基金」です。前身の「トトロのふるさと基金委員会」は、平成2(1990)年4月12日に発足しました。そして、平成10(1998)年4月に環境省に認められた法人格を持つ「財団法人トトロのふるさと財団」となりました。さらに公益法人に関する制度改革に伴い、平成23(2011)年4月1日、「公益財団法人トトロのふるさと基金」に移行しました。トトロのふるさと基金では、基金への寄付や会員を募集しています。

そして、平成3(1991)年8月8日にトトロの森1号地が所沢市上山口に誕生しました。そこは、クヌギやコナラが生えている雑木林です。すぐ近くには堀口天満天神社があり、トトロがそっと姿を出してくれそうな気がするところです。平成17(2005)年5月には、各トトロの森のニックネームも決まりました。その後、トトロの森は、41号地までできています。

平成16(2004)年12月、トトロのふるさと財団は活動拠点として、所沢市三ヶ島3丁目の製茶工場を持つ農家(和田園製茶)を購入し整備しました。平成19(2007)年11月11日、「クロスケの家」と命名され、お披露目となりました。平成22(2010)年9月から翌年3月まで茶工場などの改修や事務所の移転を行い、平成23(2011)年4月2日から一般公開を再開しています。(火曜、水曜、土曜の10:00〜15:00)

なお、平成20(2008)年11月29日、財団設立10周年記念シンポジウムが、所沢くすのきホールで開催されました。そして、トトロの森7〜9号地を購入したことも発表されました。

住所 面積 年月日 ニックネーム
1号地 所沢市上山口雑魚入351 1183u 1991年8月8日 雑魚入すぎの森
2号地 所沢市大字久米字八幡越2375・2376 1712u 1996年4月10日 八幡越の森
3号地 所沢市上山口チカタ253-2 1252u 1998年5月26日 雑魚入こならの森
4号地 所沢市三ケ島1-395 1173u 2001年5月23日 入の森
5号地 所沢市大字堀之内133・134 3935u 2003年10月29日 別所の森
6号地 所沢市大字山口字狢入2627-1 3873u 2003年10月29日 狢入の森
7号地 所沢市北野南2-28-45,46 1151u 2008年11月14日
8号地 所沢市北野南1-20-49 1179u 2008年11月14日
9号地 所沢市三ケ島1-410-13,14 104u 2008年11月26日
10号地 所沢市三ケ島1-379 1349u 2009年5月19日
11号地 所沢市北野南2-28-13  2386u 2010年1月25日 
12号地 所沢市北中4-455 5168u 2010年6月14日  
13号地 所沢市堀之内472 1443u 2010年10月28日  
14号地 所沢市北野3-6-12 336u 2011年1月27日  
15号地 所沢市上山口字チカタ251-2 1247u 2011年10月30日 (チカタの森) 
16号地 所沢市北野南2-28-9 1068u 2012年3月19日  
17号地 東村山市秋津町5-28-21 1286u 2012年5月28日
/6月8日
 
18号地 所沢市堀之内374 376u 2012年10月22日  
19号地 所沢市上山口字大芝原1998 1968u 2013年3月18日  
20号地 所沢市三ケ島2-197-2、3、502 3468u 2013年6月10日  
21号地 所沢市三ケ島2-503 3979u 2013年10月17日  
22号地 所沢市三ケ島1-73-1 2791u 2014年2月7日  
23号地 所沢市大字山口字狢入2636 2542u 2014年2月26日  
24号地 所沢市三ケ島1-336-1 1221u 2014年3月14日  
25号地  所沢市大字山口字狢入2629 1107u 2014年5月27日  
26号地 所沢市三ケ島2-526
所沢市三ケ島2-524
1683u
979u
2014年8月25日
2014年11月17日
 
27号地 所沢市北野3-6-13 587u 2014年10月21日  
28号地 所沢市大字上山口字長久保440-4 1058u 2014年12月16日  
29号地 所沢市三ケ島1-146-1 869u 2015年3月23日  
30号地 入間市宮寺字宮前751、760他 1607u 2015年5月25日  
31号地 所沢市三ケ島2-501-3、6、7 796.75u 2015年8月24日  
32号地 所沢市北野南2-28 4587u 2015年11月17日  
33号地 所沢市三ケ島2-527-2 2123u 2015年12月8日  
34号地 所沢市三ケ島2-536-5 1487u 2015年12月8日  
35号地 所沢市大字山口字狢入2637 2292u 2016年1月26日  
36号地 所沢市大字山口字狢入2630-2 1223u 2016年1月26日  
37号地 所沢市大字荒幡字東向大谷1392、1397 1856.29u 2016年2月19日 公簿:1338u
38号地 所沢市三ケ島1-63-1、64-1 2210u 2016年6月6日  
39号地 所沢市大字上山口字北峰538-1 1435u 2016年8月29日  
40号地 東大和市芋窪2-1923-1 2543u 2016年9月7日  
41号地 所沢市三ケ島2-527-1 2208u 2017年3月6日  

これとは別に、狭山湖北岸の大谷戸湿地のあたりに「さいたま緑の森博物館」があります。展望広場には、シンボルツリーのエノキの大木があり、トトロの木と呼ばれているようです。

トトロの森1号地 トトロの木
東大和第一小学校のイチョウ
これもトトロの木では?
トトロ財団の活動拠点:クロスケの家
国営昭和記念公園 みんなの原っぱのケヤキ
これもトトロの木では?
神代植物公園駐車場のクスノキ
これもトトロの木では?

 

5−3 多摩湖のダイダラボッチ(大多羅法師)

ダイダラボッチは、日本各地に伝承される伝説の巨人です。湖沼はその足跡、山はその落とし物とされ、巨人には、鬼・山伏・弁慶なども当てられているようです。富士山を作ったり、琵琶湖を作ったりしたのもダイダラボッチだそうです。多摩湖の周辺にもダイダラボッチの伝説が伝えられています。

『大昔、狭山丘陵の山にダイダラボッチ(大平法師)という大力無双の大男が棲んでいました。ある時、ダイダラボッチは何を思ったのか、藤づるで山を背負ってのっしのっしと歩いてきました。ところが、藤づるがプッツリ切れて、背中の山を落としてしまいました。ダイダラボッチはのけぞり足を踏ん張ったので、その足跡が大きな穴となり、水が湧き出て井戸になりました。これが「ダイダラボッチの井戸」(武蔵村山市中央5丁目)で、常に豊富な水をたたえて干ばつの時も涸れることがなかったそうです。一方、平らだった原に突然降ってきた山は、向山(武蔵村山市神明2丁目)という名の山になりました。』

多摩湖の上堰堤の北側には慶性門があり、その横の丘の上にはダイダラボッチ(大多羅法師)の像が建っています。その付近は「湖底の村広場」になっていて、藤づるや泥染のための木が植えられています。多摩湖の湖底にあった内堀部落の「デンドロの井戸」にもダイダラボッチの伝説があり水が涸れることがなかったといわれます。ダイダラボッチ(大多羅法師)はここで、都民の水がめである多摩湖の水を涸らさないように静かに見守っているそうです。

ダイダラボッチ(大多羅法師)の像 ダイダラボッチの井戸
向山(ダイダラボッチの落とし物)

 

※ 「村山デエダラまつり」と「デエダラボッチ山車」

武蔵村山市では、市民から公募したアイデアをもとに市民祭のあり方について検討を重ねた結果、平成18(2006)年10月28・29日、第1回「村山デエダラまつり」をプリンスの丘公園南側の真如苑プロジェクトMURAYAMA計画地(日産自動車村山工場跡地)で開催しました。

武蔵村山に古くから伝わる巨人・デエダラボッチ(大多羅法師)を張子で表現し、青森の「ねぶた祭」と同じように飾り物に灯りを入れた山車が登場しました。この「デエダラボッチ山車」は、青森県むつ市大湊ネブタ祭りの城ヶ沢倭武多実行委員会の関係者の協力により製作されたものです。翌年には、「武士団・村山党山車」も製作されました。以後、村山デエダラまつりは、毎年進化し続けています。 

デエダラ山車(昼) デエダラ山車(夜)

第10回目の節目になる平成27(2015)年の村山デエダラまつりでは、デエダラボッチ山車が更新され、新しいデエダラボッチ山車が制作されました。二代目のデエダラは、高さが5mを超える大きさ(初代は高さ約4.7m)となりましたが、残念ながら今イチ迫力に欠ける感じです。既に解体された初代デエダラ山車は、顔の部分が記念として展示されるとのことです。

二代目デエダラ山車(夜)

 

5−4 多摩湖町出土の瓦塔(がとう)

昭和9年、多摩湖東側の狭山丘陵南傾斜地を開墾していた際に、瓦塔の破片が掘り出されました。瓦塔は、木造の塔を模した焼物の小塔のことです。

この発見は、国立全生病院の院長の手により、帝室博物館(現・東京国立博物館)に持ち込まれ、五重の塔の瓦塔が復元されました。出土した瓦塔は、高さが約190cmで、奈良時代(8世紀)のものと推定されました。奈良国立博物館展示の瓦塔(静岡県三ヶ日町出土)とともに、わが国の瓦塔の代表例とされています。

また、平成9年には、南東に250mほど離れた下宅部遺跡から、この瓦塔の1階屋根部分の破片が発掘されました。

現在、この瓦塔は、東京国立博物館で常設展示されています。(平成館1階の考古展示室) また、複製品が東村山ふるさと歴史館に展示中です。

瓦塔の出土地は、住宅地(西武園住宅)の中であり、「瓦塔出土地」の碑が建っています。(東村山市多摩湖町4-19-1)

多摩湖町出土の瓦塔
(東京国立博物館で常設展示)
瓦塔出土地の碑

※ 東京国立博物館の常設展示では、特に表示がない限り、フラッシュをたかなければ写真撮影してもよいそうです。

 

5−5 水質浄化のための殺藻装置

○ 自航式電解殺藻装置

以前、多摩湖(村山上貯水池)の湖面には、屋根のようなものが浮いているのが見えました。これは「自航式電解殺藻装置」で、屋根部分はソーラーパネルです。

貯水池等における藻類の異常発生は、浄水処理に著しい障害を及ぼします。そこで藻類を除去するため、電気分解により発生させた銅イオンで殺藻(さっそう)する電解殺藻装置を試作したそうです。必要電力を太陽光発電で自給し、GPSにより設定経路を無人航行していました。障害物検知機能や自動アンカーによる自動係留機能なども付いていたそうです。

この装置は所期の目的を達成したため、後継機種が導入されました。

項目 性能 全景
太陽光発電
システム

公称最大発電容量1.92kw
(パネル総面積15.3u)

バッテリー

リチュウムイオン型
(容量430Ah)

電解銅イオン
の発生量

最大57.6g/h
(必要電力1.15kwh)

航行速度

0.1〜0.4km/h
(必要電力0.2〜1.0kwh)

総重量 2.4ton
※ 「環境システム計測制御学会誌」(EICA)第9巻2号P. 253より引用

 

上貯水池の「自航式電解殺藻装置」

 

○ 超音波による「かび臭対策装置」

平成20年10月頃から村山上貯水池(多摩湖)の湖面には、鳥かごのようなものが4箇所、浮いているのが見えるようになりました。これは「かび臭対策装置」(実験装置)で、以前より少し本格的な殺藻装置だそうです。

多摩川水系の貯水池では、近年夏季を中心に植物プランクトンが大発生することがあり、湖水の透明度の低下やかび臭の発生を招くことがありました。村山貯水池に導入した「かび臭対策装置」は、駆動水ポンプで貯水池の表層水を取り入れ、超音波を照射することにより、植物プランクトンの増殖を抑制するものだそうです。超音波の照射は、アオコなど植物プランクトンの細胞内のガス胞を破壊し、死滅させる効果があるといわれています。

平成21年5月頃から村山下貯水池(多摩湖)にも登場しました。現在は、村山上貯水池に4台、村山下貯水池に8台が導入され、それぞれの貯水池内の水を右回りに循環させているそうです。

この「かび臭対策装置」も、所期の目的を達成したことから、平成24(2012)年3月、撤去されました。

「かび臭対策装置」のシステム

 

村山上貯水池の「かび臭対策装置」 村山下貯水池にも登場

 

 5−6 多摩湖の噴水

村山上貯水池から下貯水池への導水路は、上貯水池取水塔から隧道により、上堰堤の南端下の湾入したところへ通じています。この導水路の下貯水池の放水口のすぐ上に、水圧を緩衝するための穴が2ヶ所設けられています。通水時には水位の関係で、この穴から間欠泉のような噴水が噴き上がることがあるそうです。(水量が少ないと吹き上がることはありません。)

噴水が吹き上がるという穴 (土木学会図書館デジタルアーカイブスより)

 

 

5−7 多摩湖のドウドウ(現在は立入禁止)

「ドウドウ」は、水道局管理所で使われていた用語で、羽村村山線にある「山口引入れ水門」のことです。

羽村村山線導水路(隧道)の出口の先には、「村山上引入れ水門」があり、水路(川)により村山上貯水池に送水されます。そのすぐ手前に並ぶようにして、山口貯水池に分岐するための「山口引入れ水門」があり、導水路(隧道)により山口貯水池に送水されます。

この「山口引入れ水門」は、導水路から導水路に水を分岐する水門という意味で「導水路−導水路水門」=「ドウドウ」と呼称されました。「ドウドウを開けろ」などというように使われたそうです。

この場所は、恐ろしく流れが速く、物凄い水音がしているそうです。ここに落ちれば命の保障はなく、近隣の子供たちは親から絶対に近付かないよう、きつく注意されていたとのことです。

後にドウドウは、導水路だからドウドウ、ドウドウと音がしているからドウドウ、洞道だからドウドウなど、拡大解釈されました。元来、ドウドウはこの水門だけの呼び名だそうです。

なお、ドウドウは水道用地内にあり、現在は立入禁止です。

多摩湖のドウドウ(写真:H氏提供)

左が、山口引入れ水門(ドウドウ)
右が、村山上引入れ水門
多摩湖のドウドウ(グーグルマップ)

航空写真

  

5−8 狭山湖の鴨猟場(現在は立入禁止)

狭山湖にはかつて、鴨猟場が存在したそうです。鴨猟場は、狭山湖の堰堤から見て左に奥まったところ(富士山の方向)にありました。鴨猟場の建物は、狭山湖の水辺ではなく、山の中にあったということです。鴨猟場は水道局の施設でしたが、宮内庁と関係があったかどうかは定かでありません。

鴨猟場は、狭山湖から湖水を引き込んだ狭い水路(引堀)で、そのそばに小屋が建てられていたそうです。その猟法は、湖にいる野生の鴨を擬似の鴨を使って引堀におびき寄せた後、小屋に隠れていた人が飛び出し、驚いて飛び立とうとする鴨を手持ちの網で捕まえるものだったそうです。

鴨の肉は強精食として喜ばれ、警戒心が強く知恵のある鴨を捕まえることが遊びとしても面白いことから、内外の賓客接遇の場として用いられたそうです。

なお、鴨猟場は水道用地内にあり、現在は立入禁止です。

鴨猟場の門柱跡(写真:H氏提供) 「鴨猟場」の記述がある地図
勝楽寺の「勝」の字の下にある3文字

 

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