3 多摩湖の周辺

3−1 三つの湖を展望「狭山富士」

多摩湖と狭山湖の間にある玉湖(たまのうみ)神社のすぐ西に、小高い丘があります。これが狭山富士(標高151メートル)であり、その設計は儘田吉之助氏が行いました。初めは富士山に似せて、頂上から七合目ぐらいまで雪があるようにコンクリートの白い頭をかぶせたといいます。頂上からは、村山上・下貯水池、山口貯水池の三つの湖が一望できました。

竣工は昭和8(1933)年9月です。当時は機械を使わずトロッコで土を運んだため、築き上げるのに随分時間がかかりました。完成した翌年9月の大雨で雪の部分がくずれ、南側は一段低くなってしまいました。狭山富士は、俗に「泥ッ富士(どろっぷじ)」とも呼ばれています。

竣工当時、頂上からは奥多摩から羽村、淀橋のガスタンク、国会議事堂まで見えたといいます。近年は、雑木が生い茂り、しの竹がはびこり、昔のおもかげはありませんでした。しかし今は、山頂までの道が整備され、山頂の人工岩盤跡から良い眺望が得られます。

平成23 (2011)年3月11日に発生した東日本大震災で、狭山富士の頂上付近が崩れる恐れがあるため、立入禁止になっています。

なお、多摩湖周辺には、このほかにも、荒幡富士(標高119.4メートル)、谷津仙元神社の富士塚などがあります。

狭山富士(標高151m) 狭山富士山頂の人工岩盤
狭山富士から見た富士山

 

【谷津仙元神社富士講】

谷津仙元神社は、富士講を信仰行事とする都内でも数少ない団体です。武蔵村山の谷津地区に富士講を伝えたのは星行で、谷津の農民の山行星命(俗名藤七)が直接教えを受けました。谷津富士講が興ったのは、寛政から文化期であったようです。社の裏の小高い富士塚は、登山できない人達がここに登り富士山を遥拝しました。谷津富士講の主な行事は、1月1日の「初読み」、5月5日の「本祭り」、冬至の日の「星祭り」があります。谷津仙元神社富士講は、平成13年12月10日、武蔵村山市指定の無形民族文化財に指定されました。

 【荒幡富士】

旧荒幡村には、昔から浅間神社のほか、三島・氷川・神明・松尾の各社がありましたが、明治5年の社格制定で浅間神社のみが村社となりました。そこで、村内の統一と民心の安定を図るため、明治14年9月、浅間久保にあった浅間神社を西ヶ谷松尾神社の地に移し、三島神社以下を浅間神社に合祀しました。そのため、浅間神社の傍らにあった荒幡村富士講の富士塚も移転することになり、以前の塚に幾十倍も大きい富士塚が明治17年に起工し、明治32年に竣工しました。こうして、荒幡富士は村民の心の大きな依り所となり、近郷近在で最大級の富士塚となりました。

谷津仙元神社の富士塚 荒幡富士(標高119.4m)

 

3−2 玉湖神社

古来、水源や水辺には水神を祀るものです。玉湖(たまのうみ)神社は、水神社を祀る計画を熱心に進めた東京府水道局の福島甲子三氏の努力が実って、昭和9(1934)年12月20日に竣工しました。建築費は25,000円で、銅板葺の屋根が燦然と輝く立派な社が狭山富士の東側にできました。

遷宮式は、昭和10(1935)年1月28日の吉日で、府社の大国魂神社から猿渡宮司らが出張して厳かに執り行われました。祭礼は、つつじの季節の5月11日で、貯水池愛護会が主催し芸能人を招いたり俳句会や菊花展など、毎年盛大に行われました。しかし、時代が移り公共団体で神様をまつることが問題となったため、昭和42(1967)年12月、みたま遷しが行われ、神様のいない空家となってしまいました。

玉湖神社は、「ぎょっこじんじゃ」とも呼ばれるそうです。

平成23 (2011)年3月11日に発生した東日本大震災で、玉湖神社は、柱に亀裂が生じ危険なため、立入禁止になりました。同年10月27日から11月18日の間、柱に亀裂が生じた玉湖神社の社殿の解体工事が実施されました。

玉湖神社 玉湖神社境内にある殉職者之碑
玉湖神社(解体前) 玉湖神社(解体後)

 

※ 「水神」の小さな石碑

多摩湖上貯水池の多摩湖自転車道わきの水道局敷地内に、「水神」の小さな石碑が建っています。(村山中央病院の西側近く 東大和市多摩湖6-2954 上南第6号扉の西約5m)

金網の向こう側なので、表面しか見ることはできませんが、多摩湖の水神様「玉湖神社」と関係あるのでしょうか? 位置的には、多摩湖北岸にある玉湖神社と、ちょうど反対側の南岸の位置になります。当時の水道局が、対岸にも玉湖神社に代わる同様なものをという計らいから、設置したものなのでしょうか?

「水神」の碑

  

 

3−3 多摩湖の桜

毎年、桜の時期になると、村山・山口両貯水池周辺は大変な人出となります。桜は合わせて約3万本とのことで、山口貯水池の方がやや多いですが、村山貯水池周辺で1万数千本です。

貯水池を花の名所にといち早く着眼したのが、当時の牛塚虎太郎東京市長であり、当時その費用にと私財1万円を拠出されました。貯水池の桜は、昭和8(1933)年に植え付けられたものです。植付けは公園課に依頼し、まず堰堤及び道路沿いに吉野桜を何千本、周囲山林の要所に山桜何千本、事務所付近には里桜の名品をといった具合に、それぞれ配植されました。

これらの桜は、東京都民の大貯水池である多摩湖、狭山湖の景観とともに、東京随一の桜の名所となっています。しかし、平成15(2003)年から始まった多摩湖堤体強化工事のため、多摩湖下堰堤の下にある都立狭山公園の桜は、残念ながらそのほとんどが伐採されてしまいました。今は下堰堤南側の東京都水道局研修所周辺の桜しか見るべきものは残っていません。

多摩湖の桜(都水道局研修所下) 多摩湖の桜(都水道局研修所横)
多摩湖の桜(上湖) 狭山湖の桜
 
都立狭山公園の桜  西武園の夜桜ライトアップ

  

3−4 都立狭山公園

都立狭山公園は、多摩湖の下堰堤の下に広がる7万余坪の水道用地を郊外自然公園として共用する目的で、昭和12(1937)年4月29日に東京市が開園したものです。一帯は古代遺跡の地で、これまで鏃などの石器が発掘されました。

この公園は、小学校の遠足、バードウォッチングなどで人気が高く、境浄水場までの全長10.5kmに及ぶ狭山・境緑道の起点になっています。

平成18(2006)年4月1日から、狭山丘陵にある「野山北・六道山公園」「狭山公園」「八国山緑地」「東大和公園」の4つの都立公園の管理運営は、「指定機関 西武・狭山丘陵パートナーズ」が行っています。西武・狭山丘陵パートナーズは、西武造園株式会社、西武緑化管理株式会社、特定非営利活動法人NPO birth、株式会社ダム地域環境研究所、NPO法人地域自然情報ネットワークで構成されています。指定管理者制度は、公園の管理について民間事業者等のノウハウを活用して、利用者の多様なニーズに応え、質の高いサービスの提供を図り、効果的・効率的な管理運営を目指すものだそうです。

都立狭山公園の管理事務所側の入口 復元された碑文

  

3−5 都立東大和公園はこうして残った

多摩湖の南側、狭山丘陵の東のはずれの丘陵地に都立東大和公園があります。起伏に富む小高い丘のほとんどがコナラ、アカマツ、エゴノキなどの雑木林に覆われ、所によってはうっそうとした感じがします。ここが東京で最初の丘陵地公園として開園したのは、昭和54(1979)年6月1日で、面積は約5万坪です。

昭和45(1970)年8月17日、日本住宅公団から東大和市に、戸数1,000戸、店舗10店を含む団地が建設される旨の申し入れがありました。そこで、昭和46(1971)年10月7日、「東大和市の緑と自然を守る会」(代表・西沢宏)が結成され、12月市議会に建設反対の請願が出されました。続いて12月17日、尾崎清太郎東大和市長は、「狭山丘陵の都立自然公園化の陳情」を、美濃部亮吉東京都知事に提出しました。

こうして、尾崎市長の都庁詣でが始まりました。その努力が実って、昭和47(1972)年7月24日、東京都はついに東大和緑地の保全化を連絡してきました。また、日本住宅公団からも同年8月16日、住宅建設断念の連絡が入りました。

東大和公園の丘の上(やまと苑跡地の広場脇)には、1本のエノキの木があります。「東大和市環境を考える会」では、平成15(2003)年3月、このエノキをシンボルとして国蝶「オオムラサキを呼び戻す」活動がスタートしました。ゴマダラチョウの越冬幼虫を調査し、幼虫の食樹であるエノキを保護するため、根元まわりの乾燥を防ぐ対策が始まりました。下草を残し幼虫が越冬するため落葉が吹き飛ばないように小さな柵が設けられています。越冬幼虫が増えれば他の生き物も集まるという計画で、静かに見守ることが大切だと思われます。

東大和公園入口 東大和公園の丘陵
東大和公園の丘の上にあるエノキ

 

3−6 東大和市立狭山緑地と郷土博物館

東大和市立狭山緑地は、昭和(1985)年4月に、東大和市が緑地保全のため、狭山丘陵の私有地の雑木林を借り上げる方式により開園しました。緑地内には、狭山丘陵の自然を生かした木道や園路が、約1,500mにわたり整備され、散策できるようになっています。

狭山緑地の雑木林は、東大和狭山緑地雑木林の会(ボランティア)の会員が、下草刈りや択伐をして、明るい林を造っています。その結果、ヤマユリやリンドウも以前に比べて、たくさん咲くようになりました。また、フィールドアスレチックもあり、休日には家族づれなどでにぎわっています。その後、市では少しずつ公有地化するように事業を進めています。

市立狭山緑地の南側のふもとには、東大和市立郷土博物館があります。狭山丘陵も含めた博物館という考えから、「狭山丘陵とくらし」をテーマにしています。郷土博物館では、郷土の歴史、民俗、自然について次の業務をしています。@地域の資料収集、整理保管、展示、調査研究、教育普及活動 A学校教育との連動による小中学校の授業への対応 Bプラネタリウムでの幼児、生徒、一般向けの投影 C市内の文化財の保護・保存 D郷土美術園での日本画家・吉岡堅二の資料の公開

郷土博物館では、狭山丘陵の映像が見られるほか(常設)、図書室で多摩湖に関する貴重な資料も閲覧できます。(土日の13:00〜16:00)

平成26(2014)年3月15日、郷土博物館プラネタリウムは、1000万個の星を映し出すことができる新投影機「MEGASTER-UB」(大平技研)を導入しました。メガスターUBの星空と連動し、「ステラドームプロ」により全天周に迫力あるデジタル映像が映し出されます。(ドーム径14m、定員100席)

市立狭山緑地 郷土博物館
多摩湖取水塔の模型 吉岡堅二コーナー
飛躍(柚月芳(ゆうづきかんばし)作)
(多摩湖近くの狭山丘陵にアトリエがあった。)
1000万個の星を映し出す「メガスターUB」

 

※「メガットくん」(東大和市立郷土博物館キャラクター)

2014年3月15日のプラネタリウムのリニューアルを記念して、オリジナルキャラクター「メガットくん」が誕生しました。メガットくんは、新たに導入されたプラネタリウム投影機MEGASTAR-IIBと同じ形をしています。身体の色はグリーンで、目と腕と脚がイエロー、瞳が星型のブルーです。
(メガスターUBの色は、狭山丘陵をイメージした緑色で、ブルーからグリーン、イエローに変化する玉虫色とのことですが、実物はもっと黒っぽい感じです。)

メガットくん

 

 

3−7 多摩湖取水塔の図柄のマンホール蓋

下水道のマンホール蓋には、自治体の風景や花などの図柄が描かれたものがあります。平成以降、各自治体は、下水道事業をPRする一環として、独自の図柄を作ることが盛んになったそうです。

東大和市のマンホール蓋の図柄は、多摩湖の第1取水塔と第2取水塔です。そして、東村山市のマンホール蓋の図柄も、多摩湖の第1取水塔です。

東大和市のマンホール蓋 東村山市のマンホール蓋
東大和市のマンホール蓋カラー版 多摩湖の第1取水塔と第2取水塔

 

3−8 多摩湖の図柄の風景印

風景印とは、郵便局で郵便物に押される消印のうち、記念のために押印するもので、正式名称は「風景入通信日付印」というそうです。その郵便局周辺の名所旧跡にちなむ図柄が描かれており、押印には鳶色と呼ばれる赤茶色のスタンプが使用されます。風景印は、郵便局の窓口に申し出ると、押印してくれます。

多摩湖、狭山湖の図柄を使用している風景印を集めてみました。

郵便局名 住所 図柄 備考
武蔵村山 武蔵村山市学園3-24-1 多摩湖取水塔、かぶと橋アーチ
武蔵大和駅前 東大和市清水3-799 多摩湖取水塔、桜  
大和 東大和市奈良橋5-775 多摩湖、高木神社の獅子頭、桜  
東大和清水 東大和市清水6-1190-2 多摩湖、清水囃、団地  
東大和新堀 東大和市新堀3-11-13 多摩湖、野火止用水、用水工夫の像、桜  
東大和向原 東大和市向原3-816-60 多摩湖、野火止用水、桜  
東大和南街 東大和市南街5-64-9 多摩湖、大和音頭、東大和市駅前  
東大和上北台 東大和市上北台1-4-12 多摩湖、多摩都市モノレール、市花・ツツジ  
東大和芋窪 東大和市芋窪3-1731-6 多摩湖、多摩湖自転車道の鹿島橋、豊鹿島神社の狛犬  
10 所沢西 所沢市若狭2-2594-1 狭山湖取水塔、旧大徳院霊廟勅使門、市花・お茶の花、市木・銀杏の葉

※ 風景印スキャン  

武蔵村山 武蔵大和駅前 大和
東大和清水 東大和新堀 東大和向原
東大和南街 東大和上北台 東大和芋窪
所沢西

 

 

3−9 多摩湖取水塔のイメージの、ゆるキャラ「しゃきょうのたまちゃん」

東大和市社会福祉協議会のイメージキャラクターは、多摩湖の取水塔をイメージした姿の「しゃきょうのたまちゃん」です。レンガ風の腹巻きの中でハート?を温め、ドーム状の帽子のアンテナで困っている人を感知するそうです。イメージキャラクターは、以前に公募により選ばれましたが、2013年11月10日の第36回東大和市福祉祭で着ぐるみが登場したようです。

なお、社会福祉協議会は、社会福祉法に基づき全ての都道府県・市町村に設置されており、地域住民や関係者の参加により、さまざまな活動を行い、地域福祉の推進を図る非営利の民間組織です。(食事サービス、ホームヘルパー、車椅子ステーション、ケアプラン作成、資金貸付など)

しゃきょうのたまちゃん 「たまちゃん」着ぐるみ

 

※参考 「うまべぇ」(東大和市観光キャラクター)

「うまべぇ」は、平成24年4月に開催された、「東大和市グルメコンテスト“うまかんべぇ〜祭”」のイベントを盛り上げるために誕生したグルメキャラクターです。東大和市在住のイラストレーター、つしまひろし氏によるデザインで、「お椀」と「わんこ(犬)」がモチーフになっています。その後、東大和市の観光キャラクターに位置付けられました。

うまべぇ うまべぇ着ぐるみ

※参考 「ひがっしー」(東村山市公式キャラクター)

「ひがっしー」は、平成26年度の東村山市市制施行50周年を迎えるにあたり、市の魅力を周知・PRしていくため誕生した、公式キャラクターです。公募投票により選ばれた、東村山生まれのケヤキの妖精です。

ひがっしー ひがっしー着ぐるみ

※参考 「トコろん」(所沢市公式キャラクター)

「トコろん」は、所沢市市制施行60周年記念事業の一環として、平成22年に誕生したイメージマスコットです。市の鳥である「ひばり」と、航空発祥の地にちなんだプロペラ飛行機のイメージから生まれました。

トコろん トコろん着ぐるみ

 

 

 

 

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