
第六話「アキハバラ電脳組壊滅!?第五のディーヴァ、エリヌース!(後編)」
夜。
天も地も、僅かな星を覗けば完全なる闇。人が消えて電気の明かりが消え、大地は一面海の如き闇。
しかし、それはある意味で自然。人がこの地に栄える前の、原初の「当然」。
だから、ン=ダグバ=ゼバは笑う。
夜の闇の中まるで月のように幻想的な、白い衣装に白い肌の美少年は、褐色の肌に真紅のドレスの美女・・・薔薇の花嫁ラ=バルバ=デを従えて、東京タワーの頂点の鉄骨に腰掛けていた。
人間には闇にしか見えない今の、疎開により人の絶えた東京。人の目には、絶望の暗い未来に見える街。
しかし少年の目には見えるのだ。少年の耳には聞こえるのだ。
闇に蠢く獣達。彼等グロンギとそれに従う、人を捨て野生に帰った者達の姿と、唸り声が。
だから、ン=ダグバ=ゼバは、耐え切れなくなったように、水晶の刃のように透き通りながらも鋭い、狂気の笑みを浮かべて呟く。
「素晴らしいね・・・ここには、新しい命の息吹に満ちている・・・」
バルバは無言。ただ、彼女の花婿たる存在の側に侍る。ダグバは、話し続けた。
「皆・・・こんな風に・・・総ての明かりを消してしまおうよ・・・ふふふ、はははは・・・」
風に、楽しげな微笑が乗る。獣が暴れ、骨肉を相食む混沌の闇を、嘉するように。
「う・・・」
同じ、夜。されどここは人の手になる、人のための空間。バリスタス関東軍地下基地。明かりの点るところ。
そこで目を覚ましたのは、かつて流星と呼ばれた少年。
「目が覚めたかね。ここはバリスタス関東軍アジトだ。」
そう優しげに語る、扇子を持った科学者風の男。その視線の先にいるのは、黒を基調とした昔の貴族が来るような服を纏った少年だ。年のころは中学生か高校生、といったところ。色白で、やや乱れた髪と涼しげな目元の、結構な美形である。
それでいて見かけだけの存在に見えないのは、知性と憂いに満ちた、その表情が理由だろう。
「何故、我々を助けたのだ?貴方たちバリスタスは、私達・・・が、属していた、ローゼンクロイツとは敵対していたはずだ。」
「その通り。だから助けた・・・わけではない。私は君達に興味があった、それだけだ。」
ローゼンクロイツに捨てられた少年は、このわざとらしい言い回しにそのつど表情を変える羽目になった。だが最終的には、また憂いの色に戻る。
「ローゼンクロイツの情報を得ようとか、敵の敵は味方とか言うことではない、と?なら・・・」
「別に、君がメタトロンとやらのクローンだから、というのも理由のうちではない。」
メタトロン。宇宙の運行を司る大天使の名に、少年は反応した。酷く屈折した、近親憎悪に近い想いと見て取れる。
「私達の目的は世界の征服・・・その過程としての、我々と同じ存在、闇の中にいる者たちとの連帯。今、君と君の仲間達は闇の中にいる。君は父とも思っていた男から捨てられた。彼女達は・・・」
ひょい、と扇子で男は少年が眠っていた場所の隣を指差した。其処には、三人の女性が寝ていた。アイドルのような可愛さを持つもの、知的な印象を受けるもの、妖艶な大人の色気を持っているものなど三者三様だったが、美しい三人の女が眠っている。
「君への愛に殉じ、同じ闇に落ちた。さぁ、君はどうする。」
「どうする、か・・・貴方は、何をさせたくて僕たちを助けたんですか?」
「甘えるな!」
ぱしっ、と少年の頬を男が扇子で張った。
「お前が何であれ、意志を持つ一個の存在であることに変わりはあるまい。体が改造人間だろうが遺伝子改造生物だろうが機械だろうがクローンだろうが、それは同じこと。自分で考えなさい、それくらいのことは。・・・オトコノコでしょう、頑張りなさいって。」
莞爾と笑うと、男はひょいと立ち上がった。そのまま、歩み去っていく。
「君達のあの、アポストルスとかいう装甲強化服は修理しておきました。それと、サービスで武装も追加してあります。ここにいるも、どこかにいくも、自分でお決めなさい。一人の意志ある存在として。ただ・・・」
口元を扇子で覆い、目を細めて男は、シャドーは笑う。
「その三人の娘さん、三人とも貴方を好きです。それにどう対処するかも決めなきゃならないというのは、少々苦でしょうが・・・はっは。」
つられて苦笑する少年。その表情からは、僅かではあったが・・・先ほどまでの憂いは消えていた。
神聖ローゼンクロイツの幹部であったころの彼のコードネームであったシューティングスター、流れ星のように。
「さて、と・・・」
しかしそのシャドーだが、彼にも実は苦悩はある。
それを解決するために、彼は基地の通信端末を作動させた。
立体映像投影装置が作動。通信会議室が立ち上がる・・・が、半数が欠員。まんぼうとlucarとJUNNKIだ。
lucarは参謀・白き輪舞曲の艦隊のUNCRET別働隊が滅人同盟から奪い返したオーストラリアに海豹兵や勢流鯨、元インバーティブリットのパラドキシデスとマルレラなどをつれて復興支援に・・・そして南極にあり、いまや世界中の海で配下を暴れさせ海上交通を麻痺状態に追い込んでいるゾーンダイク軍の本拠に行くために赴いている。
故に現在HAの部隊相手に防衛戦闘中のカムイ衆率いる北海道支部、タロン配下組織イノヴェルチと戦う影磁の九州支部を除く本州すべてをシャドー一人で臨時に統括する羽目になっているのだ。
戦力不足を補うため大陸支部の面々もこちらに兵力を派兵しているのだが、大陸のほうも青雲班やリチャード財団などと抗争せねばならず、いくらまんぼうにテレポート能力があるからといっていったりきたりは非情に多忙、今も前線に出ているらしいので会議に出れないのだ。
そしてJUNNKIも、思いのほか難儀な学園での行動にあれこれと梃子摺ってか、夜になっても任務中らしい。
「戦闘報告は先ほど文章と、私の記憶から出力した映像にて送信しましたが・・・まあ、戦闘結果はああいう現状で。」
ため息と共に語るシャドー。のえる達が避難誘導に謀殺されグロンギが活動を潜めた結果生じた戦力の空白をついたローゼンクロイツの攻撃は、おそらくシューティングスターたちを切り捨てたことも計画のうちであることを思えばかなりの打撃を与えてきていた。
アキハバラ電脳組のディーヴァは軒並み大破したが、これはどうも転移先で修理されるみたいだけど電脳組自体が疲弊している。
HUMAから派遣されてた龍騎・ナイト両名は傷を追い、静岡に近頃鹿鳴館や浅見などのHUMA支援企業の資金援助で完成した新本部に帰還が決定。
シャドーにしても傷を負っていた。既に装甲を張替え加速装置は修理したが、またエリヌースが来ては今度こそまずい。
「まさかこれほどの能力があるとはな・・・」
先頭から導き出されたエリヌースの推測データに、影磁は驚きを隠せずに唸る。
全般的に人造人間は破壊力や正確性は高いものだが、速度や反応判断など総合的な機動性では殆んどの人造人間をバリスタス製改造人間は上回る。
だがあのエリヌースは、最強クラスと同義である幹部改造人間のゴキオンシザースを遥かに上回る機動性を発揮してのけたのだ。
「ええ。ディーヴァの本当の力があれなのか、それともエリヌースだけ特別なのか、あるいは我等が想像し得ない全く別の要素が介在しているのか、そもそもメタトロンとは何なのか・・・鷹士君たちがひょっとしたら知っているかもしれませんが、今心を混乱させている彼等を問い詰めるわけにはいきませんしねぇ・・・」
シャドーが呟く。謎があまりにも多く、同時に敵があまりにも強いというのはかなり拙い。
「さらに先ほど、オルフェノク警邏隊に機材を与えて行ってもらった索敵データなのですが、ホースオルフェノク=木場君やスネークオルフェノク=海道君はよくやってくれたのですが、それゆえ中々難儀であることが発覚しましてな。例の敵首脳が潜むと見られるアキハバラ第三中学。地下など幾箇所かに謎の空間や装置が隠され、それがどうもアキハバラ全体と繋がっているようで、うかつに手が出せそうにありません。こちらとしては、迎撃体勢を整えるしかないわけですが、いかんせん・・・」
実はきっどやリタなど関東の兵力の大半は疎開誘導やそれを襲おうとしたり封鎖区画を警備する者達に襲い掛かろうとするグロンギやオルフェノクとの戦いに投入され、また本部のほうでも外からの東京封鎖やそれとは関係なく僅かにでも超能力、アギトへの覚醒の片鱗を見せたものへの抹殺活動を散発的に繰り広げるロードへの対処に忙殺され、手元の動かせる兵力が戦闘員などを除けば殆んどなかったりする。
その数少ない兵力の一つが人間の心を保つオルフェノクをバリスタスが束ねたオルフェノク警邏隊なのだが、彼等はあくまで本来オルフェノク問題のオルフェノク自身による解決、暴徒化オルフェノクの鎮圧や心を保つオルフェノクの保護などが目的であり、あのような強敵にあてても被害を増すばかりのような危惧が強く使うわけにはいかない。
「恐ろしい力だな・・・そしてそれを使い、それで傷つけあい傷つけられあうのが年端もいかぬ少女というのが、なんとも・・・」
かぶりを振る影磁。なんだかんだいって子供好きな彼には、それもまた重要な問題なのだろう。
と、それに思い至ったところで影磁は気づいた。バリスタスの子供好きといえば他にもいるではないか。それが何故沈黙している?と。
「博士。村正宗君。貴方がたはどう思われますか?」
話題を振られたのは、本来一人用の立体映像投影装置に少し狭苦しげに二人並ぶ、悪の博士と、霊光刀完成でいまやバリスタス最強の改造人間となり、それゆえ半ば博士と並ぶ大西洋支部幹部となっている御影村正宗。彼自身は標準的な体格なのだが、隣の博士が長身の上さらに左右に広がるでかい角があるので、なおさら狭苦しそう。
しかしそんな些細なことを見る者が感じられるほどに、二人には「余裕」が感じられた。彼等は、打開策があるのか。
「・・・どう見るね、村正宗?エリヌースの性能ではない・・・そんなものはどうでも良い。データにある、大鳥居つばめという少女だ。そしてアキハバラ電脳組だ。エリヌースと他のディーヴァの性能差などどうでもいい。彼女達を、どう思う。」
「な、博士!?」
だが牙だらけの仮面の顎から放たれたのは、思っても見ない言葉。完全に見ているところが違う発言に、驚きつつ言葉を返すシャドー。
「ローゼンクロイツの作戦目的がはっきりしない以上、単純な戦力比の分析など役には立たぬ。その場合問題になるのは、より根源的な事象・・・そもそも誰と誰がどういう関係なのか、だ。それにより敵対の構造や今後の変化を見るしかない。」
だが、博士に揺らぎはない。八つの瞳を決然とした様子でシャドーに据え、言い切る。
「・・・」
そして村正宗は、シャドーが見たものを改造人間の中でも幹部として通信・外部出力に長けるシャドーの特性を利用して再現した映像で、大鳥居つばめを、そしてアキハバラ電脳組の面々を、見る。
鋭い目に映る光。そしてしばしののち、その視線が柔らいだ。
「・・・俺は、大丈夫だと思う。彼女達・・・大鳥居つばめと、アキハバラ電脳組。彼女達を信じてみるといいと、思う。」
そして、呟くような回答。
「信じる?」
「ああ。この、大鳥居つばめという子・・・きっと、大丈夫、だと思う。・・・上手くは言えないが。」
元来が村正宗はそれほど多弁な性質ではない。シャドーの問い返しにも、やはり短く回答するにとどめる。
が。
「村正宗が言うなら、間違いないって!ほんと私たちみたいな子のこと分かってくれる、ねー!」
「わぁっ!?」
と、突然村正宗の後ろから、話題の電脳組より少し上くらいの年の女の子が飛び出した。褐色の肌に金髪をツインテールに結ったその子は、おんぶするような姿勢に村正宗に飛びつくと、はしゃぐように歌うように言う。
「とっ、トリエラ!?」
慌てた村正宗が叫ぶ。その名は、一応幹部達も知悉していた。何でもHAが孤児を洗脳サイボーグ化した部隊「ガンスリンガーガールズ」の一人だ。諸般の事情で、部隊ごとバリスタスが保護することとなったと博士から報告された。
彼女等は本来皆その境遇ゆえどこか「欠けた」、傷のある心を報告では懸念されていたが、どうやら随分元気に明るくなってるらしい。
「だーっ、トリエラ!お前HAのへぼ技術のサイボーグ体直したばっかりで、まだ調整してねえだろうが!」
と、映像にさらに割ってはいるものがいる。彼女達を保護したカクタスコネクテッド、キャル=ディヴィンスだ。
「だぁってキャルお姉ちゃん、新品になった体どうしても見てもらいたくて・・・」
「だからって抱きつくなよ、しかも会議中に。またてめぇの親父役のヒルシャがあれこれいらん気苦労する羽目になるぞ?」
頬を膨らますトリエラの襟首を、強引に引っ張ろうとするキャル。さらに複雑な力が加わり・・・
「「「わぁっ!?」」」
もつれるような格好で転倒。
「と、トリエラ・・・何やってるの?」
と、その様子を見てそういったのは、先刻キャルが口にした名前の男・・・ヒルシャ。改造により情緒不安定なガンスリンガーガールを制御するために一人につき一人配備される大人のパートナーと大西洋支部の調査による資料にはあった。
なんだか普通にしててもしょぼくれてるような、少し頼りなげな印象の、トリエラにとっては少し若めの父親といったくらいの年齢の男だった。
「!?」
ご!
頬を真っ赤に染めたトリエラが、起き上がり様見事なアッパーカット。どうもひっくり返ってパンツ丸出しの格好を思い切りヒルシャに見られたのが恥ずかしかったらしい。ヒルシャは特に気にした様子はなかったのに。あるいは、それがさらに腹立つのかもしれんが。
一撃でダウンするヒルシャ。女の子だけど、サイボーグだ。それもHAの不完全な代物をバリスタスで調整したのだから、威力もあるわけで・・・
「あ〜っ、ヒルシャさん大丈夫!?」
「トリエラ、あんた相変わらず素直じゃないんだからったくもう・・・!」
ばたばたと混乱する背景が、立体映像投影装置の範囲によって切れたり出たりしながら見える。
バサッ!
それを、博士は背中のマントを羽状に変形し、それを隠した。騒ぎ声は聞こえてくるが、無視。
そうでもせねば、話が終わらぬ。
「ともあれ、現状で戦力調達のあてががない以上、こちらとしては電脳組と大鳥居つばめの心的状況をどうこうするしか作戦の展開しようがあるまい。」
強引に話を進める博士。その提案は純軍事的には無茶だが、人間をベースとしているゆえ精神活動に大きな影響を受けるヒーロー・ヒロインという存在から論じるなれば、それほど理屈がないわけではない。
「いずれにせよローゼンクロイツの計画が戦闘の先頭の勝敗に依存していないらしい以上、状況の推移を今は見守るしかない。そしてそれを見極め、その計画に決定的なところで横槍をいれ、覆す・・・それが対ローゼンクロイツの基本対策となるだろうな。」
影磁も、考えつつ意見を口にする。
それを、シャドーは分析し、纏める。・・・結果として、今は「待ち」だ。そしてその待ちを利用して、心理的な面でのケアや行動に出て、戦力を纏め相手に対応する、と。
「ふむ・・・そうするしか、ありませんか。」
微笑み、呟いた。そうだ。考えても見よ。彼女達は確かにまだ中学生の少女。だが同年代には折原のえるなんてとんでもないのもいる。
可能性というものは思いもよらずに転がっているものだ。彼女達を信じてみても悪くない、何しろ仮にも今まで、その幼くも純粋なる願いとともに生き残ってきた者たちなのだから。
そのころ、南極。
lucarは護衛の改造人間たちをオーストラリアに残し、ただ一人かつての新帝国ギアの跡地に作られた滅人同盟ゾーンダイク軍の本拠地、ストリームベースに赴いていた。
ゾーンダイク教授からの招待で。
改造人間としての姿となったlucarは南極の分厚い氷を歩き、濛々たる霧を抜け。
霧を抜けた先は、到底南極とは思えない、静かな緑の森だった。程よい気温。柔らかな風。これらは総て周囲から遮蔽され、周りの環境を損ねないようにしてある空間の中にある。だがもしゾーンダイクがその気になればこの装置を逆用し、人類の大半を殲滅するため南極全体の氷を溶かすことも可能なのだ。それは幾種類もの生命を滅亡に追いやりかねないゆえ滅人同盟としてもリスクの大きい行為だが、最終手段としては驚異として存在している。このままでは結果としてそれ以上の犠牲が出る、と判断が出れば、その時は。
そんな恐ろしさとは無縁なほど、そこは穏かで静かだった。変身を説いて人間形態に戻り、lucarは森の中を歩く。
時々、ゾーンダイクの手によって生まれた人とも獣ともつかぬ姿の生命体とすれ違うが、彼等の瞳に微塵の敵意もない。それどころか興味、好奇、歓迎や友愛の意思すら受け取れる。そしてそれぞれ呑気に草や果実を食べ、それをlucarに差し出したりもしていた。
敵意を抱くということを知らない、穏かな命たち。ゾーンダイク軍は本来彼等、争いをやめず環境破壊を続ける人類に取って代わるべき穏かな命たちを守るために作られたもの、それが同じように環境保護用に作られ環境保護の結論として人類殲滅を狙うブレイン党や人の醜さを呪い物言わぬ動植物のため、大義より重いとする星義のため集った不退転戦鬼軍団と組み、滅人同盟となった。
ここは、楽園だ。ゾーンダイクの作った、一つの楽園の形。
人の存在を許さない、絶望的なまでに純粋な楽園。
そしてストリームベース最奥、森の中に立てられた小さな東屋。そこに、ゾーンダイクはいた。車椅子に腰掛けた小柄な体。骨ばった顔を覆う大きな眼鏡は、大学院などにいるのが相応しかろう老学究の印象。
そして何より、その眼鏡の奥の瞳と顔全体の表情は、ナスカやベルクなど、強大な力を持つ遺伝子改造生物の創造主とは思えないくらい穏やかだった。
「久し・・・ぶり、ですね、先生。」
「ああ。本当に久しぶりだ。」
穏かな、ままだったから、lucarの声は僅かに震える。
未だバリスタスという組織を立ち上げる前、彼女は海洋生物学を学んでいた。その時の教師こそ、誰あろう目の前の老人、ゾーンダイク教授だったのだ。
彼女にとってゾーンダイクは、大好きな海と同じだけ好きな恩師だった。
久々に聞いた穏かな声に思わず目が潤みかけ、俯く。
しかしそのにじむ視界に入ったのは、腰に巻かれたベルトのバックル。貫く爪を象った、バリスタスの紋章。
だから涙を拭い、会談を開始する。
「あなたの本当の目的が我々と同じ「共存」であるというのはわかっています。もう無駄な争いは止めませんか」
いきなり、lucarはそう言った。証拠はない。ゾーンダイク軍が世界中の海で暴れ周り海上物流を麻痺させていることから考えれば、お笑い種とも取れる言葉。
しかしlucarには確信があった。
「・・・やはり君には分かるかね、lucar君。」
そしてゾーンダイクは微笑してそれに答えた。lucarの意見は、正解だったのだ。
「分かります。私は、貴方に教わったんですよ?海も、命も、その大切さも・・・それらへの愛も。」
「やはり君は優秀な生徒だったよ。私の言いたかったことを、ちゃんと分かってくれている。」
笑うゾーンダイク。だがlucarは、真剣な目でそれに問う。
「なら、何故!何故このような破壊と殺戮を・・・!」
必死の思いが伺える問い。ゾーンダイクのその問いへの返答は穏かだ。
だがその穏かさの中に、強い魂の信念が燃える。
「ふ、我がゾーンダイク海軍、いや滅人同盟が活動を停止したところでこの惨劇、回り始めた運命の歯車は止まらんよ、人は正義だ悪だと争いを続ける。私はこの混迷たる時代を試す為ゾーンダイク海軍を作った。これは試練なのだよ。人が己と違う命を受け入れるか否か。滅人同盟に本当に滅ぼされるべき存在か否かの、な。」
「その試練の為にどれだけ生体兵器という哀しい命を作り、悲劇を起こすのですか!先生がタロンの引き起こした内戦で奥様と娘さん夫婦そしてお孫さんまで亡くされたのは知ってます。だとしても!いたずらに審判を下すのではなく手を取り合い、私達みたいに、こんな悲しみに満ちた時代を終わらせるためにこそ貴方の力を使うべきです!」
だが、lucarもまた必死だ。滅人同盟の脅威を除くためだけではない。それ以上、バリスタスの理想、lucar自身が信じるもの、それら総てが、ゾーンダイクの暴挙を止めさせろとその身のうちで叫んでいる。
それでもゾーンダイクは譲れない。譲れないからこそ、彼は今ここにいるのだ。
「話し合いでは変わらんよ、人は。現に君たちの元に集ったものも、それを拒否するものもいる。結局は君たちとて融和と対話を最善としながらも、それが届かぬ相手とは戦うしかなかったではないか。それら人の価値観総てを換えさせるほどの強大な衝撃が必要なのだ。今のままでは例えガーライル神を倒し、自由を手に入れたところで、すぐにまた互いに争い、愚行を繰り返す。」
「っ・・・」
その後も、会話は続いたが・・・話し合いは、平行線で終わった。
だが、終わらないものもある。
「それでも、私は信じ続けます。私達の理想でもない。ゾーンダイク、貴方でもない。運命でも奇蹟でもない。ただ・・・心を、信じます。」
「・・・心、を?」
去り際にlucarが漏らした言葉に、ゾーンダイクはそれまでとは違う反応を見せた。
初めて意表をつかれた、とでも言おうか。
「貴方ほど人の醜さを拒絶した人でも、こうして私との会話を持ち、そのために私を攻撃させなかった。審判を下すのも、貴方が人を信じたがっているから。本当に信じられるのか、だから試す。疑いながらも、怯え震えながらも・・・心は常に、他の心を求め信じようとする。それを、私は、信じているんです。」
そして、lucarはそう言い、ストリームベースをあとにした。
尚も信じるもの、守るべきもののために、歩み往く。
そして、次の日。
東京都との県境、疎開維持防衛線。
そこから先は無人の領域、そこから後は人が避難する世界。
その境界線を守るためのえる等日本政府の部隊、HUMA、バリスタスの軍団がずらりと居並ぶ。
鉄壁の守り。だがそれは同時に、戦いを求めるグロンギにとっては格好の相手であった。
故に突破というよりはこの場に展開する部隊自体が目標となり、戦闘が絶えない。
今もノエルが数体の下級グロンギを一度に相手取って大立ち回りをしており、HUMAのライダー達とパワードスーツ部隊も、全力で奮闘している。
バリスタスは本部部隊が最高司令官であるlucarの不在により若干動きが鈍いが、それでもフリーマンなど現場の戦術指揮官が頑張って、防戦に努めている。あくまで本筋は防衛なので、必要以上に突出したり相手にしたりせず、守りを固めて相手の消耗を待つのだ。基本的に指揮も指示もなくばらばらに突入してくるグロンギの戦力を、こうやってじわじわと削っていく。
それは有効な戦術だったのだが。
「ふふふっ、弱い弱い・・・・・・!」
「ヴォオオオオオッ!ヴォオオオオオッ!!っ、くぅっ・・・!」
巨大な角と分厚い鱗の鎧を持つ、以前ミーアが戦ったオーガオルフェノクよりさらに巨大で凶暴そうな姿の、竜を象ったオルフェノクが、蝙蝠の羽を頭に持つギルス体、ハンターJ・・・不動ジュンを捕らえ、押さえ込んでいた。
(ううっ、しまったっ、私・・・また・・・!)
吼え、足掻き、もがきながら、ジュンはどうにもならない後悔をする。不安定な自我を蝕む獣の闘争本能に操られ、突出してしまった挙句がこの様だった。心底、己の心の弱さに悲しくなる。
他にもアナザーアギトがやはり特有の功名心から突出して敵と戦闘を繰り広げている。そちらはあの強大な腕力ゆえ敵をさんざんに追い散らしていたのだが、ジュンのほうは相手が悪かった。
「キミらじゃ無理だって・・・解らない人だなぁ。当然でしょ、僕は世界一強いんだから・・・あのダグバとかいう生意気な小僧なんかよりもね。究極の闇になるのはこの僕、ドラゴンオルフェノクだ!」
さらにドラゴンオルフェノクはジュンを投げてコンクリの壁面にたたきつけると、所属が違うにも関わらず彼女を助けようとした自衛隊とバリスタスの量産型改造人間部隊を光弾を乱射して吹き飛ばした。
「う、うわぁぁぁあっ!やめろぉっ!」
それを見て、ジュンの心が熱く沸き立つ。必死に、拳と爪と、電撃で抵抗する。
「やめたほうがいいよ・・・僕に触ると灰になるんだ・・・」
「うあっ!くぅっ・・・!あああっ!」
だがドラゴンオルフェノクの怪力は圧倒的で、再びジュンは押さえ込まれてしまう。そしてドラゴンオルフェノクの能力により、その手が触れたジュンの肌が焼けて、灰になっていく。
激痛に絶叫するジュン。
「くっ、離しなさいっ・・・!」
「へぇー、リキ入ってんじゃん。でも・・・面白いの?さっき吼えてたときより、生き生きしてないぜ?」
「っ・・・!」
ドラゴンオルフェノクの言葉に、びくりとするジュン。lucarなどに励まされ、和美という存在もあって今まで必死に頑張ってきたが、己はやはり浅ましい獣に過ぎないのかという恐ろしい疑念が彼女をすくませる。
「ははっ、はははぁっ・・・可愛いもんだねどうも、食べちゃいたいくらいだ・・・!」
それを、獣は嘲笑う。牙の並ぶ顎から涎がだらりと流れ、鎧のような表皮とは正反対の滑る舌がうねった。
人を捨ててまで味わうことを求めた原始的本能的な衝動が、ドラゴンオルフェノクの中に満ち、ジュンに向けて放たれようとする。
絶体絶命。
だが。
「そこまでだ・・・」
突然、声がした。鋭い声。猛々しく、だが尚その中に優しい強さを持つ、「人」の声。
「あ・・・!」
驚いたジュンが、声を上げる。そこに居たのは、ファッションモデルであった彼女の目から見ても、掛け値なしの美しさを持つ存在だった。
戦場の風に靡く緑柱石色の髪に縁取られた、鋭い美貌。凛とした目、妖精のような長い耳。
アルフェリッツ=ミリィ。自分とは違う「本当の正義」の側の人間として、知っていた。
「その人から離れな・・・いや、そこを、どけっ!!」
ドラゴンオルフェノクに、鋭く叫ぶミリィ。
「余計なことをするから、面白くなくなるじゃないか・・・いや。」
ドラゴンオルフェノクの目に、ぎらりと獣欲の炎が再び燃える。
ジュンを放し、立ち上がる。だがミリィの叫びに怯え退くのではない。その、逆だ。
「いいよ・・・相手は誰でも構わない!!お前がどれだけやるか・・・試してやる!」
獣面に喜色を滾らせ、ドラゴンオルフェノクはアルフェリッツ=ミリィに飛びかかった。
ガシリッ!!
「っ、な!?」
重量級を誇るドラゴンオルフェノクの突撃は、ミリィの華奢とも見える手でしっかりと止められた。
慌てて?ぎ離そうとするが、それも叶わない。
ガーライルフォースを全身にいきわたらせることにより、彼女の腕はスペースチタニウムすら上回る硬度と鋭利さを持つのだ。大陸での戦いで成長した彼女に、この程度の心と力しか持たぬ相手がかなう道理はない。
「えと・・・ジュンさん、だったな。」
取り乱すドラゴンオルフェノクなどまるで眼中にないかのように、不動ジュンに話しかけた。
「は、はいっ・・・!」
「何もそう、恐縮しないでよ。しがない傭兵のただのアドバイスなんだからさ。」
汚れた体縮みあがるようにして、ジュンは慌ててそれに答える。その様子に、ミリィは苦笑した。
「てめぇこの、離しや、ぎっ・・・!」
喚くドラゴンオルフェノクを、足を踏みつけにして激痛を与えることで黙らせるミリィ。
そして、再びジュンに言葉を与える。
「なあ・・・ジュンさん。おおかたバリスタスの連中もあいつら妙に優しいところがあるから似たようなこといったと思うけど、アンタは頑張ってると思うよ。少なくとも昔のあたしよりはね。」
「え・・・?」
驚くジュン。
「あたしも昔は何も分からず、ただ戦闘種族としての自分の本能に流されて生きてた・・・だけど、今は違う。変わった。心を持つ者として、それ以上の、生きるのに大切なものを見つけたんだ。ジュンさんにも、それはきっと出来るよ・・・そしてきっと、その体の衝動なんて、その苦悩の過去が強制することなんて、超えられる。・・・そっちの二人も。」
「え!?」
「む!?」
不意にジュンに視線と言葉を向けられたのは、同じように突出して戦闘しながらいつの間にか近づいてきていたアナザーアギトと、それを追ってきたキノだった。
未だ分かり合えず、互いに殺しあうべき敵と相手を認識して戦いあう二人だが、期せずして振られたこの話題に同じように驚いてしまう。
ともあれ語り終えるとミリィは悩めるもの達に力強くも暖かい微笑みをくれると、今度はもがくドラゴンオルフェノクに戦意、動物めいた欲望ではなく守るべきもののためにのみ戦う戦士の意思を見せ、動いた。
「さぁて・・・たぁぁっ!!」
ズバァン!
ミリィが叫ぶと同時に、ドラゴンオルフェノクの四肢が爆発飛散した。足を踏みつけ手を掴んだ状態で、両手両足から超高圧電流を叩き込んだのだ。
「ぎゃああああああああっ!!」
悲鳴をあげ、倒れかけるドラゴンオルフェノクを一撃で上空まで蹴り上げる。これなら、周囲への被害は気にならない。
「シルフィンハーレーッ!!」
ドゴォォ・・・ン!
大型のプラズマ弾を叩き込まれ、一溜まりもなくドラゴンオルフェノクは吹っ飛んだ。
その上、さらに遥か上。地上の戦闘がまるで蟻の蠢きにしか見えないほどの上空。
「・・・・・・」
戦いを、上空から見下ろすものがいる。
天の青を削り取るような鋭い黒の翼、復讐の女神の名を持つディーヴァ・エリヌースだ。
その腕に抱かれるようにして共に空にある、大鳥居つばめ。
回想する。
「幸せになるなんて、簡単なことなんだ。強くなればいいんだよ。」
シゴーニュ=ラスパイユ、自分をディーヴァ・エリヌースと感応できるよう創り、育てた男。だけど、父ではない、父と子にような関係など、なかった。
ただ彼は言った。強くなれと。強くなれば幸せになれる、痛くも寂しくも悲しくもなくなると。
孤独でも、大丈夫なようになると。
つばめは呟く。寒い、と。高空にいるゆえか、それ以外か。
「・・・ここは寒い・・・行こう、エリヌース。下で少し遊んで、それから・・・」
それから。
つばめの幼い胸に、よぎる面影。
自分にはないものがふんだんに或るところにいる奴ら。自分にはないものを持っている者達。
「それから、ひばりのうちに行こう。また、ひばりと遊ぶ。」
同時刻、空手、東十条流道場。
「ふぅ・・・っ」
板張りの道場の床に正座し、つぐみは深く息を吐いた。体にはあちこち、この間の戦闘でディーヴァを狙った攻撃の巻き添えで負った傷を治療する包帯が。他の電脳組メンバーもやはり傷を負っている。バリスタス特製の細胞分裂活性化薬・損耗テロメラーゼ限定修復剤のおかげで傷は回復していたが、体力的な消耗はある。
その疲労が圧し掛かるような重みを体に与える中、目をつむり、考える。
黒のディーヴァ。
あまりにも圧倒的な力。かなう気がしない。武道家として恥ずべきことだが・・・そもそも、ディーヴァはこちらの命令を聞いて動くといっても、同調するなりなんなりで彼女の特技を生かすことなど出来ないし。
特技か。
そもそも自分の空手は、確かに才能があるからそれなりの力ではある。だけど、それは自分が望んでのことでは・・・本当は歌手になりたいのを、両親には黙っている・・・ない、所詮紛い物だ。
つぐみの思考は重く沈む。
「悩んで、る?」
と、七森サーラが話しかけてきた。自分と同じように格闘を学ぶ、だけど自分よりも強い、学校こそ違えど年上の先輩。
「サーラ先輩は?」
「サーラでいいってのに。」
「あ、ごめんなさい。」
隣に胡坐をかいて座るサーラに呼び方をたしなめられ、軽く頭を下げるつぐみ。
あぐらなんでサーラのパンツ丸見えだけど・・・発達したプロポーションにそぐわぬ可愛いクマのイラストなどプリントされた代物だが・・・
気にはならない。道場の門下生や両親は民間人側の、荷物運びなどの疎開サポートに出ている。いわゆるボランティアというものだ。東十条流は、心意気を重んじる。
自分はとうとうそれを得ることが出来なかったが、とつぐみはため息をつく。同時に、サーラに若干意地悪な質問をしたことに。
サーラはカバラ神拳やムエタイなどいくつもの格闘技を学んでいるが、最初に学んだのは爆極流という実戦第一の空手だ。「さりげない頭突きは反則に含めず」とか「金的は蹴っては駄目だがファールカップ(局部をガードするもの)は蹴っていい」とか「目潰しはだめだけど謝って指先が目に触れちゃうのはOK」とか、とかくえげつないことで有名な。
そのサーラがこの前の戦闘で、「エリヌースと戦っては命がない」とシャドーに戦闘参加を禁じられたのだ。悔しくないはずがないだろう。
「ん〜、少し悔しーけど、別に悩んじゃいないよ?」
しかしサーラはつぐみと対照的に、気にしてない様子で子猫のように無邪気に首をかしげた。
「何たってまだ生きてるんだから、負けたってなんともない。今度はもっと強くなれれば、それでいいじゃない・・・なんであれ、さ。戦って勝つこともあれば負けることもあるし、救えることも救えないこともある。けど、とにかくやってみないと次には進めないでしょ?」
「あ・・・」
目を丸くするつぐみ。
「大丈夫、まだ何も失われてない。だからその前に、なんだってやっちゃろうじゃないの。なんたってあたし達まだ若いんだしさ。」
サーラはそう言うと、立ち上がった。
「そういうわけで、さ。私はもういくよ、「今の私」は、役に立たないみたいだからね。別の戦場、あたしが役に立つところに。県境のほうにオルフェノクが集中してえらいことになってるって市川センセ・・・ゼブラーマンもいってたし。そっちにでも。」
最後にもう一度、にかっと笑い、彼女は歩き出した。今の自分に歩きうる精一杯の道を。
「じゃあ。・・・ガンバレよ、つぐみ!」
「・・・ああ、サーラもな!!」
つぐみも、それに笑顔を返した。
路上。
「ほな、さいならー・・・」
HUMAの医療トラックに載せられ新HUMA本部へ帰還する龍騎とナイトを、かもめは手を振って見送った。
つばめは包帯と絆創膏で済む程度の傷で済んだが、直接戦闘した二人はミラーライダーの装甲をもってしてもやはりダメージが大きかったのだ。
「漫才みたいでおもろい兄ちゃんたちやったんやけどなぁ・・・」
ため息をつくかもめ。ボケが真司で、ツッコミが蓮。確かに漫才だ。
「でもま、漫才にしては少し・・・切実に過ぎるかいのぉ・・・」
かもめは呟く。先ほど、医療トラックに載せられる前も、やはり二人は問答していた。
特に理由もなく、巻き込まれる格好でこうなったお前が何故命をかけてまで戦う、デッキを他のものに託してもうやめにしたらどうだと、蓮が真司に問うていた。
真司はまだ答えを出してはいないようだったが、少なくともライダーを辞める気はないらしく、中々複雑な気配を漂わせていた。
何のために戦うのか。「遊ぶ」と称するにはあまりにも強大すぎる力を振るう敵の出現と、それにぼろぼろにされたことは再度その問題を提示する。
「はぁ・・・ほんま、難儀なこっちゃ・・・」
真司の、良くも悪くも純粋な感覚は、かもめの心にも響いて、染みていた。
だが、染みて、重くなるだけではいけない。それを理解するだけの知恵を、彼女はきちんと持っていた。
ぱちん、と両手で頬を叩き、かもめは自分に気合を入れた。
「ともあれ・・・気張らんとな!」
自分達が戦うのは「力」を持つものとして、自分達のそれぞれの明日をその手で掴むためである。
花小金井家。
「何で御座いますですって、ひばりちゃん!!」
室内。
すずめはいらだったように叫んでいた。室内には彼女ともう一人、花小金井ひばりだけ。ひばりの両親はエリヌースがらみのことが納まるまで、ひばりが頼み込んだので一旦避難してもらっている。
ダン!
かた、た。
机を少女の拳が叩き、おかれていた昨日の、結局大鳥居つばめが食べなかったホットケーキの乗ってラップをかけられた皿が音を立てる。
「だっ、だから、つばめちゃんも、私達と同じディーヴァのアニマムンディなんだから、仲間に、なれないかなって・・・」
対して、ひばりはごちょうはよわめだが、すずめが叫ぶ原因となった主張を引っ込めはしない。
まだ大鳥居つばめとは仲良くなりたいと思っていると。
「無茶言うんじゃないでございますです!あいつは敵、それもとりわけ凶暴な敵なのでございますよ!?それを、説得!?無理ですわ無駄ですわ無謀ですわ!」
すずめは怒っているわけではない。そうではなく、ひばりの身が心配なのだ。
「だって、だって・・・」
すずめの剣幕に怯みながらも、ひばりは続けようとして。
ふっ、とため息をついた。
別人のように悟った表情でひばりは、自分のパタP・デンスケを抱き寄せる。
「ねえ、すずめちゃん。私のデンスケの名前・・・なんでデンスケって言うと思う?」
無垢な黒目でひばりを見上げるデンスケを膝に抱いて頭を撫でながら、ひばりは問うた。
意外な問いに動転しながらも、すずめは答える。
「え?デンスケって、昔の大衆芸能の芸人さんとうかがいましたが・・・それ以外に何か?」
「それもあるけど・・・デンスケはね、本当はあたしの弟の名前だったんだ。」
ぽつり。ひばりが、普段の明るさとは無縁の悲しげな表情で呟いた。
「弟が出来るってね、あたしとっても喜んで、名前、考えたんだ。デンスケって。生まれたら一杯可愛がってあげようって、凄く喜んで。だけど・・・弟は生まれてくる前に死んじゃった。あたし、可愛がるどころか、何もしてあげられなかったんだよ。」
ひばりは、呟きながらデンスケの体をメンテナンスする。
「それから、お父さんもお母さんも仕事する共働きになって・・・ううん、お父さんもお母さんもすっごく優しいし、すずめちゃんたちもいるし、寂しくなんかないんだ。けどね・・・」
ふ、とひばりは、儚げに笑ってすずめに視線を移した。
「なんとなく皆、同じような感じがするんだよ。すずめちゃんも、つぐみちゃんも、かもめちゃんも、・・・そして、つばめちゃんも。特につばめちゃんは・・・すっごく寂しそうな感じがする。きっとあの子、一人ぼっちなんだよ。そんなの、かわいそうだ・・・」
そして、決意を口にする。先ほどの儚げな印象から一転して、大きめな瞳は凛となる。
「私達・・・きっと、同じなんだ。だから、仲良くなれると思う。きっと。」
すずめは思う。
つぐみは、親の意向に表向き従いながらも、内心ではそれに逆らってることを気にしている。
かもめは、中々話してくれないので切れ切れにしか知らないが、今離れて暮らしている両親は本当の親ではないとか、本当の両親と暮らしていた家は借金のかたにとられてるとかやはり苦労話を良く効く。
そして自分は親は仕事で忙しくまともに相手をしてくれず、その寂しさからか姉は家に男をとっかえひっかえ引っ張り込むようなろくでなしだ。寂しいなどとは強がって口にしたことなどないが・・・
確かに、似ているのかもしれない。
そう思ってしまえば、自然反論も止まってしまう。
沈黙。
そして。
カサカサッ
「うわっ、ゴキブリ!?」
「違う、私だ、シャドーだ。これは通信機。私は今そっちに向かっているのだが・・・」
突然物陰から這い出してきたのは、シャドーが使うゴキブリ形移動通信端末だ。
「ディーヴァ・エリヌースが県境に出現しひとしきり暴れた後、そちらに向かっている!全速力ではなく音速以下の巡航速度なのでアル程度余裕はあるが、即刻集結してくれ!」
そして、通信機の向こうからの声が、戦いの第二ラウンドの開始を告げた。
ばさり。
漆黒の羽を羽ばたかせ、エリヌースが舞い降りる。その手が、大鳥居つばめを地面に降ろす。昨日と同じように、花小金井家の前。
そこに相対するは、アキハバラ電脳組の姿。四人とも既にパタPをディーヴァに変身させている。
やはり既に改造人間としての姿となったシャドーも追いつき、その傍らに舞い降りる。
睨みあう。だがっ・・・!
じゅっ!!」
「何!?」
唐突に、アスファルトの道路が焼け、穿たれた。飛びのくシャドーと電脳組。
「・・・」
大鳥居つばめも、突然の事態に眉をひそめる。
それを行ったものは、突然あらわれた四体の影。褐色の装甲と四枚の翼を持つ、ディーヴァに似たもの。
だが決定的な違いがあった。バイザーの下の顔・・・同調した少女が成長したときの姿を象った顔がちがった。そこにあるのは人間の顔ではない。不気味なほど真っ白い肌、眉も髪もない、目は黒目白目の区別がなく不透明な赤い何かがぎっちりと収まっているだけだ。
恐ろしく気色悪い、堕天使とも言いがたい化け物たちだ。
一斉に、人形のように無機質かつ全員同一な動きで手を突き出すと、ディーヴァもどきは手の甲についた黄色い結晶からレーザー光線を発射し攻撃を仕掛けてきた。先ほど道路に穴を開けたのと同じ攻撃だ。
「う、うわっ、何だこいつら!」
乱入者に混乱する電脳組。
「こいつらはディーヴァ・ハルピュイア、最初に作られたが巫女との同調機能を持たなかったが故に正規のディーヴァとはされず、兵器として量産された奴だ・・用心しろ!同調能力がないだけで、エリヌースほどではないがディーヴァとしての能力はある!」
「えっ!?」
再びの突然。今度は、声。
それを追うように現れたのは・・・ローゼンクロイツを抜けたシューティングスターとブラッドファルコン、デルクロウ、ダークピジョン。アポストルスを装備している。
アポストルスはいずれも修復され、さらに大型の新兵器を携えていた。
「おお、シューティングスター!」
シャドーが叫ぶ。その声にシューティングスターは、含羞の笑みと共に答えをなす。
「考えてみた。一人の人間として、何をなすべきか・・・まずは、助けられた恩を返す!」
「となると!」
「私達は!」
「そのお供をするまで、ってことぉ!」
シューティングスターに続き三人も叫ぶ。迷い無き決意の具現を。
「良く言うた!お前達の機体のデータの中にあった本来装備されるはずだった兵装を我がバリスタスの技術で改良再現した、デンジホーミングレールキャノン・デカグロスミッシーレの力、存分に使うがいい!」
その答えに莞爾と笑むシャドー。
「あたしもいるよっ、いやあ、県境のほう行こうとしたらこの騒ぎでしょ、見過ごせなくて・・・こいつらを食い止めるくらいなら出来るっ、とりゃあああ!」
と、さらに七森サーラまでも加わった。俊敏にハルピュイアの懐に飛び込むと、カバラ神拳をお見舞いしている。
「大方、前回みたいに勝手に帰らぬよう大鳥居つばめに対する目付け役として動かしたのだろうが、邪魔するなら見過ごすわけにはいかん!こいつらは我々に任せて、電脳組、シャドー!エリヌースを!」
「分かった!」
「うん!」
頷くシャドーと電脳組。
デカグロスミッシーレが火を吹き五星線形を刻む拳が叩きつけられ、あっという間にハルピュイアたちを電脳組から引き離す。ハルピュイアたちもレーザー砲の一斉射撃と、ディーヴァとしての身体能力、そして飛行能力で応戦していた。
ともあれ、これで大鳥居つばめと電脳組+シャドーの対決を遮るものは消えた。
「・・・もういい?なら・・・」
そして、ハルピュイア乱入時からずっと行動せずに待っていたつばめが、呟いた。
シャドー、そして電脳組がその言葉に、身構える。
「遊ぼう」
空気を唸らせて、エリヌースが駆ける。不気味な紫の刃が迫る。
「防いで!」
「させへんで!」
ギ!
それを、ぎりぎりで停めたのはヘスティアの楯とアンフィトルテの遠近両用武器。遠距離では光弾を放つが、近距離ではその光を纏わせ刃とすることも出来るのだ。
「・・・」
エリヌースはしかし力任せに刃を押し込み、二体のディーヴァの体勢を崩すや、跳躍。羽を巧みに使って宙返りし、防御を潜り抜けて後ろ上空からの一撃を狙う。
「アテナッ!!」
そこに飛んで来たのは、怪力のアテナが力任せに引き抜いてぶん投げた電柱だ。まるでミサイルのように、巨大な投げ槍のようにエリヌースにせまる。
しかし、その程度の攻撃をかわすなどエリヌースの速度を持ってすれば造作もない。かわし、そしてその隙を利用しようと加速装置で飛び出してきたゴキオンシザースに刃を振るう。
「加速解除!」
ゴキオンシザースが両手の刃で受け止めようとしても、それごと体を両断するだけの勢いを載せた一撃は、しかし空振り。シャドーは突然加速装置を切ることにより動きに緩急をつけ、エリヌースの予測を外して見せたのだ。
「はぁっ!」
そこから身を捻り、蹴りを見舞うシャドー。黒鉄の外骨格の覆われた足が、エリヌースの体を直撃する。
同時に間合いを取り、黒曜とナックルシザースブレイキングを同時発射。
「!!」
エリヌースの放つ二発の衝撃波で黒曜は全滅する、それは計算どおり。問題は黒曜で減衰させた衝撃波を、ナックルシザースブレイキングが突破できるか否か。
ぎぎぎっ・・・!
超弾性チタンの外骨格が、エリヌースの発射した衝撃波に軋みを上げ、しかし、突破!
「やっ・・・てない!?分離!」
だが直後シャドーは慌てて組み合わせて発射した両腕を分離させ、同時に自身も加速装置で離脱。
そこを破壊したのは、もう二発の衝撃波。次弾を発射するまでの間隔がシャドーの読みよりも早かったのだ。
急いでシャドーは脳波による指令で切り離した腕を戻らせる。だがそれよりも早くエリヌースが、その双刃が迫る。迫る。手は間に合わない。黒曜は前回から補充した分はさっき使い切った。頭部触角・ブラックロッドは装甲の隙間に突き立てる暗器的なものであり、正面の打ち合いは本来の用途ではないのだが、やむをえない。
シャドーがブラックロッドでの攻撃を決めかけたとき。
「デンスケッ、プティアンジュを止めて!」
ディーヴァを、あえて変身前のパタPの名で呼ぶ声。少し幼いそれは、花小金井ひばりの声だ。
同時に跳躍した、デンスケの変身したディーヴァ・アフロディーテ。その両腕は背後からエリヌースをがっしりと捕まえた。そのまま地面まで引きずり戻す。それを見てシャドーも慌てて着地、同時に両腕を回収する。
「・・・少し、面白い。」
その様子を見て、つばめは僅かに笑って見せた。前回の戦闘はあまりに一方的だったが、戦闘経験からか明らかにアキハバラ電脳組は成長している。
だから笑う。戦うのは、楽しいことだから。
「だから・・・やれ!エリヌース!」
叫んだ。同時にエリヌースは、アフロディーテを強引に振りほどく。投げ飛ばされる格好になったアフロディーテは、他の電脳組のディーヴァたちの近くに着地n
狙い通りに。
ババババババババババババンッ!!
一つながりの炸裂音。機銃掃射のようでもあるが、それとは規模が違う。
両腕の刃を猛然と振るったエリヌースが、衝撃波攻撃を連発したのだ。ビル程度軽々砕く衝撃波が重なり合い、衝撃の津波となって押し寄せる。
「うわぁぁぁぁぁっ!!?」
吹っ飛ぶディーヴァたち。巻き添えでまた生傷を増やす電脳組たち。
シャドーは辛うじて身を翻しかわした。だがその際に巻き込まれた翼の端が振動を起こし、破損。飛行は無理になる。
「ち・・・」
舌打ちするシャドー。まずい。だが、直後それら苦慮や今後の戦術を構築しようとする思考は、直後ご破産になった。
「やめて・・・もうやめてよこんなの、つばめちゃんっ!」
突然、ひばりが立つと、つばめ目掛けて歩き出したのだ。同時に倒れたディーヴァたちの中から彼女のディーヴァであるアフロディーテが再起動。もう一度エリヌースを拘束しようと掴みかかる。
「ひばりっ!?」
「ちょ、待たんかい!」
つかつかと、ひばりはつばめに歩み寄る。いくらディーヴァはディーヴァ同士戦闘しているからといって、無茶だ。
「ひばりちゃん、何もこのタイミングで説得始めなくても・・・!」
事前に話を聞かされていたすずめすら青くなる。ましてや聞いてないかもめとつぐみはなおさらだ。
そして、つばめも驚いたらしく、紫の目を見開いて歩いてくるひばりを見つめる。
「やめようよ、つばめちゃんっ・・・!」
「何で?」
ひばりの叫びに、しかしつばめは再び無表情を取り戻して、平然と応じる。
「折角、遊んでるのに。」
平然と言う。このやり取りをやきもきしながら見守る電脳組には、やはり説得は無理だろうという空気が流れる。
だけど。
「何かを壊しちゃう遊びなんかしてたら、最後には何も残らなくなる・・・それはきっと寂しいよ、悲しいよ。つばめちゃん今だって寂しそうなのに。ホントに・・・ホントに、寂しくなっちゃうよ?」
強ければ、痛くも怖くも寂しくもない。弱いものは踏みにじられ、消えていくしかない。・・・この世界は、煉獄だから。
昨日つばめが言った言葉。恐らく、ローゼンクロイツの人間に教え込まれた言葉。それに、ひばりは否を唱える。
「なっ、あっ・・・!」
言い返そうとするつばめだが、ことばがでてこないようだ。初めて、歳相応の少女としての動揺を見せる。そんな彼女の瞳の輝きは・・・確かに、本当に寂しそうで。
「ねえ、つばめちゃん。昨日つばめちゃん言ったよね。「私にはなんにもないのに」・・・って。ごめんねあのときは、自分がまだ恵まれてるってことに気がつかなくて。でも・・・」
ひばりは、微笑んだ。つばめの動揺を、つばめの寂しさを癒そうとするように。
「何もないなら、これから作っていけばいいよ。私が・・・手伝うから。大丈夫、出来るよ。つばめちゃんだって、何かを作れる。大事な何かを。」
そして、手を、差し伸べた。
「ひばり、おせっかい!」
いらだったように、つばめが叫ぶ。同時にエリヌースの、機械であるはずの瞳につばめの怒りと憎悪の炎が宿り、揺れた。
苛立ちと、怒りと。
それ以外の何かを、ひばりは見出す。
「お、おせっかいだよ私、確かに!でも・・・」
「うるさいっ!エリヌースッ!!!」
絶叫するつばめ。エリヌースの機械の瞳が、エリヌースの人形の顔までもが、焦燥を含む怒りに歪む。
アフロディーテが弾き飛ばされた。特有の高速で、一気につばめの元へ。
びしゅっ。
そして、刃が振るわれた。ひばりの頬を、皮一枚薄く切る。同時にもう一方の刃は、ひばりの細い首に据えられる。何時でも、その首を切り飛ばせるように。
「ひばりだって壊れるよ!暖かいとか優しいとか楽しいとか、そんなのも・・・全部なくなる!消える!力がないと!」
「消えない。」
すれすれに迫る死。しかし尚、ひばりは言いはなった。
「消えないよ。私は今まで生きてきた。一生懸命生きてきた。悲しいことも切ないこともあった。けど、楽しいことも嬉しいこともあった。それを、沢山の友達と一緒に経験してきたんだよ。私の楽しいも嬉しいも、もう友達に、皆に、この世界に刻まれてるんだ。だから・・・私が死んでも、優しさも楽しさも明るさも、絶対に消えない!」
決然と。その言葉に、明らかにつばめは怯んだ。
「消えないよ。私も・・・電脳組の皆も。そして、つばめちゃんも。つばめちゃんの叫びを、心からの声を・・・私が受け取った。皆が聞いた。だから・・・つばめちゃんも、きっと大丈夫。大丈夫だよ。」
ひばりは微笑む、自分を殺そうとするものに。彼女は大丈夫だと。
それは、あまりにも強い慈愛。
「え、エリヌース!!」
叫んだ。
つばめは悲鳴のように叫んだ。今、彼女は完全に恐怖していた。
未知に。
愛されたことがないから、それを恐れた。
ひばりの首を狙い、振り下ろされようとするエリヌースの刃、満ちる、アキハバラ電脳組の悲鳴。
まだ、諦めないひばりの必死なまでの強き笑顔。
その時突如、光が満ちた。