秋田近代洋風建築(洋館): 旧荒川鉱山

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旧荒川鉱山
旧荒川鉱山
[付近地図:大仙市荒川]・[関係リンク]
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旧荒川鉱山概要: 旧荒川鉱山は元禄13年(1700)に発見され、まもなく秋田藩の直山として開発しました。秋田藩にとっては院内銀山などと共に大きな財源の1つとして重要視されました。明治中頃になると三菱合資会社が所有してから急速に鉱山が近代化し大規模な開発をおこないました。従業員も2000人を越え、鉱山周辺には役場や病院、学校等様々な施設が建てられ、秋田市内よりも10年早く電気が通ったと言われています。しかし、昭和に入ると衰退し始め、昭和15年に閉山しました。当然鉱山と共に街も消え、共同墓地や鉱山跡地以外に面影を見る事は出来ません。現在は総延長 35,000mと言われた坑道の跡の一部は「マインロード荒川」として内部見学ができ、外観は高く積み上げられた石垣が城郭や要塞を彷彿させてくれます。
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