鳥海山






  象潟にて・・・

 雪の回廊は高いところは優に10mを越えていた。道が最高所で等高線を描き出すあたりで、路肩に溢れるように10数台の車が止まっていた。その脇では人々が慌ただしく出発の準備をしている。
 私はその中に紛れ込むように車を止めた。
「やっと着いたか。」
 誰に言うともなくつぶやいた。
 昨夜から続くアクシデントに辟易して、一刻も早くその人の群れの一員になりたかったのだ。そして私も彼らのように胸を高鳴らせてあの山頂を目指すのだ。
 先を争うようにザックに行動食や雨具を詰め込んで雪原に立った。天気はすこぶる良い。
 もう何もかも煩わしいことはない。空の彼方まで広がる山肌を吹き抜ける風の中に身を置き、ただひたすら高見を求めて歩くだけだ。
 急斜面をスキーを着けて歩き始めるとすぐに汗が噴き出した。
 鳥海山にやってきたのは、度重なる春山山行で両足首の周囲が赤くただれてしまったからだ。毛穴の一つひとつがブツブツと赤く盛り上がって痒く、引っ掻いているとやがてそこから血が流れ出て、やがて白く乾燥してかさぶたのように剥がれ落ちていく。脊椎カリエスなどには至らないだろうが、風呂のない山小屋やテント泊は嫌だった。
 行動は日帰り、下山後は温泉に浸かって汗を流す。
温泉がどれほど効き目があるか知れないが、さっぱりして眠りに就きたかった。








 しばらく登ると心地よい風が吹いてきた。春霞の中、見下ろした海岸線は紫色の空に融けていた。
 行く手は数人ずつが一列に長くつながってモゾモゾと歩いている。
 何故みんな同じ跡を辿るのだろうか。あれほど活き活きと準備をしていた人々が今は繋がれた受刑者にさえ見える。そしてその最後尾には私がいることに気がついた。
 車から降りた瞬間から解き放たれたはずなのに、いつの間にか煩わしさに縛り付けられていた。
 気を取り直して先を急ぐ。歩くことに夢中になることで今を、自分を忘れてしまいたかった。
 谷を吹き上がって来る気流に乗って数羽のトビが曲線を描いて、ここまで来いと私を誘っているか。
 新山も千蛇谷も鳥海湖もトビにとっては日常の風景なのだろう。しかし私にとってそこは桃源郷のはずなのだ。日常にはない潤いがそこにあるはずなのだ。
 力強く足を踏み込むとバインディングが大きな音を立てた。スキー板のビスが3つとも飛びかけてバインディングがぶらぶらいた。
 ついていないときはこんなものなのか。まだ行程の半分も来ていない。
 しかしいつまでも未練がましく先を急ぐ人々を見上げていても仕様がない。ハイマツを背にして山頂で飲むはずのビールを取り出すと、諦めと一緒に一気に流し込んだ。
 海に向かって爽快に滑り降りる自分の姿が春霞にかき消された。








 温泉で自転車を借りた。芭蕉の愛でた象潟の、当時は海であったかも知れない田園地帯を駆け抜けた。
 突然車から走り出て道の真ん中で両手を広げている初老の婦人に止められた。鳥海山はどこかと訊く。
 鳥海山なんて彼女から私の背中越しに雪を称えて大きく見えているはずなのに不思議なことを言う。
 標識通り走ってきたが道路が鳥海山から離れていくと訴えている。
 この町の標識はどうなっているのだ。あたしは福祉日本一町タカノスから来たのだとまくし立てた。
 そんな独りよがりを言われても私には迷惑な話である。それよりもどうしてこうどいつもこいつも自分で考えてなんとかしようとしないんだ。
 昨日のスキーヤーの行進を思い出した。
 と同時に、その最後尾には自分がいた事も思い出し再び気が滅入った。

 パッチワーク柄の田の連なりのほとんどに水がたっぷりと張られている。そしてそこここで田植えが行われていた。耕耘機の音がこだましていた。あぜにも軽トラが止まり、その周りで人々が作業をしている。
 植えられたばかりの苗が同じ方向に向かって薫風になびいていた。
 北国の遅い春真っ盛りのようすに、いままでの私の鬱屈した気持ちが晴れるのが分かった。
 鳥海山に向かって力強くペダルを踏んだ。