■糸との実■

 
 





那智の家へと養女に迎えられた桔梗が鬼哭村を訪れたのは、およそ三月ぶりだった。
「お久しぶりです、天戒様」
自室を訪れ、す、と頭を垂れる桔梗を天戒は微笑むとともに迎える。
「桔梗か。そんなところで畏まらずとも良い。入れ」
「はい」
読んでいた書簡を脇に置き、部屋の半ばまで進み腰を下ろす桔梗に、天戒は向き直った。
別れた頃より少しのびた髪は、首の後ろで一括りに纏められている。
「久しぶりだな、桔梗。変わりはないか?」
「えェ。あたしの方にはこれと言っては何も。それより天戒様がお元気そうで良かった」
「うむ。俺も村もこの通りだ」
「何よりですよ。…ところで、たーさんは如何したんです?」
屋敷に向かう途中にも、屋敷の内部でも、姿を見かけなかった。
鬼道衆として暗躍していた当時から、常に天戒の傍らに影のように、また守護者の如くに在っ
た彼の不在に、桔梗は首を傾げながら問う。
「……」
途端に微笑んでいた天戒の表情が、かすかに曇った。
「天戒様?」
微妙な変化に、桔梗はおや、と眉を顰める。
「どうかなさったんですか?」
「…あァ、いや。龍は、今旅に出ている」
「旅に、…ですか?」
くり返せば、そうだ、と天戒は頷いた。
「そろそろ二月になるか。沙汰もなく……さて、一体何時になれば戻るやら、な」
洩れるため息は深く、長い。
少し力を失った声音に、桔梗は胸の内で成程、と納得する。
天戒が何処か寂しげな、消沈したような雰囲気を纏う理由が判って。
微笑ましく、いじらしく、そうして彼にそんな感情を抱かせる龍斗が少し、憎らしい。
「なら、天戒様」
「うん?」
何だ、と見返してくる赤瑪瑙に、悪戯っぽく笑んで桔梗が言った。
                   まじない
「あたしが、とっておきの 禁厭 を、教えましょうか」








「……御屋形様?」
鍛錬の為に双羅山を訪れた風祭は、中腹より少し下の辺りでその姿を見つけ、駆け寄る。
「澳継か。此処で鍛錬か?」
近づいた風祭を、立ち上がり迎えながら天戒は問うた。
「はい。そのつもりですけど
──御屋形様は、何してるんですか?」
「あァ、俺は椎の実を探しているのだが…」
「椎の実?」
風祭が首を傾げる。
「何に使うんです、そんなの。独楽でも作るんですか?」
「…いや、そうではないんだが。なかなか、見つからなくてな」
続けられる問いに、僅かに言葉を濁して、天戒は応えた。
その頬が、かすかに染まったのに風祭は気づかない。
「だったら俺、たくさん落ちている場所を知ってますよ」
「本当か? ならば、すまんが教えて貰えまいか?」
「すまない、なんて
──やだなァ、御屋形様。いいに決まってるじゃないですかッ」
他でもない天戒に願われて、否やを唱えられる筈がない。
「そうか。では頼むぞ、澳継」
「はいッ」
大きく頷いて、こっちです、と風祭は天戒を促した。








風祭の御蔭で両手いっぱいの椎の実を手に入れ、自室に戻った天戒は畳の上に広げた懐紙
の上に椎の実を置き、下女に借りた裁縫箱を開けた。
「……」
白か、赤か。
少し悩んでから赤い糸を選び、それで椎の実を縛る。
丸い形のものも、長細い形のものも、時に表面を滑り上手く結べず悪戦苦闘めいたことをしなが
らも、ひとつひとつに結ばれていく赤い糸。
「…これで、本当に叶うのだろうか」



『椎の実を糸で結んで
──



桔梗から教えられた禁厭、それは気持ちを伝えることができる、というもの。
即ち、いとしい、あいたい、
──と。
出来上がったそれを手に取って見下ろしながら、次第に頬が上気していくのが、判る。
「……何を、しているのだろうな」
天戒は、小さくため息を吐いた。
それでも。
気持ちが伝わるというのならば、どうか。
とっておきの禁厭だというのならば、どうか。
「…早く、戻ってこんか。莫迦者が」
きゅうと胸に抱きしめ、口唇を零れたつぶやきは、偽りない本音だから。






やがて。
廊下を此方に向かい来る、待ち望んだ足音が聞こえてくるのには、半刻も必要なかった。




 
     



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これは慥か、結んだ糸と椎の実を相手の家の近くに埋めておくと、
切ない想いを伝えられるのだそうです。
つまり、
糸+椎の実+結ぶ=愛しい、結ばれたい。
江戸のお呪いのひとつだそうで、まァ、可愛いv

洒落も信じれば霊験あらたかになるものなのです。
鰯の頭も信心から、と言いますしね(笑)。