akirajaのBoston旅日記   2007年版

Berklee College of Music

出発平成19年 6月17日(日)14:30
今回初めて空港パーキングを利用と決め自分の車で行く、一週間3780円電車に比べると多少割高だが、乗り換えや待ち時間を考えると可也便利。
都内も込んでなかったので待ち合わせの1時間半前に着き時間を持て余す、同行の河原君(Bass)、事務の橋本君は流石に慣れたものギリギリに到着、
ただチェックインが遅かった為三人バラバラでしかも皆真ん中の席。(教訓:国際線のチェックインは早めに、13時間の機内の真ん中席は辛いです)

Newark空港で乗り換え、国内線に成ると乗客も急にくだける、床に座り込む人も。

同日16:30Newark空港に着き19:00発のBoston行きに乗り換えの筈、が二時間遅れと聞かされる、「きたー!」早速Well come to USAの洗礼だ。
しかし不思議と他の乗客は整然としたもの、これが日本だったら係員に食ってかかるおじさん2,3人は絶対居る筈。
兎も角、目的地のBostonにはたっぷりと夜更けの23時に着く。

僕は中華はチャウファンをよく食べます。

宿泊場所のBerklee学生寮にチェックインして、学校のまん前の中華飯店で腹ごしらえ、明日からの行事に備えて就寝。

寮の部屋、二人部屋を一人で使えた。



6月18日(月)
やはり朝6:30に目が覚める、天気も良さそうなので外へ出てみた、やはり早朝のBostonは非常に爽やか、ここで二年間学んだのは35年前、その後一度訪れてはいるが20何年振り、大分細かな記憶は薄れてる。
先ずは昔住んでたアパート(Gainsborogh st)へ行ってみた。大きな教会、Boston Pops の横を抜けると直ぐそこだ、全然変わって無い、街路樹が前より茂っているが風景はそのまんま、これは嬉しい、日本だと30年前の建物は半分残ってるかどうか…?

早朝のクリスチャン・サイエンス・チャーチ

かつては小澤征爾が居たBoston シンフォニー

なつかしの住家。

僕の畑も確かこの辺りに…


それからFenway Parkへ抜ける、ここは市民が土地を借りて家庭菜園を造れる処、昔ここで日本から送ってもらった種で大根やカブを育てた思い出が有る。
そうこうしているうちに日が高くなってきだしたので戻って9:30のB.I.N(Berklee International Network)のMeetingに備える。
Berkleeの新しい校舎UCHIDA Billで先ずはwell come party,12,3ヶ国からの参加者全員の自己紹介の後、学校施設の見学、当時と比べるとコンピューター施設等、大分拡張されている。

初のMeeting、一人だけのスーツ姿。
パーフォーマンス・センター見学。


昼食は学生食堂で無料、バイキングなので結構欲張って取ったが味の方は???。
午後授業の自由参観が出来たので、Vocalレッスンを見学、日本人女性が二人、やはりクラスをリードしていた。

Vocalレッスン。

Big Bandアンサンブル風景。


4:00で一日のスケジュールは終わり自由放免なので、河原、橋本両氏とダウンタウンへ、昔買い物したクインシー・マーケットも大分生活感より観光色が濃くなっている感じがした。

クインシー・マーケットで。
古のコスチュームで観光客サービス。


夜は学校の前のタイ レストランでカレーを、やはり米が一番腹に落ち着く。
あと橋本君と昔から有るLive House「Wally’s」へ行った、月曜はリズム&ブルースBandという事で少し聴いて帰り、学校の練習室で少し吹く。
他にも2,3人練習していたが細長い窓から覗くと日本人らしかった。



6月19日(火)
2時間置きに目が覚める、又6:30に起きてしまったので、今日は少し足をのばして松坂投手が居る(?)野球場へ行ってみた、実は昔在住中も一度も行った事が無かったのだが今や日本でも超話題の球場、いやいや有りました、入り口近く一番目立つ所にでっかい松坂の看板が、しかし周りのビルディングは決して綺麗とは言えない。
が兎も角彼のお蔭で大分日本人の居心地が良くなったのではないかと思われます。それからチャールズ・リバーへ出て学校へ戻る。

有名なグリーン・モンスター裏。

Red SoxのホームグラウンドFenway Parkに掛かる松坂の看板。
チャールス・リバーの橋から見たBoston市街。


午前のクラス、Ken Cervenkaのアンサンブルに参加、彼とは学生当時2管Bandを作って仕事もした事が有ったが、先生になった事は知っていたので今回会うのを非常に楽しみにしていた。

Kenのアンサンブルクラス。

Kenと日本人学生。


卒業以来のKenは見事に髪の毛が無くなっていた以外は全然変わっていなかった、このクラスはレベル4(レベル8が最高)で枯葉をやっていた。
それから木管楽器主任のBill Pierceと会う、彼も当時駆け出しで一緒に仕事した事があり、その後Art BrakeyやTony WilliamsのBandで活躍した後学校に戻り大分貫禄が付いていた。
部屋へ戻って横になったら起きられず午後の行事に参加せず、夕方Bostonの目抜き通りBoylstonを散策する、通りは勤め帰りのビジネスマンで溢れ、歩道へはみ出したレストランは何処も満杯、これも新しい現象だ、しかし昔のJazzクラブは無くなってるし、今回未だ現役のJazzを聴いていない、と思いながら歩いていたらCoply square近くの教会でJazzワークショップ21日の看板、これは行きだ!と決めて帰る。


■Bostonは京都と姉妹都市という事で都会では有るが街全体がしっとりと落ち着いて古都の趣がある。
特にこのBack Bayエリアには、ハーバード大学、マサツーセッツ工科大学、ニューイングランド音楽大学、Berklee…他無数の大学が固まってさながら学園都市、そして便利なのは主な施設、Musium,図書館、公園、シンフォニーホール、野球場、ライブハウス、楽器屋…全部歩いて行ける所に有り、学生の生活には抜群の街。只僕らミュージシャンとしては現役が居ないのでNight Lifeは物足りない。

夕方のレストラン


街の真ん中にある広場Coply square。

これも以前は無かった観光用水陸両用車



6月20日(水)
今日も時差ボケ直らず2時間置きに目が覚めて5時起床、仕方なくFenway park沿いに散歩、昔時々行ったJamaica pondまで足を伸ばす事にした。今日は特に朝早いので人影もまばら。昔来た事があるBoston Musium横を通り 、ここは日本画のコレクションでも有名だ。
Huntington Aveを2,30分歩いて、静かな緑地帯を抜けたら綺麗な湖、昔偶然見つけたので印象深い。
帰りは流石に地下鉄で帰ったら丁度出勤時刻、と言っても日本の様なラッシュは無い。

Jamaica pond


今日は真面目にB.I.Nの行事に出よう。午前のMeetingで主催者のGreg Badolato氏に「今回はBerklee卒業のAkira Omoriが来ています」と紹介され、嬉し恥ずかしかった。彼は数年前僕が京王プラザホテルで吹いてた時に飛び入りした事があり、そのことを話して居た。
今日から本題であるBerklee入学希望者のオーディションの説明が始まる、留学生の増加にBerkleeサイドでは手におえなくなり、近々各国の提携校が窓口を担うシステムに切り替わるのだ。
午後のmeetingの後、Kenと老舗の楽器屋Ray Burnへ、以前の所から少し移って、しかも日本人の経営者に変わっていた。
中古Saxを見せて貰ったが、然程掘り出し物は見つからなかった。リードを二箱買ったら日本で買うより高かった、昔は大体何でも安いと感じたのだが、最近はアメリカの方が高いと感じる物も増えて来た。
6:00にエクアドルから来ている人が同じSaxと言う事でMeetingを申し込んで来たので部屋でお国事情等を交換後セッションした、中々の腕達者だった。
夜、晩飯後橋本君の友達のインド人の案内でストリップ見学(?)そういえば昔Naked Eyeと言うストリップジョイントで自分もアルバイトで吹いていた事を思い出したが、入り口で10ドル、中で飲み物が10ドルで風俗の見聞が出来て悪くなかった、事務の橋本君の目が一段と輝いていた…かな?(残念ながら写真は有りません)。
昔はBostonにもコンバット・ゾーンと言って、怪しい一角があったがそれは姿を消し今はそこともう一軒かろうじて残っているだけそうだ。N.Yもそうだが街からそう言う影の文化が消滅するのは何か物寂しい、変わりにどこかでもっと陰湿な形で存在している訳だから。



6月21日(木)
6:30起床、少し疲れが出てきたみたいで気だるく今日は散歩も近場に留める、朝食後再びベッドに潜り込んだら起き上がれず午前のmeetingはお休み。
昼食に起きたが食欲湧かず又寝る、2:00にやっと起きて午後のMeetingに参加、4:00又Kenのアンサンブルに参加、今度はグレードが6〜7で結構程度が高かった。やはり日本人が二人、今や全体の一割を占めると聞くが、上位のクラスではもっと割合が高い。

MilesのEighty Oneを演奏中。



その後、昔大変世話に成った絹江さん夫妻に会う、Berkleeの先輩で当時では日本人草分け的存在、今も元気に郊外に住んで居られる。

絹江さんと。

絹江さんのだんなさんのJoeさんと。


先日見つけたJazzワークショップが6:00からだったので誘って一緒に行って貰った。
厳かな教会でのJazz、ところが二曲演奏が終わったら、皆立ち上がって賛美歌の合唱、の次に牧師さんのお説教が始まった、???
よくよくプログラムを見たらWorkshopではなくWorship(礼拝)だった。。。
僕の早とちりで、皆さんには悪いと思いつつ、限られた持ち時間なので礼拝を中座せざるを得なかったのです。
でその代わりに絹江さん達に付き合って貰って家族にお土産購入、その後美味しいイタリアンをご馳走になりました。
学校に戻ったら橋本君が居たので、もう一度この前行ったWally’sへ行った、今度はラテンBandこれは可也の優れもので、今回聴いた中で一番刺激的な音楽だった。



6月22日(金)
6:30起床、だが途中一度も目覚める事無く時差ボケ大分薄れる、でも又あさっては日本なのだ〜。。
今日は気分も良かったのでBoylston stを歩いてDown Townへ、Boston Common Park、チャイナタウンを散歩、地下鉄で帰る。

高級住宅地Commonwealth ave 市民の憩いの場所Common Park チャイナタウン


午前昔一緒だったBill Tompsonのイヤートレーニングクラスを見学、授業そっちのけで昔話に花が咲く、いちいち生徒達に説明、挙句の果てにはぼくのCDを掛けるはめに、「ではこの曲な〜に」とオリジナルのConfusion(What is this thing called loveコード)を掛けたが生徒達誰も当てられず、答えを言ってもポカ〜ンにはちょと驚く、隔世の感深し。。。
お昼はNewbuly stのレストランでお別れパーティー、この前のエクアドルのSax吹きに僕の教則本あげる。

お別れParty

タイガー・大越と、彼は今もBerkleeで教えている。


午後本等買った後、Panスクール卒業生とThai レストランで会食、ぼくがPanに入る前の子たちばかりだったが良い子たちで中々頑張っている様子だった。

Panの卒業生達、この後もう一人来てくれた。


夜はプロデンシャルビルの最上階のお洒落なナイトクラブ「Top of Hub」でのKenのGigに飛び入り、最高の夜景、日本でやる東京ドームホテルの仕事場に似た感じ。
皆ナイスなミュージシャンだった。

Top of Hubで。



明日は4:00起きだ、荷造りして就寝。




6月23日(土)
4:00起床、予定通り8:30の飛行機に乗る、行きと違って早朝の景色はすばらしかった。

帰路Bostonの空港でチェックイン。

早朝のBoston市街をバックに。

空からのBoston。



Newark空港で乗り換え、遠くにManhattanが、今度行くからねっ!