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極私的映画戯言

 
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A.I.                                  ★★+★1/2

A.I.

 公開から2週間、みなさんこの作品をご覧になられただろうか?
 今回、この作品が描こうとしたものは、スクリーン史上初めての題材で、はるかに遠くて深くて重い題材だった。きっと簡単に語りきることは出来ないし、どんな美辞麗句の言葉を並べてもきっと陳腐に聞こえてしまうだろう。
 
 観終わった感想は、よく言えばそれぐらい強烈で衝撃的なインパクトがあった。あえて悪く言うなら、完全なる監督の自己満足の世界とでも言うべきなのだろうか・・・・・。そもそも映像というのは、その絵コンテやアイデアが頭の中に浮かんだ時点で、もう大部分が完成されているものなのである。あとは、どれだけその理想に・・・自己満足の世界に近づけていくかという作業が大変なモノなのである。
 
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 物語の舞台は、テクノロジーが驚くほど発達した近未来。生存する人類は極端に少なくなり、天然資源の減少で、夫婦が子供を持つことすら許可がないと出来ない時代・・・。
 そこへ登場するのが、サイバートロニクス・マニュファクチャリング社が開発した少年ロボット「デイビッド(ハーレイ・ジョエル・オスメント)」だ。彼は、初めて“愛する”という感情をインプットされた人工知能を持つロボットだった。
 だが、ロボット研究の領域において『感情』の分野だけが残された問題で、この少年ロボットも開発については議論を呼んでいた。
 
 そこで、一般に発売される前に、特別なケースとして同社社員のスウィントン夫婦(サム・ロバーズ、フランシス・オーコナー)に養子として迎えられることとなる。夫婦には実の子マーティン(ジェイク・トーマス)がいた。残念ながら、治療法の見つからない病気の末期症状に冒され、冷凍保存されていたのだが・・・。
 結局、戸惑いながらもデイビッドと暮らすことを選択した夫婦だったが、事態は急展開する。なんと、回復不能と思われていたマーティンが病の縁から生還したのである。
 
 ここからデイビッドの苦悩が始まる。というより、自分に“愛する”ように最終プログラムを施した人物に愛されようと懸命に努めるデイビッドと、本当の息子が還ってきたことで人工知能ロボットが疎ましくなってしまった母モニカとのすれ違いが起こり始める。また、大きな誤解による周囲との軋轢もデイビッドの居場所をなくす結果になっていく。
 そしてついに、感情のぶつかり合いに耐えられなくなったモニカは、返却してしまうとスクラップ処理されてしまうデイビッドを、少なくとも生き続けられるように製造元近くの山林に破棄する決断を下す。
 
 ここから、感情と忠誠心を持った少年ロボット・デイビッドの数千年に渡る長い長い旅が始まる。スウィントン家で一緒に暮らしていたぬいぐるみ型ロボットのテディや、セックス・シティで女性に肉体的奉仕を生業とするジゴロのジョー(ジュード・ロウ)の協力を得て、【最終プログラム】を達成するために度重なる危機を乗り越えていく。自我に目覚めたデイビッドの新しい目的、そう、“本当の”人間の少年になるために・・・。
 
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 『近未来版ピノキオ』とも言える内容だが、ともかくストーリーが進むにつれて、どんどん世界観が変化していく。そのすべてが前振り〜前振りとなり次の舞台へとつながっていくんで、物語についていくだけでも必死にならないといけない。しかし、極端かつ意外であり、またある意味納得できるラストシーンへと向かう過程の中で、不変的に変わらないものがある。
 それは「人間は(A・I)ロボットを愛し続けることが出来るのか? また逆に(A・I)ロボットは人間を愛し続けることが出来るのか?」ということだ。筆者は、それについてこの作品の中で答えが出されたとは思っていない。発展を続けるロボット産業の行く末にも答えは出ないと考えてしまう一人だ。
 
 映像では、メルヘンチックというか華やかで豪華な世界と排他的な荒廃した世界が登場する。セットで組めそうな所もあったけど、スケールの大きさからいうと前半部分はほぼ実物を使って、中盤から後半にかけてはCGが大きくその割合を占めているでしょう。
 それにしても、セックス・シティのきらびやかな世界は、まさにゴッサム・シティそのもの。スピルバーグの世界というより、ロバード・ゼメキス監督と多くの仕事をしている美術スタッフのリック・カーターによるものが大きかったんじゃないだろうかと思う。
 また本作には、スピルバーグ監督の作品のパロディと思われる箇所がいくつかあった。まず誰でも気付いたと思うのが、月をバックにシルエットが浮かぶシーン。あれは明らかに「E.T」のワンシーンだろう(笑) また後半に登場する観覧車は「1941」を彷彿させたんじゃないだろうか?
 
 個人的には、ジュード・ロウのジゴロのジョーがツボにはまってしまった(^-^; 表情を崩さないために、アゴに特殊メイクを施してクチから下が本当にロボットのように見えたし、必要以上にキビキビした全身の動きが妙に笑えた。私自身、ときどき首を左右に曲げて間接を鳴らすクセがあるんだが、今度から片方だけにしてみようかなぁ(*^-^*)
 あともちろん、デイビッド役のオスメント君の演技は何とも言えないモノがあった。ぎこちない動きは別にどうでもいいとして、やっぱりあの無垢な“目線”と“しぐさ”だろう。思わず守ってあげたくなるような存在なのに、その想いが報われない。そこに観客が魅き込まれていくんじゃないかと・・・。
 来日した際の記者会見によると、彼は演技中は一度も瞬きをしなかったそうだ。2回目3回目、またはもう一度DVDやビデオで観ようと思われている方は、その辺もチェックしながら観てみてはいかがだろうか?
 
 数百年、数千年先の未来は知りようもない。想像することですら難しいだろう。その未知なる発想と想像の領域へと我々を導こうとしたキューブリック監督の真意は、一体なんだったんだろうか? また、どこにあったんだろうか? 本作品が噂されてから10年の歳月が過ぎた。「2001年宇宙の旅」で投げかけられた人類への問いは、この「A・I」で果たして終わりなのだろうか・・・・・?
 個人的には、あの終わり方はないだろうと思っている。冒頭の議論シーンで観客に投げかけたかった真意は、あんな終わり方で結論づけられているはずがない。と感じてしまった。
 
 
監督&脚本  スティーブン・スピルバーグ
         アンブリン/スタンリー・キューブリック製作
製作総指揮  ジャン・ハーラン/ウォルター・F・パークス
製    作  キャスリーン・ケネディ
         スティーブン・スピルバーグ
         ボニーカーティス
出    演  ハーレイ・ジョエル・オスメント/ジュード・ロウ
         フランシス・オーコナー/ブレンダン・グリーソン
         ジェイク・トーマス/ウィリアム・ハート
         サム・ロバーズほか
 
 
この作品をスタンリー・キューブリック氏に捧げる

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Last updated: 2004/10/20