■Day2
朝食後バイクタクシーで観光
今日は朝食後バイクでコンポントムまで180qを走る予定であったが、トゥールスレイン虐殺博物館、王宮を見学してから出発することになった。
前日から予約してあったバイクタクシー2台に分乗しプノンペン市内にある虐殺博物館へ向かった。
市内では車、バイク、自転車や歩行者が通勤ラッシュと相まって自分中心に動いている感じで、ここを外国人がバイクで走るのはやばいよなー。でも2時間後には走るんだけど。
雑踏の中15分ほど走り虐殺博物館へ、「虐殺博物館」・・・すごい名称だが数百万人が虐殺されているからこの名称しかないのだろう。
建物は高校だったことから教室がいくつもあり、その多くが拷問室となっている。庭には絞首台もそのまま残っており奥には殺害された人のおびただしい頭蓋骨もあった。人間は何て酷いことをするのだろう。合掌。
続いて王宮を観光するが私はチケットを買い入ろうとすると断られた。・・・宮殿は短パンで入ってはだめとのこと。うっかりしていたあ〜。ズボンを借り補償料の5$を払い中へ。
入って左側に舞踏殿と聖剣殿が、また西側の一番奥には宮殿があるらしい。とてもきれいであった。
バイクを選び出発
ホテルに戻ると玄関前に10台の日本車のオフロードバイクが止めてあった。バイク選びは早い者順、私はどれでも乗れるだろうからポカンとしていたら、「バハに乗る人はいないか」と声が掛かる。
一番大きいバハが残ったのだ。足つきが心配だけど私が乗ると申し出て2日間バハに乗ることになった。
このバハ、強力なナックルガードが付いているのに左右レバー先端が折れている。不思議だ?、どうしたら折れるのだろう、まぁいいか不自由はなさそうだ。他に壊れているは無いしエンジンも調子がよい。
プノンペン市内から国道6号へ
プノンペン市内は車の他無免許、バックミラー無し、ナンバー無し、1〜5人乗車のバイクがメチャクチャ多く走っている。交通法規はあるらしく信号は停止することが多い。
右側通行だが混雑すると関係なくなる。一時停止の概念はないと思われよ、ぶつかりそうになれば止まるだ。
まさに交通戦争状態のプノンペン市内を先導するドリー君、日本人ライダーの安全を考慮してかゆっくり走る。
カブ等のモペット類にガンガン抜かれ、囲まれるがぶつけられて転倒などはしたくない。気持ちを抑えて安全運転。でも250ccはパワーがありアクセルワークでモペット群を凌駕できるだけれど。
郊外に出るとすぐ農村風景が広がり道路沿いに屋台や民家が連なる。気温は30℃を越えているだろう。私は梅雨が上がった直後の夏のようで何故かなつかしさを感じた。
プノンペン〜シェムリアップまではまっすぐな道が多くカーブは少ないから単調な走りになる。道路は舗装されており立派に見えるが雨期は流されて消滅して作り直すことも多いとか。
参加者、スタッフ10台のバイクツーリングは先導のバイクと最後尾のサポートカーの間であればフリー走行であった。気が向けばかっ飛ばしてもいいし、止まってオシッコをしてもいい。
私は先頭までガーと走り、後はヘルメットを取り40qでちんたら走行する。カブにもいっぱい抜かれたが地元のバイクと同じ速度で走るのは気持がいい。
海野氏が数年前ミネラルウオーターを購入した国道脇の店に寄り、当時おばちゃんを撮った写真を届けたいとのこと。数年前の記憶を頼りに見つけることができ、この店で休憩となった。
早速絞りたてのさとうきびジュースを飲んでみたら甘かった!当たり前!。続いて椰子の実も飲んだがちょっと淡泊な味だった。カンボジアは椰子の木が多く繁っており椰子の実は何処でも売っている。
コンポントム
今日の宿泊地コンポントム着は14:00で朝出発を遅らせた分遅くなっている。道路沿いにあるコンポントムでは一番大きいと思われるレストランでカンボジア料理で昼食となる。
出された料理の中に激辛の野菜炒めがあったのが印象に残っている。
スタッフからビールは飲んでも良いとのこと。やったーアンコールビールだ。自己責任のツアーだからだそうだ。
昼食後宿泊ホテルへ荷物を預け、サムポールクック遺跡へ向うことにする。明るいうちには帰れないと思うのでライト類の点検を勧められる。また十分あると思うガソリンも補給して出発。
コンポントムからサムボールプレイクック遺跡までは約25q、未舗装ですごく悪いらしい。ヤッター!私はオフロード人間だ!。
走り始めてみれば道路の幅はあるがフラットで舗装されていない道が続いているだけだった。トラックや前のバイクから埃が茶色い煙幕となってものすごい。早く走ったり遅く走ったりするが結局サポートカートと同じ速度となっている。
サンボール・プレイ・クック遺跡
道路から少し奥まった閑静なところにアンコールワット以前の7世紀に建造されたヒンドゥー教寺院が点在している。どの遺跡も日干し煉瓦らしき物を積み上げて作られており1300年経た今日まで形をとどめているのは驚きである。
地元のお巡りさんが遺跡を案内してくれ、中心の大きな遺跡の前までバイクを乗り入れてツアー参加者全員で記念撮影をした。
遺跡群はアメリカ軍の爆撃を受けたことがあるとかで、地元の子供がボンバーと言っていた直径10メートルくらいの爆撃の痕がいくつかあった。
またカンボジアの観光地では何処でもいる子供たちによる物売りが多かった。他に観光客はいなかったため私たちが集中してターゲットになったようで20人はいた。
私の末の子は9歳だがそんな子が一生懸命売っていて、思わず全員から買ってあげたかったが、人数が多すぎるため心を鬼にして買わなかった。里心をだすと負けであるが、今でも買わなかったことを後悔している。
夜間
サムボールプレイクック遺跡を出たのが辺りが暗くなりかけた17:20、夜間でありツアーメンバーは連なって走るようになり、後続車は埃がすごい。私は汗でべとつくウエアーへ埃が容赦なく付き茶色になってしまい、翌日は着られなかった。
ホテル着は18:30頃、シャワーを浴び、しばし休憩をした後現地ガイドのカルネさんの案内で夕食を食べに出かける。
どんなところへ案内するのかと思ったら昼食を摂ったレストランへ行くのであった。屋台始め小さなレストランは汚いし、お腹が痛くなるそうでお勧めできないとか。
昼と同じレストランでまたアンコールビールを飲みながらカンボジア料理をいただく。メニューの中に蛙があり注文した。私は食べなかったが美味しいらしい。海苔のスープなんかも美味しかった。
夕食後希望者で屋台へ繰り出し、ラーメンを出してくれる屋台を探すが無いのである。ヌードルを出す店を紹介して欲しいと言うと必ず夕食を食べたレストランを示す。どうやらコンポントムの屋台ではラーメンは無理なようである。
屋台を一回りしてホテルへ、今日は230q程走り早朝観光もあったためかなり疲れた。早めに寝てしまった。いわゆる「ばたんきゅうー」である。お休みなさい。
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