赤壁 合元寺

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 通称「赤壁」といわれるこの寺は浄土宗西山派開山空上人は天正15年(1587年)黒田孝高(如水)にしたがって姫路から中津に移り来た。その後天正17年4月孝高が前領主宇都宮しげふさを謀略結婚により中津城内に誘致したときその従臣らが中津城を脱出してこの寺を拠点として奮戦し最後をとげた。以来門前の白壁は幾度塗り替えても血痕が絶えないので、ついに赤色に塗り替えられるようになった。当時の激戦の様子は現在も境内の大黒柱に刀の痕が点々と残されている。また戦死した宇都宮家の家臣は合葬し寺内の延命地蔵菩薩堂に祀りたててある。

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