15.12/30 その233 Fallout4――世紀末救世主の空飛ぶ家




 2015年の掉尾を飾った世紀末RPG『Fallout4』が大人気のようですな。
 自由度高めのバイオレンスRPGという持ち味はそのままに、廃材を集めて家を組み立てたりするハウジング要素が新たに加わり、多数の中毒者を生み出している模様。

 管理人も今まさにFallout4をやっているわけだが…実を言うと一度投げ出しそうになった。メインクエスト3番目のイベント「When Freedom Calls」で進行不可能のバグに見舞われたためだ。
 これがフラグの見落としなどではなくれっきとしたバグであり、やり直す以外の解決法はないと知った時にはすでにサブイベントとハウジングに十数時間を費やした後だった。その積み重ねを捨てるしかないと知った時は、このウェイストランドに拒絶されたような錯覚を覚えたものだ。

 「もういい! こんな放射能まみれの世界など知ったことか! 俺はもっとマシな世界で美少女と楽しく暮らすんだ!」と泣きながら『Gravity Daze』(PS4版)を買いに走りそうになったが、ちょうどのそのタイミングでパッチが当たり、無事イベントが進行して事なきを得た。いや『Gravity Daze』もいずれ買おうと思ってるけどね。


 そんなわけで、今はこつこつマイホーム造りに勤しんでいる。
 もともと管理人は作るより壊す方が好きなタイプなのでこの手のクラフト要素にあまり心が動かなかったが、ものは試しとやってみたところ意外に悪くない。廃材を繋げたバラックとはいえ「帰るべき家」があるのはどこかほっとする。
 いずれは豪壮な邸宅づくりにもチャレンジしてみたいが、まずは小さな、自分とドッグミートが腰を落ち着けられる程度のこぢんまりとした家を作ってみた。




テレビ、ラジオ、ソファがあれば立派なリビングだ。




こちらは寝室。抱いて寝る用のテディベアも完備。


 隙間風がひどそうだが、この荒れ果てた世界では雨をしのげるだけでも上等の部類に入るのは間違いない。何より壁に絵画があるだけで実に人らしい住まいになっているではないか。
 殺るか殺られるかの日常を送りつつ、ゆとりある“我が家”が持てるのは世紀末救世主だからこそ許される贅沢といえるだろう。

 難点は出入りする際に命の危険がつきまとうところか。










 実際管理人は2度ほど転落死を経験している(一度はハウジング作業中の事故死)。
 この他にも電気を引くのが大変だったりと作るのは決して楽ではなかったが、眺めの良さは格別だ。それに、危険がいっぱいの地上から隔絶されているというだけで心が安らぐ。気まぐれな神がまた洪水を起こしても、この家にいる管理人とドッグミートだけは助かるって寸法だ。
 ただ、ひとつ悩みがある。地上の虫ケラ共が一掃されたら俺たちが新たなアダムとイヴになるわけだが、ドッグミートがオスかメスかいまだに分からないということだ。…まぁ「タチかネコどっちか選べ」と言われたら管理人は前者を希望するので、ドッグミートがオスだった場合は彼にネコを担当してもらうしかないだろう。犬なのにネコ。フフッ。爆笑。
 そんな放射脳ギャグにひとりほくそ笑みつつ、黙々と廃材を拾っているのが現状だ。


 twitterなどで他の人達のハウジングを見てみると、みんな給水ポンプを設置したり作物を植えたりして住民を誘致し、この世紀末に「住みよい村づくり」を推進しているようだ。本作のハウジングの魅力はそこにこそあるようで、「汚いどうぶつの森」とあだ名される所以だろう。

 そのありように、管理人はちょっと衝撃を受けた。
 これまで管理人は、世紀末荒野に広く平和をもたらすには覇者の存在が不可欠だと思っていた。レイダー(ならず者)どもを片っ端からブチ殺し、法も正義もない世界に秩序をもたらす。それが平和の第一歩だと。
 だが本作のハウジングは、暴力によらず人々を救う手段をプレイヤーに与えている。雨風をしのぐ場所を造り、資源を与え、外的から身を守る防備を築くことで、多くの人が恐怖と無縁な生活を営むことを可能にしている。
 戦闘ゲームの純粋な形であるFPSというジャンルで、かつ世紀末荒野という殺伐とした舞台のゲームで、非暴力的な手段で“世界を変えられる”可能性が提示されたことに驚きを禁じえない。

 それらと比べると――管理人の「マイホーム」のなんとみずぼらしいことか。ただ自分一人の安全と快適さだけを追求した浅ましさが透けて見える。

 まぁ理由が無いわけではない。通常のゲーム進行では、クエスト「When Freedom Calls」クリア後に救い出した人々を安全な場所へ連れて行き、そこでハウジングに初挑戦となるはずだったのだ。彼らの要求に従って家具を用意し、食料を確保し、コミュニティを築くイロハが学べるはずだった。
 だが先述のとおり管理人はバグでこのクエストをこなさないまま先に進んだので、何の手引きもないまま独学で建物作りから始めてしまった。

 だが、それも言い訳に過ぎない。
 ハウジングというものづくりの力を手にした時、管理人はまず下界を見下ろす快適なねぐらを、誰からも邪魔されない隠れ家を創ろうとした。この地に生きる人々を迎え入れようとは露ほどにも思わなかった。サブクエストの中で、レイダーの脅威に晒されながら必死に生きる人々を見てきたにも関わらず。

 改めて見ると、このマイホームは滑稽なほど俺自身を表している。独善的で、利己的で、臆病な男が夢に描いた、地に足の着かない空中楼閣。
 略奪を働くレイダーを始末することで世紀末救世主を気取っていたが、その心底は連中とどれだけ差があるのだろう。レイダーの頭蓋をショットガンで吹き飛ばしてクソをぶちまけさせるのも、己より弱い者を痛ぶる快感を求めていたのではないのか。そんな思いすら脳裏をよぎる。

 ずっと、引き金をひくことでしか世界は変えられないと思っていた。
 だが『Fallout4』はそんな暴力の掟以外にも選択肢があることを教えてくれた。そう、俺には殺したり壊したりするだけでなく、創る力もある。
 その力で世界を変えてみよう。俺とともにこの時代に生きる、多くの人々のために。



追記:
 ところで俺様のマイホームなんだが、レイダーの死体をインテリアにしたい(“死体”だけに。ププッ)んだが、いい方法ないもんかね。
 ザコの死体はすぐに消えてしまうのだが、サブクエスト『Order Up』で始末した“ウルフギャング”の死体は消えないのに目をつけ、わざわざマイホームまで運んだはいいが、階段を上っている途中で消滅してしまった。
 このアクシデントには少なからず喪失感を覚えたが…ひょっとするとこれで奴も地獄に行けたのかもしれん。ウェイストランドの呪いに囚われ、消えない死体として見世物になり続けるより、地獄で腐っていく方がまだマシといえなくもない。
 奴の相棒だったシモーネの死体はまだドラムリン・ダイナーのカウンターに飾ってあるが、そのうち後を追わせてやろう。地獄がどんなところかは知らないが、これから賑やかになるのは間違いない。


追記:
 余談だが、今作で管理人が最も衝撃を受けたのは、今回のトップ画像のように人間相手のゴア描写が解禁されている点だ。前例がないわけではないが、これは素直に嬉しい改善点といえる。しかも頭部を粉砕すると眼球まで飛び散ったりと、描写もかなり細かい。V.A.T.S.でヘッドショットをかます快感が1.8倍くらいになってますよ。
 相も変わらずゲームへの風当たりが強い中、Falloutという話題作でゴア描写を解禁するには少なからずリスクもあっただろう。従来通りに規制しても誰も文句は言わなかったはずだ。にもかかわらずオリジナルそのままの仕様で日本語版をリリースしたゼニマックスには心からの賛辞を送りたい。

 でもあれだな。twitter見ててもこの件に触れてる人はあまりいない気がする。いや分かってますよ? twitterという誰の目を引くか分からない界隈でこういう話題を大っぴらに話すと、予期せぬトラブルを招きかねないってことは。きっとみんなそのへんを考慮して口をつぐんでいるのだろう。
 なので、この仕様に喜んでいる人々に次の言葉を贈り、ともに喜びたい。


“破壊好きな邪悪な趣味を剥き出しにしろ”
――マーク・ボウデン『ブラックホーク・ダウン』

 ヒャッホーウ! 暴力最高!(マイホームの階段から足を踏み外しつつ)



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