さざえ堂周辺のご案内



会津さざえ堂周辺のご案内



旧参道

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現在の玄関口である新参道の石段ができる前はこの坂道が参道でした。
鳥居を二つくぐると厳島神社に着きます。



霊牛神堂

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旧参道の一つ目の鳥居の手前左側に建つ小さなお社です。
毎年5月の丑の日に例大祭が行われます。


厳島神社

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弁天様と親しまれ、飯盛山の別名弁天山の由来はこの神社にあります。
永徳年間(1381〜1384)に建立され、主神は市杵島姫命。
明治になり、厳島神社と改められました。


白虎隊引揚の洞穴

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もともと猪苗代湖の水を灌漑用水として会津地方に引くために作られました。
現在も農業はもとより、工業用水にも使われている重要な水利です。
白虎隊が戸の口原の戦いに破れ、鶴ヶ城の情勢を確認するため
幼少の頃より熟知していた飯盛山に向かう際、この洞穴をくぐりました。



白虎清水

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さざえ堂に続く坂道の昇り口に白虎隊の少年達が咽を潤した清水があります。
ゆえに白虎清水と名付けられました。(現在はお飲みいただけません。)
昭和53年、飯盛本家が会津偕行会(旧陸軍士官学校同窓会)の御協力を得、
修理改築をした際に白虎隊をはじめ幾度の戦役において祖国に殉じた
少年達の霊を弔うために慈母子育観音像を安置いたしました。


宇賀神堂

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さざえ堂の隣には五穀豊穣の神である宇賀神をお祭りする宇賀神堂があります。
厳島神社の傍社として寛文年間(1661〜1677)に建立されました。
内部には明治23年に作られた白虎隊十九士の霊像が安置されています。
唯一蘇生した飯沼貞吉少年を含む二十名の白虎隊士が飯盛山で自刃しました。


供養車

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宇賀神堂の右側にある供養車です。
車を手前に回すと悲痛な音が響き白虎隊士の霊を慰めます。
台座は中国の伝説上の動物「獏」で、夢を食べることから
頭に上ると悪夢消滅の願いを叶えると言われています。



水塚、花塚、茶筌(ちゃせん)塚

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さざえ堂の西手に3つの碑があり、左より水塚、花塚、茶筌塚と言います。
明治26年に会津の茶道、花道の功労者である山口儀平翁と
当時会津第一の学者であった宮城盛至翁によって建立されました。
天地自然の恩恵に対し深い感謝の意をあらわされたものです。