
11. CRUISING
「大丈夫だよ」
そう言って、カズヤは笑った。
どこへ行くにも、この少年は一緒だった。時々監視の目を盗んで孤児院を抜け出したことが、有紀にとって何より楽しかった。自分より二歳年上のこの黒髪の少年は、頼もしい「お兄ちゃん」だった。
カズヤが一緒だったから、こんな狭い部屋に入れられても、有紀は平気だった。
「大丈夫。大丈夫…」
凍りついた笑みを浮かべて、何度も繰り返す。まるで…有紀は気付いていた。カズヤは不安なのだ。一緒にここへ来た仲間たちが、一人、また一人と部屋の外へ出されて…二度と戻ってこない。外で何をされるか―あるいは何もされないのか、牢獄のような部屋の中からでは知る術もない。不安にもなろう。
「大丈夫だよ」
肩を叩くと、カズヤの顔から笑みが消えた。大粒の涙が親友の頬を伝うのを、有紀は不思議な思いで見つめた。
「みんな帰ってくるよ。大丈夫だよ」
「嘘だ」
カズヤは耐え切れずに顔を覆う。指の間からきれぎれに嗚咽か漏れる。
「誰も、帰ってなんか、来ない…殺されるんだ、俺たち」
「大丈夫だよ」
大丈夫だという保証はなかった。けれど、必ず殺されるという保証だってない。だったら有紀は、希望を持っていたかった。
有紀は、不思議と危機感を感じていなかった。自分が死ぬなんて、考えられなかった。不必要に死の影に怯えるカズヤの姿は、それ故に滑稽にすら感じられた。
カズヤがその部屋からいなくなったのは、その2日後だった。
風が、気持ちいい。
青空も、白い雲も、遥かに広がる海原も、すべてが孤児院に―コロニーにいた頃には知らなかった光景だ。照りつける太陽がどんなに身を焦がしても、この景色が見られるのなら何ら苦にならない。
「ゆうくん、焼けるよ?」
紀実は完全防備で有紀の傍に並んだ。つばの広い帽子、長袖のブラウス。よほど日に焼けるのが嫌だと見える。いつもは半袖シャツで外を走り回っているのにと、有紀は内心疑問だった。
「海、きれいだね」
太陽の光を浴びて、波がきらきらと輝く。出掛けに武の力説した「海の美しさ」、今ひとつ頭に描けなかった光景が今、実際に目の前に広がっている。
「みんなにも、見せてあげたい」
「みんな知ってるわよ」
そうだね、呟いて有紀は目を閉じた。この光景はあまりにも眩しすぎる。
「つぐみ、部屋に戻ってるから」
返事をする…いや、したのだろうか。頭の中で、波がまだきらきらと光っている。
「みんなにも、見せてあげたい…」
完全に管理された、人口の空間しか知らなかったかつての仲間たちに。
顔がひりひりと痛む。
「だめだよ有紀くん、熱帯は陽射し強いんだから。あんなところに一時間もいたら命にかかわるよ」
小言を言いながら碧流が頬に冷たいタオルを押し当てた。火照った顔にひんやりと冷が伝わる。
船医曰く、軽い日射病らしい。言われたとおりに碧流が処置を施してくれたので、だいぶ楽にはなった。それでも顔は痛むし、頭も痛む。
『ユーキごめんね、ボクが気をつければよかった』
サラちゃんは部屋の隅から、消沈した声を掛ける。近くに来ればいいのにと思ったが、サラちゃんは「火」なので傍にいると顔の痛みが増すのだ。それがわかっているからあんな遠くにいるのだろうと、有紀は見当をつけた。
紀実が持ってきた冷たいスポーツドリンクに口をつける頃には、有紀はだいぶ回復していた。
「ごめんなさい」
小さく謝る。浩輔がその額に手を当てた。
「熱はだいぶひいたかな。大事にならなくて良かった」
「…ごめんなさい」
「そんなに気にしなくていいよ、有紀君はまだ夏の陽射しに慣れてないから」
ぽんぽんと軽く肩を叩くと、浩輔は笑みを浮かべた。
「碧流君の言うことを気にしてるのだったら、小言を言うのが彼の仕事だからね。適当に聞き流してくれれば…」
「…教授ひどい、僕の言うことをいつも聞き流してらっしゃったんですね」
背後からの声にぎょっとして浩輔は振り返った。体を震わせる青年の、碧緑の双眸に怒りが浮かんでいる。
「え、いや、碧流君、いつもって訳じゃ……」
「小言の一つも言いたくなります。教授はいつもいつも、次の日の予定なんかお構いなしで平気で夜更かしはするし、間食の取り過ぎでしょっちゅう食事を抜くし、このままじゃ絶対体に良くないから言いたくないけど教授のために仕方なく言ってるんです。それを…」
俯いて肩を震わせるロボット青年の姿を、浩輔は不安げに見つめた。そんな二人を有紀は、気まずい思いで見守っていた。
やがて、碧流は顔を上げると、高らかに言い放った。
「まあ、僕には教授が今後どうなろうが、あんまり関係がありませんから」
「…うわ、そういうつれないこと言うんだ…」
「でも紀実の為に、とりあえずアリスさんの耳に入れておきますので」
「……うわ…そうくる……?」
浩輔の表情が硬くなる。部屋の隅からくつくつとサラちゃんが笑った。
『コースケって、結構恐妻家なんだ?』
「アリスさんは怒らせると恐いんですよ…紀実さんはお母さん似なんですね…」
ふう、と浩輔は嘆息した。有紀が首を傾げる。
「つぐみちゃんのお母さん…?」
「ええ、アメリカにいるんですが…今回のセレモニーには出てきますから、有紀君にも紹介しますね」
表情から恐怖を拭いきれないまま、浩輔は強張った笑顔を作った。
〔…では、よろしいですね〕
モニタ越しの男の顔には、何の表情もない。まあ、その点ではこちらも大差ないが。
(狸ジジイめ)
「確認させていただきますわ、Dr.ラース」
内心とは裏腹に、満面の笑みで少女はモニターに向かって語りかける。演技に自信はあったが、それでも顔を飾るこの眼鏡がなければやや不安が残るところだ。
「今回のセレモニー、グリーンバッジから勉強の為にサーズ・ミューラー技師を出席されたいということで…」
肯く男の表情が、次の言葉に強張ったものになった。
「…調べましたところ、ミューラー技師はそちらの管理システムのセキュリティ担当の方だとか」
(ふふ、狸め、会社の雇用データにはない情報を出されて、焦ってるな)
表情の乏しい初老の男が、目を白黒させる様子に気付かない「ふり」をして、少女は言葉を紡いだ。
「PEDR解散式が果たして勉強になるかどうかわかりませんが、交流を深めるという点では大変よろしいのではないかと。
それでは、入場にはパスが必要となりますので、明日の16時、『ヤヌス』に『セレナ』を待たせておきますので、パスを受け取られてからお入りになられるようお伝えくださいな」
〔……よろしいでしょう。して、ミューラーの顔ですが…〕
「それも大丈夫ですわ…なかなかスマートな方ですわね」
明らかに相手が動揺するのを、少女は楽しそうに見つめた。男は視線を泳がせながら、しどろもどろに言葉を続けた。
〔…ええ、と、実はミューラーはそちらのスカイホッパー技師にその…かなり会いたい様子でしたので〕
「あら残念。今回はスカイホッパーは都合で出席できないんですよ」
〔…それは、彼もがっかりするでしょう…〕
無表情のままそう言うと、男は挨拶して通信を終えた。
少女が溜息を一つ吐くと同時に、ブラックアウトしたモニタに、まるで通信を終わるのを待っていたかのように一人の少年が現れる。
〔あーのー…〕
浮かない表情の少年は、本物そっくりに見えるが実は精巧なグラフィックス。実際には存在しない姿である。
「何」
眼鏡を外すと、少女は右手で目を覆った。毎度のことながらラースとの会話は疲れる。
〔あのね、前々から言おう言おうと思ってたんだけど〕
「…だから何。とっとと言いなよ」
そっけない態度にたじろぎつつ―狸との通信の後に出てくるほうが悪い―モニタの少年は口を開いた。
〔レイ…あのね…あんまり手の内明かすと、後であの人に痛い目に合わされるよ?〕
「手の内って言うけどねぇ、あんなの見せたうちに入んないし…」
苦笑すると少女は立ち上がった。着ていた臙脂色のスーツを堅苦しいとばかりに脱ぎ捨てる姿に少年は嘆息する。
〔レイは、もう少しおしゃれに気を使ったほうがいいと思うよ。ネットで出回っている流行のファッション、良かったら2、3見繕ってあげるけど〕
「碧流」
モニタをねめつける少女は、すでに飾りっ気のないブルーの作業服を身に纏っている。
〔紀実だってもうちょっとかわいい服を着るよ〕
「現場監督が着飾っている工事現場が、一体どこにあると?」
くう、と少年が喉を鳴らす。自分で作っておいてなんだが、本当に芸の細かいプログラムだ。
「それに」
少女はモニタに笑みを返す。
「こーんな可愛い子に虫がついちゃったら、困るのは碧流でしょう?」
くるりと回って…うきうきとオフィス・ルームを後にするその背に、少年は溜息を漏らした。
〔僕の≪身体≫が帰ってきたら、絶対レイにおしゃれさせてやるんだから〕
薄汚れたシャツとジーンズ、ぼさぼさの銀髪―長く風呂に入っていないためグレーに見える―はバンダナで掻き上げただけという、まるで浮浪者のごとき出で立ちで現れた部下の姿に、ラースは頭を抱えた。
「……サーズ…………」
若干16歳の技術者は照れたように頭を掻いた。頭から舞い散る白い粉にラースは眉を顰める。
「お前は…風呂にも入らないでずっとラボに籠っていたのか……」
「えーと、でも、おかげで例のプログラム、完成したことだし」
嬉しそうに笑うその様子からは、自分の研究への罪悪感など微塵も感じられない。どうやら「あのこと」はまだ、気付かれていないようだ。それにしても…ラースは嘆息する。仕事熱心なのはいいが、あまりにも熱中しすぎるようだ。
「それはいいことだ」
「…それだけ?」
サーズの拍子抜けした顔に、先ほどの令嬢との会話とはまた違った疲労感を覚えて、ラースは深く嘆息した。
「……先ほどあの小娘に了承を取った。お前のそのおもちゃを存分に試すには最高の舞台だろう」
にんまりと笑みを浮かべる部下の様子に少々不安が過ぎったが、ひとまず置いておく。
「…それと…君には誠に残念な話だが、スカイホッパーは欠席だそうだ」
「ええーっ!?」
声を上げるほどのこととも思えないが、サーズは隣の棟まで届きそうな大声を上げた後、がっくりと項垂れた。
「…そーっすか…わかりましたぁ」
「あとレイラにはくれぐれも気をつけろ。見た目は大人しい猫だが、あれはとんだ女狐だ」
「へーい、化かされないよう気をつけまーす」
「それと」
まだ何か、とうんざりした顔でこちらを見る部下に、ラースは渋面を作った。
「身を清めてから行け。お前は≪グリーン≫の代表だからな」
赤道を過ぎると、気温が下がってきた。
「…寒い……」
サラちゃんを抱きしめて、有紀が震える。抱きしめられたサラちゃんは、幸せそうに目を細めていた。暖を取るものがない紀実は、オーバーを着込んで部屋の隅に縮こまっている。
「急に寒くなったからね。でも11月くらいしか気温は低くないよ?」
「…じゅーいちがつって、充分寒いじゃないの…」
かちかちと歯の根を合わせながら紀実が抗議した。碧流は軽く肩を竦めると、窓の外に視線を投げる。全身機械の碧流にとっては、これくらいの気温がちょうどいいのだ。
「もうすぐ着くよ?」
「うう…建物の中は当然、あったかいんでしょーね…」
「決まってるじゃない」
そう言ってのける碧流は、どうも心ここにあらずといった様子。
「…服、ねえ……」
「何? 何へきる、お洋服がどうしたの?」
「…買って来いって」
「誰に? …というより誰から?」
紀実の問いには答えず、碧流は困ったように浩輔に訊ねる。
「服なんて買って行く暇、ありませんよね」
「うーん…」
浩輔は渋面を作ると、時計を見た。
「着くのが夕方だから、ちょっと難しいと思いますよ。あまり遅くなると出迎えてくれる先方にも迷惑ですし」
「そうですか…わかりました、いいですよ」
『到着まで、後どれくらいなの』
サラちゃんの問いに浩輔は有紀の傍まで歩み寄り、精霊にアナログ腕時計の文字盤を見せながら言った。
「この船はエリュシオンの入管施設『ヤヌス』に直着だから、17時に港に着いたら、後はリニアですぐですよ」
『今16時半だからあと30分かあ。もうすぐだねユーキ』
サラちゃん、文字盤が読める模様。
「もうすぐですねー」
「…ねえお父さん、お母さんとこーと、今日は来ないのよね」
「うーん、どうなんですか碧流君」
問われて、碧流は首を傾げると目を閉じた。スケジュールを把握しているのは秘書である「もう一人の」自分。問い合わせるには同期を取る必要があるが、携帯電話の周波数を使ってなので結構辛い。
「…アリスさんたちは、明日の午後到着ですね。夕方にはマクセット氏と、≪グリーン≫のエンジニアの方が到着されます。それまでには他の皆さんも到着する予定です」
「ふーん…明日かぁ」
「今日到着するのは、僕たちの他にはいないみたいですね」
「つまんないのー」
紀実は口を尖らせた。苦笑して、碧流は目を開く。
「チーフが紀実にハンバーグご馳走するために、早く来てもらったんだって」
「ああっ、そうだ、≪アステロイド≫のハンバーグっ!」
以前の約束を思い出し、急に元気になる紀実。
「アステロイド…小惑星ですか?」
「そういう名前のレストランなの。スペシャルハンバーグランチは絶品なのよっ」
「…ランチ?」
有紀は首を傾げた。碧流も眉を寄せて唸る。
「むしろサパーじゃ…」
「んー…僕もランチは無理だと思う…」
「ええっ、つぐみはスペシャルハンバーグランチが食べたいのにっ!!」
こぶしを握り締めて訴える紀実。すでに寒さなど忘れてしまったようだ。
船が港に接岸すると、タラップが大きな建物に続く通路に接続された。船を下り、通路を行くこと五分、広い発券場へと辿り着く。有紀たち一行の他には、誰もいない。
「…まるで空港のロビーか、大きな駅の構内みたいね」
ため息をつく紀実に有紀が尋ねる。
「つぐみちゃんも、ここ初めてなんですか」
「うん、ここは初めて。信じられないね、これがテーマパークの入り口だなんて」
「ここは≪ホワイトバッジ≫の本拠地だからね」
どこか誇らしげに胸を張る碧流。地元に帰ってきたからか、急に生き生きしている。
本来なら入場券を購入する発券場を通り過ぎ、直接リニアへと向かう。リニアの乗車ゲートは閉じたまま。
「…で、どーするの?」
早くリニアに乗ってしまいたいのに。紀実はじれったそうに碧流を見上げる。そわそわしている理由を知っているため、碧流は苦笑気味に答えた。
「うん、ちょっと待ってね」
と、ゲートのスピーカーから聞き覚えのある声が響いた。
〔早かったねー〕
「…時間通りだよ」
ツッコミを入れる碧流。とはいえ、スピーカーの声も碧流だ。小さい方のだけど。
「早く中に入れてほしいんだけど。荷物あるしさ」
〔まあまあ、その前にそこのセンサーに向かってパスを提示してくれないと〕
「えーっ、そこまで厳密にやる訳?!」
〔うん。と、チーフからのお達し〕
ため息ひとつ、碧流は困ったように浩輔を振り仰いだ。
「すみません教授、向こうの僕はどうやら融通というものが利かないようです」
「カード提示するだけでしょ、そんなに面倒でもないから構わないよ」
笑顔の浩輔。しかし碧流としては納得いかないらしい。
「もー、ほんっと石頭だなぁ…」
〔…チーフに怒られるくらいなら融通なんてなくていいよ〕
「そりゃそうだけど…あーあ、確認するまではきっと、繋ぐ気もないんでしょ」
漫才めいたやり取りの後、碧流はスピーカー下のセンサーに銀色のカードを当てる。
〔はい、BIRTH No.9 HEKIRUさんですね〕
「…自分で言ってて虚しくない?」
紀実の呟きにスピーカーの声はふふ、と笑った。
〔これはこれで楽しい〕
「…本当に、小さいへきるは性格ぜんぜん違うわね…」
「えーと、この人もへきるおにーさんなんですか?」
やり取りに混乱してきた有紀が困ったように訊ねた。答えたのは、別の声。
「おにーさんというよりお子様だけどねー」
振り返ると、いつの間にか後ろで三つ編みの少年が手をひらひらと振っている。
「ジーンくんっ」
「ジーンおにーさんこんにちはー」
「長旅ごくろーさん、疲れただろー」
飛びつく紀実と、ぺこりとお辞儀する有紀。それぞれの頭を撫でると、ジーンは首を傾げて浩輔に問う。
「俺早くツグミとの約束果たしたいんだけど。何でここで引っかかってるの?」
「碧流君がパス提示を求めているので」
お客様のクレームを受けて、エリュシオンにて「チーフ」と呼ばれる少年はスピーカーに向かって声をかける。
「碧流ってば、お世話になってる英一家すらパスなしでは通さない構えなの?」
ホント、融通が利かないなあ。ジーンの言葉にスピーカーの声はちょっと気を悪くしたらしい。一通り全員のパスを確認し終えた後、スピーカーの碧流は当然の如く言った。
〔さて、と。後は、チーフだけだね〕
「え、俺も?!」
予想外だったのか、びっくりしているジーンに容赦ない言葉が続く。
〔リニア乗る気ないならいいけど。乗るなら、ちゃんと確認しないとね〕
「俺ここのチーフエンジニアっすけどねぇ…」
文句を言いつつ、ジーンはセンサーに顔を寄せる。
〔…はい、確認できました。皆さんご乗車ください♪〕
「…て、ジーンくんは顔パスなの?!」
不満げな紀実に、吹き出しそうなのをこらえて碧流が説明する。
「顔パス…うん、サン・タワーのスタッフの場合は瞳紋と唇紋を登録してあるから、顔が許可証代わりになるんだよ」
「そおなんだー…やっぱ融通が利かないのね」
紀実の一言に、碧流は顔を背けた。
「…悪かったね、融通利かない石頭で」
「つー訳で、≪ホワイト≫の本部でちょっと遊んでくるから」
自慢げに言ったのだが。ディスプレイから目を離さない、もちろん返事もしない相棒に、サーズは不満を顕わにして呟いた。
「…ここで『サーズ君いないと寂しいなあ』とか『一緒に行きたいなあ』とか、『お土産忘れるな』でもいいから言ってくれるとやる気出るんだけどなあ」
「…ミスはするな」
「うわあっ! ジャックのいぢわるっ!!」
あまりにも冷たい相棒の「お言葉」に頭を抱えるサーズ。精一杯の言葉をかけたつもりだったジャックは、眉を寄せるとキーボードの横においてあった小さなアンプルを取った。
「餞別だ」
手渡すのは、青い液体。
「これは?」
光に透かして見ながら首を傾げるサーズに、やはりディスプレイを凝視したままジャックは続ける。
「うちの班で研究中の例の薬だ。それなりに使える」
「え、あの薬?!」
「小動物にしか効かないが…有効に使え」
「うんうん、使う使う♪」
嬉しそうにアンプルを眺めるサーズ。頭の中ではすでに、これを使った「ゲーム」のシナリオが練られているらしい。
「餞別ついでにジャック、お前のとこのラボから何匹か持って行っていい?」
「…好きにしろ。入室コードは…」
「あ、コードは知ってるから」
にんまりと笑みを浮かべている。どうやらまた、セキュリティ担当という立場を悪用したらしい。ため息ひとつ、ジャックは端末の電源を落とした。
「あれ、仕事続けないの?」
ゆっくりと立ち上がりながら、ここでようやくジャックはサーズのほうを向いた。
「…俺が取ってくる。部外者が入ると後が面倒だ…何がいい」
「ラットでもいいんだけどさ、やっぱもっと大騒ぎになってほしいからさぁ…アレかな」
「そうか」
部屋を出ようとして…ジャックは思い出したように振り返った。サーズはにっこりと首を傾げる。
「なに、ジャック」
「…お前二時間くらい風呂入って来い」
「……俺、そんなに汚れてる?」
自覚症状なし。奇妙な脱力感を覚えて、ジャックは肩を落とした。
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