プロローグ  星空の中で、炎で形作られた球がまた一つ生まれ、消えていった。  その瞬く光は、爆発する艦艇、あるいは、戦闘機の輝きだった。  光が一つ瞬き、消えるたびに、誰かが一人、いや、それ以上の命が失われていく。  その事実を知らない人が、この色鮮やかな光景を眺めたなら、ただ、美しい、と思っただろう。  だが、宇宙戦闘機を駆る一人のパイロットにしてみれば、それは色あせて、哀しい光景だった。  しかし、その感傷に深く浸ることはせず、宇宙服を着たパイロットは、視線をあちこちに動かしながら、操縦桿を黙々と動かし、機体を操っていた。  操縦桿を動かし、ペダルを踏むたびに、無数の光球、交差するレーザーやビームの光の線、重厚な宇宙戦艦群が、四方八方から流れ、飛び交い、過ぎ去っていく。  その光景は、この宇宙が今、激しい命のやり取りを行なっている戦場だという事を、実感させる。  戦場に存在するのは、それらだけではない。  衝突警告が、モニターに不意に映し出された。  わずかに見て、操縦桿を右に倒す。  機体のすぐそばを、何かが過ぎ去っていく。  それは、味方戦闘機の残骸だった。  背中を、冷たいものが走る。  戦場には、こうした敵や味方の艦艇や戦闘機などの残骸、敵を狙って外れた弾丸やミサイルといった実体弾などが無数に、猛烈なスピードで漂っている。  敵だけでなく、こうしたデブリにも気を配らなければ、自分もあのようになる。  パイロットは身に力をいれ、操縦桿を強く握りなおし、周囲に目をやる。    全天を見渡せるモニターの中を、一機の戦闘機が廻り、飛んでいた。  パイロットの機体に付き添い、守るその機体は、僚機である。  戦闘は、果てることなく続いている。  それでもパイロットは、疲れを見せず、戦い続けていた。  僚機を、自分が思いを寄せる人が務めているという事が、その理由の一つだ。  信頼、いや、それ以上の想いを寄せる人が背中を守ってくれる事は、どんな魔法よりも心強かった。  愛を交わし、情を交わし、未来を約束した仲。  二人は、そういう関係だった。  戦場は、後方が優雅に広がった高速戦艦、四角のユニットで構成された戦艦、それらを護衛する剣のような巡航艦、棍棒のような駆逐艦、そしてシャープなフォルムの宇宙戦闘機が、あたりを支配し、思うままに動き回っている。  それらは全て、パイロットが憎み、倒すべき、敵だった。  モニターに警報が表示された。敵戦闘機が数機、接近している。  この警報を、今日何度聞いただろうか。  そう思いながら、取るべき戦術を即座に判断する。  数で勝る相手を分断させ、一対一の戦いに引き込まなければ。  トリガーを数回引き、ビームとレーザーを数発撃つ。  編隊を組んでいた敵部隊は、ビームとレーザーを避けるために、ばらばらに分かれる。  それを見たパイロットは、各機の避け方から錬度の低そうな敵機を判断し、格闘戦を挑む。  一対一なら、勝ち目はある。たとえ僚機以外に、援護はなくても。  有利な位置を取る為に、操縦桿とペダルをすばやく動かし、踏む。  この戦いに、集中する。  ほとんどの味方艦艇や戦闘機などは、数ではるかに勝る敵をひきつけるために、戦場の各地に分散していた。  パイロットとその僚機もそのために、他に援護を受けることもなく、二人きりで戦い続けている。  味方船団が星系から脱出するための、囮作戦。  それが、彼、彼女らに与えられた任務だった。  しかし、パイロットは敵機の後ろに自機を喰らいつかせながら、頭の片隅では異なる思いを抱いていた。  もし、味方の援護が十分にあったなら。  もし、敵の攻撃をシールドで防いでくれる味方がいれば。  もし、敵戦闘機を引き寄せてくれる囮がいれば。  もし、一緒に突撃してくれる僚機がいれば。  もし、後方から長距離支援攻撃してくれる誰かがいれば。  もし、傷ついた機体を修理してくれる戦友がいれば。  他にも、様々な力を持つ仲間の助けが、あったなら。  自分はもっとうまく戦える、敵に十分な損害を与えられるだろう、と思った。  だが、それは今となっては無理な相談だった。  任務に従い、戦い続けるしかない。  味方を逃がし終えるか、自分が死ぬその時まで。  照準に敵機を収め、トリガーを力強く引く。  狙った敵戦闘機が、炎の玉と化したその時。  前方に、太陽のような光が三つ輝いた。  赤、青、紫、三色の光球。  撤退を意味する発光弾だ。  それと同時に、通信が入る。  味方船団は脱出を終了した。他の部隊も脱出せよ、という命令だ。  パイロットは、その声に全身の力を緩める。  その時、突如として殺気を感じた。  見上げる。  真上に近い離れたところから、敵戦闘機が狙いをつけていた。  しまった。まだ敵機が残ってたのを、忘れていた!  そう思う間もなく、鋭角で無機質な機首の発射口に、光が生まれる。  身が、凍りつく。  敵機から放たれた、ビームが襲う。  次の瞬間、味方の戦闘機が間に割って入った。  僚機だった。  ビームは、かばった機体に直撃する。  目の前が、閃光に覆われた。  その瞬間を、パイロットは永遠に忘れないだろう。  それからしばらくの光景が、スローモーションのように記憶に刻まれた。  ビームの光に、美しく照らされる機体。  直撃した部分が、赤から黒へと彩られ、それから機体全体が白い光に溶けて、影になり消えていく。  二人の交わした愛情が、約束が、砕けて散っていった。  モニターがブラックアウトする。  寸前、その機体は光の中へ消えていきながら、パイロットに向かって「生きろ」と叫んでいるようだった。  その間にも機体は、かばってくれた僚機の遥か遠くへと、離れていく。  すぐさま回復したモニターの、奥の方へ流れて消えていく、記憶の残骸《かけら》。  パイロットは、後ろを振り向き、何かを言おうとした。  元より、味方を逃がすための囮作戦だ。自分も彼も皆も、死を覚悟しているはずだった。  だが。  何かを言いたかった。叫びたかった。  右手でコンソールを一回叩き、拳を強く握り締める。  コックピットは、機体の低く重い震動音が、響き続けるのみだった。  しばらく、後ろを振り向いていたパイロットだったが、何かを振り切るように前を向き、戦闘機を船団と合流させるコースへと乗せるために、操縦桿とペダルを静かに動かす。  コースに乗せ終えると、もう一度、後ろを振り向く。  戦闘機と、光球が現れ、消えていく戦場の後方に、黄色くきらめく恒星と、その光を受けてわずかに輝きながら遠ざかる、青い惑星があった。  思い出の場所、思い出の人。  ヘルメット越しに、離れていく故郷を見る瞳が、うっすらとのぞいていた。 「竜に乗った少女」の絵を機首に施した戦闘機は、最大速度で宇宙の闇へと消えていく。  奪われた故郷と、あの永遠の瞬間を胸に刻み、ずっと、忘れない。と誓いながら。