| バリ・ロンボク・スラウェシ島の旅 (2003/06/10〜27) 相田 達雄・万里子 はじめに この6月(2003年)、私たち夫婦はLSC(ロングステイクラブ)旅行企画部の「バリ島お誘い旅行」に参加し、前半9日間はこの旅の参加者16名と一緒に行動、後半9日間はみなさんと別れて、スラウェシ島のタナトラジャを4泊5日旅し、バリ島に戻り、3日ほど延泊の後、帰国しました。 出かける前は、SARSのことが少し心配でしたが、成田もデンパサールの空港もマスクをしている姿は見られず、ひと安心しました。 10年ぶり2度目のバリ島でしたが、こんどの旅は、パックツアーとは違い、自由度の高い充実した旅に感じられました。 ちなみに、今回の参加者は、夫婦5組(菅谷・吉武・栗原・三浦・相田) 単身組女性3名(梅津・大谷・山田) 男性3名(岡田・井森・亀山)(敬称略) でした。 ここでは、夫婦で出かけたタナトラジャ4泊5日のツアーを中心に紹介します。 |
|||||||||||||||||||||||||||||||||
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||
旅のスケジュール 6/10 tue Narita 11:00 →Denpasar 17:10 GA881 HOTEL ALIT KUTA 6/11 wed HOTEL ALIT KUTA 6/12 thu Denpasar 9:30 →Lombok 10:00 Melbachi Lombok 6/13 fri Lombok 6/14 sat Lombok 6/15 sun Lombok17:30→Danpasar18:00 HOTEL ALIT KUTA 6/16 mon HOTEL ALIT KUTA 6/17 tue Ubud PuraBesakih Lake Batur 6/18 wed Kintamani PuraTanahLot HOTEL ALIT KUTA 6/19 thu Denpasar →Makassar → Toraja TanahToraja 9:00 10:10 GA636 6/20 fri TanahToraja 6/21 sat TanahToraja 6/22 sun TanahToraja 6/23 mon Toraja →Makassar →Denpasar HOTEL ALIT KUTA 16:50 18:00 GA637 6/24 tue HOTEL ALIT KUTA 6/25 wed HOTEL ALIT KUTA 6/26 thu Denpasar 22:00 leave GA880 6/27 fri Narita 9:00 arrival |
|||||||||||||||||||||||||||||||||
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||
![]() |
|||||||||||||||||||||||||||||||||
![]() |
|||||||||||||||||||||||||||||||||
| ↑のどかな田園風景 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
費用 現地の旅行会社と出発前に何度かmailのやりとりをし、バリに着いた夜、ホテルでその旅行社(KEMANG TUOR 社)と契約条件の最終確認を行いました。 デンパサール〜マカッサル間の航空券 マカッサル〜タナトラジャ間の移動および観光ガイド4星ホテルtw 3食付き 4泊5日 2名分 合計 850USドル。 |
|||||||||||||||||||||||||||||||||
![]() |
|||||||||||||||||||||||||||||||||
| 5日間のガイド ドライバー 車 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
![]() |
|||||||||||||||||||||||||||||||||
お墓 この地方には、民俗学的にもめずらしい独特の形式の墓所があります。 そのいくつかを見て歩きました。岸壁の地上数メートルの高さに穴をうがち、棺を納めその側に故人の身代わりの人形(タウタウという 等身大の半分ぐらいの大きさ)が里人を眺め見守るように置かれている墓所や、鍾乳洞の壁に梁を出し、その上にお棺を置いた墓所や、タウタウの代わりに死者を悼む高さ数メートルの石柱のシンボルを立てた墓所、乳幼児(生後6ヶ月まで)が亡くなった場合は白い樹液のでる巨木の幹に穴を開け、そこに葬ると穴は自然にふさがる樹木の墓所、直径5メートルほどの大きな石にいくつもの横穴をうがち木棺をおさめた墓岩など興味深く見学しました。 |
|||||||||||||||||||||||||||||||||
![]() |
|||||||||||||||||||||||||||||||||
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||
葬式儀礼 圧巻は葬式儀礼です。葬祭は農閑期の6〜10月にが多いといいます。近くの村で葬式があるというのでガイドさんに案内をお願いし、供物として砂糖2kgを用意し、葬式に参加させてもらいました。 自宅の空き地のいたるところに竹で組んだ仮小屋が建ち並び、その中で大勢の客が飲み食いしています。3日間おこなわれ、当日はその中日に当たっていました。いけにえの豚が何頭も持ち込まれ、次々にさばいて参加者に振舞われます。 死者は75歳の女性で、棺の置かれたすぐ側で、そのお孫さんだという女性がわれわれの応対をしてくれました。最終日にはいけにえの水牛が振舞われるとのこと。供物の水牛の頭数でその家の地位の高さがわかるようです。葬儀の後、トンコナンハウスの入口の柱にそのときの水牛の角が飾られます。 親類縁者、少しでもかかわりのある村中のひとが集まってきているようです。準備もたいへんですが、多額の費用がかかりそうです。葬式を出すまでに3ヶ月から一年を要し、その間、遺体は家族とともに家の中に安置されているとのこと。 トラジャ地方の宗教は17世紀以降のオランダ統治の影響を受け、75%はキリスト教徒、しかし葬式儀礼は宗派に関係なく伝統的習慣を受け継いでいるようです。 |
|||||||||||||||||||||||||||||||||
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||
トラジャコーヒーのこと 先に、この地方は米作中心の農業と述べましたが、起伏のあるところは竹や樹木が植えられ住居もあります。カカオ、ヤシ、パパイア、パイナップル、バナナなどにまじって赤い実をつけたコーヒーの樹もよく見かけます。トラジャコーヒーは、17世紀この地を支配していたオランダ人によって経営栽培されてました。第二次大戦中からコーヒー農場は放置され、まぼろしのコーヒーとなっていたようです。1970年代に日本の「キーコーヒー」社が現地人の協力を得てトアルコトラジャとして復活させました。エチオピア原産のアラビカ種で、コクのあるまろやかな酸味はくせがなくわたくしは愛飲しています。生産量のほとんどは日本に輸出されるようですが、バリ島のデパートでトラジャアラビカを見つけました。値段は100g7900バーツ(約120円)です。真空パックではありませんが安いですね。 |
|||||||||||||||||||||||||||||||||
おわりに 新聞・テレビ・パソコン抜きで、毎日のんびりした旅を楽しんできました。 物価が安く SARSの心配も無く、海がきれいで インドネシアが すっかり気に入りました。 スラウェシ島の報告はここまでです。 バリ島とロンボクは別の機会に報告します。 |
|||||||||||||||||||||||||||||||||
| 目次に戻る | |||||||||||||||||||||||||||||||||