検証・ソロモン攻防戦

泡沫の勝機

 


はじめに

 

 宇宙要塞ソロモン。宇宙に於けるジオン軍防衛最前線であると同時にドズル・ザビ中将率いる宇宙攻撃軍の最大根拠地である。
一年戦争末期、ソロモンは連邦・ジオンの主力艦隊同士が激突する激戦の地となった。連邦軍の総反攻作戦「星一号作戦」の端緒として再建なった地球連邦宇宙艦隊の第一の目標となったのである。結果は御存知の通りジオン軍の大敗に終わり、連邦軍はジオン本国侵攻への足掛かりを掴み、反対にジオン軍は残るア・バオア・クーを死守する以外に道は無くなったのである。
 この戦いの持つ意味。連邦軍にとってはソロモン要塞の奪取に有り、ジオン軍にとってはア・バオア・クー要塞の防衛網構築に必要な時間を捻出する事に有ったと一般には言われている。
だが果たしてそうだろうか。連邦軍にとってソロモン要塞とはそれ程に反抗作戦欠かす事の出来ない存在だったのだろうか。また、ジオン軍にしても宇宙攻撃軍及びその根拠地を丸ごと捨石にしてまでより後方のア・バオア・クーで勝負を仕掛けるメリットが有るのだろうか。
 本稿の目的はソロモン攻防戦を改めて検証し、この戦いの持つ意味及び、両軍の戦略を明らかにする事にある。

 

 

 

1章、 当時の状況

 

 UC0079年も後半、具体的には10月以降に地上各地で始まった一連の連邦軍反攻作戦により、地球駐留ジオン軍は後退に後退を重ねていた。そして11月7日より開始されたオデッサ攻防戦に於ける決定的敗北により攻守は完全に逆転、これ以降ジオン軍は永久に攻勢に出る事は無かったのである。
 もはや地上戦での勝利は望めない事はジオン軍指導部も認めざるを得なかった。そうなると自然、次の戦場は宇宙に移る。ここで最も必要とされたのは「時間」であった。
 ジオン軍が想定した具体的な戦略に付いては後段に譲るが、宇宙決戦兵力の整備、具体的には不要となった地上戦用MS生産ラインの廃止と切替え、地上軍の撤退及びその収容、ソロモン、ア・バオア・クー等防衛拠点の構築及び強化など、為すべき事は無数
に有った。しかし連邦軍も無能ではない。ジオン軍が決戦準備を急ぐと同様に、彼らもまた宇宙への再進出を急ぐであろう。具合の悪い事に、この競争は国力の劣るジオンにとって極めて分の悪いレースだった。
 焦慮に駆られたジオン軍が実施したのが「ジャブロー降下作戦」(註1)である。ジオン地上軍の中で今だ有力な空中機動部隊を有する北米軍を基幹とした部隊で連邦軍総本部ジャブローにMS空挺降下作戦を決行、宇宙港及びその関連施設に打撃を与える事に
より、連邦軍宇宙艦隊の増強を遅らせようと企図したのである。
 しかし結果は裏目に出た。僅かな戦果と引き換えに降下部隊は壊滅、以降ジオン地上軍の作戦遂行能力に破滅的影響を生じさせたのに対し、連邦軍は僅か二日で被害を復旧、宇宙に大艦隊を送り込んできたのである。
 もはや望むと望まざるに関わらずに戦機は熟しつつあった。ルウム会戦(註2)から既に一年近く。両軍は再び宇宙で合間見えようとしていたのである。

 

 

 

 

2章、ジオン軍が想定した決戦プランとは

 

 地上での作戦を放棄し、宇宙での決戦に全力を注ぐ決意をしたジオン軍であったが、彼らは当初から難題に突き当たった。即ち「どこでどうやって決戦を挑むか」という根本的な問題である。

 まず考案されたのが、ルウム会戦の如く全艦隊戦力を結集して連邦宇宙艦隊と雌雄を決する艦隊決戦案である。既に実施されしかも絶大な効果を発揮した戦術であるだけに、本来的にはジオン軍が最も採択したい案である。しかし、彼らジオン軍にとっては誠に遺憾な事に以下の点を持ってこの案は却下せざるを得なかった。
 まず当時と現在では両軍の力関係が全く違う点である。ルウムでは艦艇数で上回る連邦軍に対し、ジオン軍はMSを始めとする約10倍もの航空戦力で圧倒する事により戦勝を得た。だがしかし、現在はその航空戦力でも戦力比は逆転しているのである。アンティータム級空母を始めとする母艦群の大量配備は明らかだったし、ジオン軍の専売特許であったMSにしても既に連邦軍は実戦投入段階にあるとの確証(註3)をジオン軍は持っていた。勿論艦艇数で連邦軍に対抗出来よう筈もない。
 純粋な艦隊決戦とは地上戦で言えば野戦みたいなもので、基本的に両軍の戦力比(註4)がもろに結果に現れる。即ち、既に正統的な艦隊決戦ではジオン軍に勝ち目は無くなっていたのである。では正面からぶつからなくてはどうなのか。例えばジャブローから逐次打ち上げられてくる連邦艦隊に対し、こちらは全戦力を持って当たってみれば?
 しかし純理論的には卓見であっても実施するとなるとやはり困難であった。まず連邦側としても艦隊が最も脆弱な打ち上げ時に無為無策でいるとは考えられない。当然在ルナツーの艦隊が全力を持って護衛に当たるだろう。無論ジオン宇宙軍が総力を結集すればルナツー艦隊撃滅は可能だろうが、それは手段であって目的ではない。ジャブローから上がってくる連邦主力艦隊こそが目的である。
 逆にルナツー艦隊にとってはジオン艦隊と交戦する事こそが目的である。つまり彼らにとってジオン艦隊との交戦は、逐次打ち上げられてくる主力艦隊の盾になると同義だからである。しかも彼らは必ずしもジオン艦隊に勝利する必要はない。連邦主力艦隊が展開を終える僅かな時間を稼ぎ出しさえすればその任務は終了するのである。
 仮にルナツー艦隊が早期に撃破され、打上げ中の連邦艦隊が無防備に晒される事になってもそれが即連邦主力艦隊撃破に結びつかない事もこの案の弱点である。最悪の場合、連邦側は打上げを中止してしまえば良いのである。そうなればジオン艦隊は手出しのしようが無い。連邦が痺れを切らすまで軌道封鎖を続けるか?残念ながら机上の空論であろう。何しろジオン軍は全力出撃なのだ。行動限界を迎え、根拠地に帰投するジオン艦隊と任務を交代すべき予備部隊など存在しないのである。仮に予備を捻出できたとしても、それは結局消耗戦を長引かせる以上の意味を持たない。
 以上の点から明らかなように、攻守が逆転した以上、作戦発動のタイミングを選べるのはあくまで連邦軍である。ジオン軍が自らの望む機会で主力決戦を挑む事は既に有り得なかったのである。

 戦わずして艦隊決戦を封殺されたジオン軍作戦担当者達は頭を抱えた筈である。自ら有利な「時の利」を得られない以上、何をもって連邦軍に抗すべきか。思案の末導き出された結論は極めて古典的な、だからこそ真理だった。そう、「地の利」である。

 この時点でジオン宇宙軍の主要拠点として機能していたのは宇宙攻撃軍本拠地ソロモン、突撃機動軍本拠地グラナダ、宇宙要塞ア・バオア・クーの三つである。この内、ア・バオア・クーはグラナダやソロモンと比べよりジオン本国寄り、つまり後方に位置する為、外周防衛線とはなり得ない。よってソロモンあるいはグラナダが決戦場として選出された。
 しかしまたしてもここで問題が浮上した。ソロモンとグラナダ、どちらで決戦を挑めばよいのか?いや、そもそも我々が選んだ決戦場に連邦軍が現れるという保障があるのか?
 この点に付いてジオン軍当局は比較的迅速に、それでいて正確な判断を下した。すなわちソロモンを決戦場として選択したのである。その根拠は以下の通りであった。

 まずグラナダを含む月都市群は連邦ジオン双方にとって重要な経済拠点であり、そこで行なわれる大規模戦闘には両軍共に消極的だった事。陣営を問わず月面都市群の存在は既に人類全体にとって必要不可欠であり、それを破壊もしくは機能不全に陥らせる行為は誰にとっても有り難く無かったのである。
 第二に純粋な軍事施設として比較した場合、グラナダは明らかにソロモンと比べ見劣りする事。これは元々単なる月面都市に過ぎないグラナダと、軍事利用の為だけに造られたソロモンとでは当然の結果ではあるのだが。
 次は第二の理由と若干重なるが、艦隊泊地としてはソロモンの方がより規模が大きく優れている点である。艦隊が本作戦の中心戦力となるのに、その駐留に制約があるようでは本末転倒という訳である。これは双方の由来に基づくと同時に、ソロモンが宇宙攻撃軍、グラナダが突撃機動軍本拠として整備されたという背景も無関係ではないだろう。 簡単に言えば宇宙攻撃軍は艦隊派、突撃機動軍はMS派である。双方共にMSと艦艇を装備してはいるが、認識のずれは厳然として存在していた。
 さて、ジオン軍としてはソロモンに連邦主力艦隊が来寇しない事にはこの構想自体が成り立たない訳だが、この点に付いてはある一事を為しさえすれば、ほぼ確実に連邦主力艦隊をソロモンに誘引できるとジオン軍当局は見ていた。その一事とはジオン主力艦隊のソロモン集結である。

 本来、要塞(ソロモンが要塞か否かは意見が分かれるだろうが)とはそれ自身に機動力を持たない。故に幾ら強力な火力や防御力を持とうともそれ自身が敵を「撃破」する事は出来ない。それをすべきは機動戦力、この場合は艦隊なのである。したがって連邦軍の側でもソロモン自体を目標としてソロモン攻略戦を発動した訳ではない。連邦軍が脅威と認識していたのはあくまでジオン主力艦隊なのである。
 連邦軍にとってソロモン攻略はジオン主力艦隊撃破の為の手段であり過程に過ぎなかった。そしてジオン軍にとってもソロモン防衛とは連邦主力艦隊撃破のための手段に過ぎなかった。結局のところ一年戦争勝利の為に連邦・ジオン両軍が必要としたのは敵主力艦隊の覆滅だったのである。
 よく誤解されるがジオン軍は「ソロモンを防衛する為」に戦ったのではない。各部隊がソロモンに居する形で連邦軍を迎え撃った為、あたかもソロモン防衛が目的であったように錯覚されるが、ジオン軍が目指していたのはあくまで連邦主力艦隊の撃破なのだ。しかし既に艦隊決戦ではジオン軍に勝利が無いのは明らかである。故にジオン軍は自らが劣る火力や防御力をソロモンのそれで補完しようと目論んだのである。
 無論、連邦軍の側としてもジオン軍にだけその様な「おいしい」戦いをされるのは本意ではあるまい。地球連邦軍にとって一番「おいしい」展開とはジオン軍が回避した艦隊決戦である事は自明の理である。つまり、ソロモンに篭ったジオン艦隊を叩くのは連邦軍的には避けたいのであるが、これをジオン主力艦隊撃滅の好機と捉えた場合、損得勘定では結果的にプラスとなると連邦軍指導層は判断したのであろう。連邦軍指導層はどこまでも実利的な集団なのだ。

 私見になるが、仮にグラナダの突撃機動軍が予め宇宙攻撃軍と合流してソロモンに篭っていたら、恐らく連邦軍はソロモンではなくグラナダを抜いてジオン本国を衝こうとしただろう。これまでの流れから言えば、自らの損害を度外視したとしても、宇宙攻撃軍及び突撃機動軍を同時に殲滅する好機を何故放棄して今度はグラナダを目指すのか疑問に居られる方もおられよう。が、考えて欲しい。戦争に於いて尤も必要な事は「相手の嫌がること」であり、決して「自分のしたい事」ではないのだ。決戦を挑む以上、より有利な時期と場所、多数の兵力で望みたいのは誰しも当然である。しかし、野放図な戦力集中、適当な時期での開戦など基本的に無理なのである。
この場合、兵力抽出により空き家同然となったグラナダの抵抗は往時と比べ極めて弱体となる事が予想される。当然、早期にグラナダ制圧が可能となり、その被害も局限できるのである。そしてグラナダを抜いた連邦主力部隊はそのままア・バオア・クーを抜きジオン本国に迫るだろう。そうなると幾らソロモンで必勝を期した布陣を敷こうが無意味である。ジオン主力艦隊はいずれかの段階で討って出て決戦を挑む他無い。つまり「決戦を強要」されるのである。
 そういう意味ではこの当時のジオン軍の戦力配置は絶妙なバランスにあったと言っても良いだろう。連邦軍にとってグラナダ侵攻はソロモン侵攻と比べ益少なく、ソロモン侵攻は当然の選択肢であった。そしてソロモンでの激突はジオン軍にとってベストではなくともベターだったのである。万全ではなくともある程度の戦力を集中させ地の利を得た戦場を選ぶことが出来たのだから。連邦軍にとってもそれは同様で、ある程度損害の上積みを見込まなければならないにしても、ジオン主力艦隊撃滅の好機を得た事はベストではなくとも十分ベターな展開であった。
 妙な表現になるが、ソロモン攻防戦とは両軍の「利害」が一致した為に生起したと言えるのかもしれない。

 また、ゴップ提督の談でも明らかなように、連邦政府としては反攻作戦の半ばでジオン公国と和平会談を持つ意思が有ったことも大きいだろう。つまり、より有利な条件で和平を結ぶ為に「ソロモン陥落」というシンボリックな戦果を求めたのである。
 無論巷で言われる「ア・バオア・クー防衛の為の時間稼ぎ」、つまり捨石論に付いては一笑に付する他ない。より本国に危機が及び易い後方のア・バオア・クーで決戦を期するという時点でナンセンスだし、貴重な機動決戦兵力である宇宙攻撃軍を丸ごと消滅させてまで得られる僅かな時間的猶予に如何ほどの価値が有ろうというのか。宇宙攻撃軍が消滅した場合、唯一まともに運用できる機動戦力はグラナダの突撃機動軍艦隊の他は存在しないのである。
 つまりソロモン、正確にはソロモン戦を捨石にするという事は単なる戦力の逐次投入に過ぎない。その事を完全に理解していたからこそ突撃機動軍もア・バオア・クーの総帥直轄部隊も援軍をソロモンに送ったのである。それら援軍がいずれも遅参もしくは小規模に終わったのはまた別の問題であろう。
 この点に付いては後述する。

 

 さて、ソロモンとは如何なる機能を持つ要塞だったのか。
 もともとソロモンは資源採掘用の小惑星を改造したものである。その建設は戦前から始まっており、開戦時には宇宙攻撃軍本拠地および艦隊泊地として既に機能していた。事実、ルウム会戦時のジオン第一連合艦隊(註5)はソロモンから出撃している。しかし、「宇宙要塞」としてのソロモンが完成したとされるのは5月17日の事である。開戦以降の作業は大部分要塞防衛網に対するものであったと見てよいだろう。
 ではその防衛網とは如何なるものか。まず中心となるのが巨大な岩塊であるソロモン本体。ソロモンは縦横にくり貫かれ、内部には司令部施設、居住区、各種工廠等、表層部付近には港湾施設、各種対空火器などが無数に配置されていた。
 以外と見落とされがちなのがソロモンの周辺に無数に配された浮遊砲台群(註6)である。これは大小様々な岩塊にメガ粒子砲、各種ミサイル、対空機関砲等を装備したもので、簡易な物から本格的な物、大型もあれば小型もありと多種多様であった。これらがソロモンを取り巻くように配置され濃密な火網を構成したのである。その配置は巧妙で、お互いの死角を補い合い、極めて効果的な火力発揮が可能であった。
 ソロモンの「要塞」としての機能はこの浮遊砲台群からなる外周防衛線がその大半を担っていたと言って良い。言葉の定義にもよるが、軍事、それも近代的には、巨大な構造物に各種火砲や施設を詰め込んだ物を要塞とは見なさない。それはむしろ「城塞」と表現すべきものであろう。要塞とは堅牢な地形や複雑堅固に構築された陣地等を有機的に組み合わせて敵軍の侵攻を受け止めるものなのである。
 だからこそ開戦時既に宇宙攻撃軍根拠地として機能していたソロモンは今だ未完成とされた。ソロモンは幾重もの浮遊砲台により構成された一種の複郭陣地を持つに至って始めて「要塞」として完成したのである。

 ジオン軍はこのソロモン要塞をして以下の様な作戦を練り上げた。

連邦軍主力艦隊の来寇に際し、主力艦隊を外周防衛線の後方、ソロモン近辺に集中配備、敵の第一撃は外周防衛線とMSを中心とする航空兵力で受け止める。然る後、敵の主力及び主攻面を確認した上で艦隊主力を集中投入、一気に敵主力を撃滅する。

 つまり、敵主力との決戦段階まで艦隊を徹底温存し、その温存した艦隊を一点に集中させる事によって彼我の戦力差を覆そうとしたのである。
 本来のジオン軍ドクトリンでは敵艦隊攻撃はMSがその任に当たる事になっていた。ジオン軍はそのドクトリン自体を放棄した訳ではなかったが、連邦軍の戦力整備が進み、MSの大量投入も確実とあっては今までの様な一方的な戦果は期し難いと判断されたのである。ただしジオン軍自身はこの段階でも自らのMS部隊の戦力を高く評価していたし、実際ソロモン攻防戦時のジオン軍MS隊の質は開戦時と比べて、機材面では遥かに強化され、搭乗員錬度も下がったとは言えMS隊が編成されて間もない連邦軍搭乗員と比べれば遥かに上位にあったのもまた事実である。
 そのMS隊を持ってしても、それだけではもはや抗し難い。負けないまでも自らのMS戦力は連邦軍のそれによって相当分相殺されるとジオン軍当局は考えた。そしてその予想は完全に正しかったのである。

 さて、いざ敵主力艦隊と雌雄を決するに際して、数的にはジオン艦隊の主力となるのは言うまでも無くムサイ級である。搭載MSを含んだ一個の戦闘単位としてならともかく、純粋な戦闘艦としての完成度(註7)は連邦のサラミス級と比べ遥かに劣る事は明らかであった。
 ムサイ級はその外見的特徴でもあるように、主砲塔全てが前面に集中している。この砲配置は前方への火力集中という点では優れていたが、乱戦時に効果的な砲撃が行えないなど柔軟性を欠くものである。また、よく言われるように対空火力の欠如も深刻な問題だった。
 しかしこれら付いても今回に限っては問題無しとされた。本作戦に於けるジオン艦隊の至上命題は連邦主力艦隊の撃滅であり、それは従来のような一定の距離を保って複雑な艦隊機動を取りつつ砲火を交えるスタイルでは不可能であった。ジオン艦隊は遮二無二突撃し、場合によっては退却する連邦艦隊に対し追撃戦を実施して彼らを徹底的に叩く必要があった。
つまり本作戦に於いてジオン艦隊は常に敵艦隊に向かって前進する必要があった。その場合、前方に最大火力を発揮するムサイの特性はむしろ本作戦に合致した能力だったのである。
 また、対空火力の不足も、作戦開始時の段階では外周防衛線の内側に艦隊が配される事から問題無いとされ、出撃時に於いては制空MS隊(註8)が同行する事で克服出来るとされた。尤もこちらは多分に気休めに近いと見るべきだろうが。

 ともあれ、ジオン軍は限られた選択肢の中から作戦構想を練り上げ、壮大緻密な決戦計画を完成させた。対する連邦軍もまた大局的見地に立って冷静に作戦立案を行なった。
 両軍は共に自らの勝利を信じて疑わなかった。それだけの自信が有ったのであり、その自信も根拠の無い物ではなかった。確かに彼らは当時為しえる最善を尽くし、持てる力の全てを一大決戦に投入したのである。

 

 

 

3章、ソロモン攻防戦

 

1、 地上から宇宙へ

 

 ソロモン決戦に向け、戦備を整え始めたジオン軍であったが、その作業はスムーズには進まなかった。
 まずジオン軍が着手したのは地上攻撃軍(註9)を地球から撤収させ、その戦力をソロモン決戦に転用するという作業であった。これは11月10日のオデッサ陥落によって一気に本格化する。
 11月7日に開始されたオデッサ攻防戦は、8日が暮れる頃にはジオン側の劣勢が明らかとなりつつあった。これを受けてジオン軍はオデッサからの総撤退を決意、前線から戦力を撤収させ始めた。とはいえ全ての戦力を引き上げる事が不可能なのは明らかである。今現在も連邦軍は進撃中であり、これへの対処無しでの後退は一気に戦線を崩壊させ、オデッサのジオン軍は収拾不可能な混乱の中で壊滅してしまう。そこでオデッサ防衛司令部は軍を二分した。一方で戦線を維持しつつ時間を捻出し、一方をそのまま消耗させる事無く宇宙へ脱出させようとしたのである。
 足留め部隊は遅滞戦闘を繰り広げつつオデッサ近辺に残留、撤収部隊がバイコヌール他の宇宙港から軌道上へ脱出する間の時間稼ぎを命じられた。任務終了後には各個に連邦軍包囲網を突破、アフリカやオーストラリア等、今だジオンの勢力下にある地域に脱出するとされていたが、客観的にそれは不可能に近く、足留め部隊は事実上の決死隊であった。
 9日中にオデッサ防衛軍司令マ・クベ大佐はザンジバル級機動巡洋艦「マダガスカル」により宇宙へ脱出、後続部隊もそれに続いた。その間もオデッサ周辺ではジオン残留部隊と連邦軍との間で死闘が続いていた。連邦軍がオデッサ解放を正式に宣言したのが翌10日であるが、それはあくまでオデッサでの戦闘終結を確認したものに過ぎなかった。生き残ったジオン残留部隊にとって、苦難の道程はこれで漸く半ばだったのである。最終的にヨーロッパを脱出して他のジオン軍部隊と合流できた者は極少数だったと言われる。
 苦難に見舞われたのはオデッサ撤収組も同様であった。オデッサ防衛軍の意図を素早く見て取った連邦宇宙軍は直ちに追撃艦隊を編成、9日中にはオデッサ上空軌道に進出させてきたのである。オデッサからの脱出部隊収容の為、ジオン軍は動員可能な艦艇やMSを掻き集めて護衛艦隊を編成していたが、連邦追撃艦隊の猛攻によりかなりの輸送艦やHLVが失われてしまった。護衛艦隊自体は善戦し、連邦側にもかなりの損害を与えたものの、結局この戦闘により壊滅している。
 連邦宇宙軍はこの追撃作戦を皮切りに次々と作戦を発動、11日には巡洋艦隊がオデッサより発進していた公国軍資源輸送艦隊を攻撃、14日にはグラナダに対して奇襲攻撃(註10)を敢行、15日にはソロモン海域と旧サイド1「ザーン」宙域をマゼラン級「オーウェル」サラミス級「ジャワ」を主力とする艦隊で強行偵察を行なうなど、宇宙に於ける攻守も既に逆転しつつあったのである。

 さて、反攻作戦に備え連邦軍はソロモンに対する情報収集を入念に行なっていたが、先の強行偵察隊がもたらした情報は連邦軍指導層を驚かせた。すなわちソロモンが極めて高度に要塞化されていたからである。ソロモンが防衛拠点として強力に武装化されているのは地球連邦軍も当然予想していたが、それが想定したよりも遥かに高いレベルにあったのである。20日に再び偵察隊が派遣され、この情報が確認されるに至って改めて対応が協議された。
 とは言え、基本的な対要塞戦術(註11)に変化があった訳では無い。ソロモン攻略はティアンム提督指揮する第二連合艦隊(註12)が担当、レビル提督(註13)の指揮する第一連合艦隊(註14)はこれに参加せずソロモン攻略戦以降に向けて温存するとされていたが、この基本方針は堅持された。これは予備戦力としての第一連合艦隊を消耗させるのは得策では無いとの判断であろう。 
 政府及び軍の総意として、ソロモン攻略をもって一時反抗作戦を中断、ジオン公国と停戦交渉を開始するというのが基本方針であったが、当然の事ながら交渉が決裂した場合の事も考慮せねばならない。よってソロモン攻略後にはア・バオア・クーを抜きサイド3に迫るというプランも事前から策定されていたのである。
 不幸にもこのプランが実行される事となった場合、先のソロモン戦で少なからず消耗しているであろう第二連合艦隊は後方に下がり補給と再編成の後予備戦力になる。替わって第一連合艦隊が以降の作戦の主役になったのは間違いないだろう。

 少々話が脇道に逸れた。つまり連邦軍は「ソロモン攻略は事前に予定された戦力で可能」との判断を下したのである。これは彼我の艦隊戦力に決定的な差があり、予想されるジオン艦隊の反撃にも第二連合艦隊は独力で対処可能と認識していたのが最大の理由であるが、もう一つ大きな要因として極秘裏に開発された対要塞兵器の存在がある。この対要塞兵器こそ有名な「ソーラ・システム」及び「ビーム撹乱幕」であった。
 ソーラ・システム(註15)は、膨大な数の巨大な反射鏡を用い、太陽光の反射を一点に集中させる事により凄まじい熱量を発生させるという、原理自体は極めて原始的な兵器である。反射鏡の展開や制御(専門の統制艦が必要とされる)に手間が掛かる為、戦局が流動的な機動戦や艦隊戦には不向きであったが、機動力を持たない固定式の火点や施設に対しては絶大な効果を発揮するとされていた。
 ビーム撹乱幕は大型ミサイルの弾頭などにメガ粒子(註16)に干渉する性質を持つ物質を搭載、目標地点で自爆したミサイル弾頭から放出された干渉物質によるスクリーンを形成、その箇所に於けるビームの通過をほぼ不可能とする兵器である。これによりジオン軍防御火点の能力は大きく制限されるとされた。
 元々これら新機材の投入は予定されていたものであり、連邦軍はこれにより強化されたソロモンの防御能力をも完全に無力化できると判断、事実上作戦修正無しでソロモン攻略戦に望む事となった。
 11月半ばにはソロモン攻略主隊である第二連合艦隊のジャブロー発進に先駆けて、ソーラ・システムをザーン宙域に移送するべく輸送艦隊が編成され現地に向かっている。ザーン宙域はサイド1を形成していたコロニー群や両軍兵器の残骸等により高密度な暗礁地帯となっていた。ジオン軍は戦力不足からこの方面への戦力展開が難しく、当該宙域の哨戒にもあまり熱心とはいえなかった。連邦軍は一連の偵察活動によりこの事を熟知しており、この暗礁宙域を利用してソーラ・システムの組立て及び最終調整を行なう事にしたのである。
 とは言えザーンはソロモンの目と鼻の先であり、これは極めて大胆な行動だったといえるだろう。事実、輸送艦隊は航行中数度に渡ってジオンの攻撃を受けている。幸い大きな損害も無く、艦隊は無事にザーンに到着したが、一歩間違えればソロモン攻略戦に重大な影響が出ていた可能性も否定できないだろう。
 逆にジオン軍としては明らかに失点であった。彼らはソーラ・システム輸送艦隊を最後まで通常の輸送艦隊と思い、それに対する攻撃も半ば義務的に行われたもので、熱意も投入戦力も不足していた。最終的に触接を失い、輸送艦隊を完全に見失ったジオン軍はこの後二度とこの輸送艦隊を発見できなかったのである。重大な失態を犯したジオン軍であったが、彼ら自身は余りこの事を気にしてはいなかった。彼らの興味の対象はあくまで出撃間近と思われる連邦主力艦隊であり、それ以外の存在は「瑣末な事」として優先順位が下げられていたのである。
 この時期、ジオン軍指導層はソロモンやア・バオア・クー、加えてサイド3周辺の警戒艦隊を手薄にしてまで地球軌道付近にかなりの数のパトロール艦隊(註17)を投入している。彼らがいまだ姿の見えない「連邦軍主力艦隊」にそれだけ恐怖感を抱いていた証左であるし、これ自体は正常な判断力の賜物である。しかしその恐怖感により、ソロモン攻防戦と密接にリンケージしていたソーラ・システムをとり逃がしてしまったのは彼らにとって不幸な現実であり大きな過ちであった。
 ジオン軍は千載一遇の好機を逃してしまったのである。

 

 

2、ソロモンへ集結せよ

 

 12月2日、ジオン地上軍最後の大規模攻勢であるジャブロー降下作戦を鎧袖一触で粉砕した連邦軍は遂に総反攻作戦を開始した。ジャブローから第二連合艦隊が発進、大艦隊が突如ジャブロー上空軌道に現れたのである。これに先立ち連邦軍は陽動の為四個の独立戦隊(註18)を先行してジャブローより発進させジオン側の撹乱を狙った。これらはそれぞれ一隻の艦艇で編成される小規模部隊であったが、そのうち二つはペガサス級強襲揚陸艦であることが確認されており、搭載した最新型MSの能力もあってその戦闘力は相当なものであった。
 これはジオン軍哨戒艦隊を独力で突破、或いは排除することが求められた為である。当時、地球軌道付近にはジオン軍哨戒艦隊が多数展開しており、陽動部隊はこれらとの接触が確実視された為であった。
 元々陸海空宙にかかわらず、哨戒(偵察)部隊は敵部隊、それも同じ偵察部隊との接触頻度の高い存在である。これは考えて見れば当然のことで、主力部隊に先立って哨戒部隊が前面に広く散開し敵部隊の動向を探る以上、同じく敵が偵察部隊を展開させた場合、まずはそれらが接触するのは自明の理である。結果、偵察部隊には速やかに後退するだけの機動力或いは敵偵察隊を圧倒するだけの戦闘力、もしくはその両方が必要とされる。
 偵察隊は情報を持ち帰るのが任務である以上、自らの身を守らなければならない。逆に相手の偵察隊を必殺する事は戦術の基本である。その為、偵察隊に重武装を施し「偵察隊狩り」をも担当させることは決して珍しくない。ジオン軍パトロール艦隊はこの様なドクトリンの下に編成されているのである。
 そのパトロール艦隊を連邦軍陽動部隊は次々と撃破していった。例えば第13独立戦隊はキャメル艦隊(註19)に進路を塞がれる形で正面から激突するものの、僅かな時間でこれを全滅、自らは無損害というパーフェクトゲームを演じている。第13独立戦隊は両軍から「NT部隊」と認識されるほど、一種異常な戦闘力を持つので特別視するにしても、その他の陽動艦も大なり小なりの戦果を挙げていることから、これら陽動部隊の実力はかなりのものだったと言って良いだろう。逆に言えばあっという間に全滅してしまうようでは陽動部隊として不適なのである。

 結果的にこの陽動作戦はほぼ完璧な形で成功した。いや、予想以上の戦果を挙げたと言うべきだろう。なんと言っても地球軌道周辺に展開していたジオン艦隊がほぼ一掃されてしまったのである。一線級の部隊と比べれば軽装備のパトロール艦隊とはいえ、前線に展開しているそれらを糾合すれば艦艇、MS共にかなりの戦力となるのだ。
 もちろんジオン軍としてもこれらをそのまま遊ばせておく積りは無かったであろう。ソロモン決戦とはすなわち前線が地球軌道付近からソロモン〜グラナダラインまで後退するという事であり、地球軌道の放棄をも意味する。放棄した戦線に戦力を残置する意味は無い。キャメル艦隊がそうだったように、パトロール艦隊の殆どは宇宙攻撃軍の所属である。これらは連邦主力艦隊の出現と共に逐次後退して主力と合流、来るべき決戦に参加する予定だったのである。
 ところがその前に連邦側の陽動部隊を発見、これを攻撃した彼らは逆に返討ちにあってしまったのである。元々同程度の勢力であるならばむしろ積極的にこれを攻撃するように指示されているパトロール艦隊である。彼らの判断を責めるのは酷であるが、貴重な決戦兵力の一部が潰えてしまったのはジオン軍にとって大きな誤算であった。
 結局、連邦第二連合艦隊は何ら妨害を受ける事無く打上げを終了、順次集結地であるルナ2へ向かっている。全艦隊が集結したのは12月5日(支援部隊等も含めると14日)のことであった。また、ジオン軍もこの頃になると連邦軍の侵攻目標がソロモンであると確信し、全軍に非常警戒を発令している。
 これ以降も小規模な戦闘は続発するものの、それらは殆どが主戦線以外で発生しており、両軍は来るべき決戦に向けての準備に奔走を続けた。

 この決戦兵力の捻出という点でジオン側の意図は少なからぬ齟齬を来たしている。特に艦艇に於いてそれは顕著であり、先のオデッサ撤収部隊の収容作戦で失われた艦艇も含むと、11月に入ってからの艦艇喪失数は巡洋艦だけで軽く20隻を超えている。元々劣勢な艦隊戦力を補うべく立案されたのがソロモン決戦なのだから、この損失はジオン軍にとって許容できないものだっただろう。結果、ジオン軍宇宙艦隊の行動は低調になっていき、12月初旬までにはサイド6とソロモン後方を除く宙域でほぼ活動停止状態に追い込まれている。
 これはパトロール艦隊も同様であり、これ以降の情報収集はMSによる長距離偵察に頼らざるを得なくなってしまった。偵察MS、つまり06E系(註20)は緒戦でのジオン軍快進撃に大きな貢献を果たした傑作機であったが、戦争中盤を過ぎると連邦軍の戦力整備も進み、徐々に帰還率が低下していった。ソロモン攻防戦が始まる頃には最新型E-3タイプの実戦投入が既に開始されていたが、それにも拘らず帰還率は低下の一途を辿っていたのである。これもまたジオン軍にとっては頭の痛い問題で、連邦艦隊の動向など、情報の入手に大きな制約が課されることとなった。一年戦争末期、宇宙戦に於いてジオン軍が受動的な姿勢に終始し、誤った情勢判断を続けたのはこのような情報収集能力の低下による部分も大きかったのである。
 サイド6は両軍の艦隊が駐留する中立地域であった為、その支配権を巡っての大規模戦闘こそ行なわれなかったものの、小競り合いは頻発しており、小規模ではあるが艦隊戦も行われている。特に有名なのは12月18日と25日に行なわれたもの(註21)であるが、そのいずれもがジオン側の敗北に終わっており、これもまたジオン宇宙艦隊の弱体化を招いた一因、或いは弱体化の象徴そのものであった。
 続出した損害の結果、最終的にソロモン攻防戦時にジオン側が投入できた巡洋艦は50隻にも満たなかったのである。

 一方、ジオン軍が艦艇と同じく主力と見なすMS戦力のソロモン輸送に付いては万全とは言えないまでも比較的順調に進んでいた。特に就役して間もないドロス級大型宇宙空母(註22)はその膨大な搭載力を存分に発揮、サイド3〜ア・バオア・クー〜ソロモンに連なる輸送ラインを幾度も往復しては様々な物資、特にMSを輸送した。ソロモン戦にジオン軍が投入したMSの総数は約3400機に上るが、その内の過半はドロス級によって輸送されたものであろう。一部資料にはドロス級の事を「輸送空母」と表記したものがある。ドロス級は明らかに大型攻撃空母であり、これが史料編纂者の誤解もしくは故意によるものなのかは不明だが、ドロス級がそう呼ばれても不思議は無いほど輸送任務に尽力したのは確かである。
 全体的にソロモンへの戦力輸送は本国方面からのそれに付いては比較的順調であり、逆に地球方面からの輸送では相当数の損害を出し、ソロモンへ無事到着した積荷も当初の予定を大幅に下回るものであった。これは不完全とは言えいまだジオン軍の勢力範囲であったソロモン後方と、崩壊寸前であった地球軌道戦区の違いが如実に現れた結果であろう。
 地球からの戦力引き上げといっても、地上軍MSの殆どは地上仕様であり、その他の車輌や航空機に至っては宇宙では何の役にも立たない。よってMSそのものは後方の生産拠点からの直送が主体であり、地上からの戦力引き上げでは搭乗員及び整備員の確保兵站維持に投入されていた艦隊戦力の転用が主目的だった訳だが、これに付いては上手くいったとは言い難いだろう。なにより、一旦機体に乗り込めば縦横の活躍をしたであろうMS搭乗員の多くが輸送艦上で失われてしまったのはジオン軍にとって痛恨の極みだった。これ以降、ジオン軍は「機体はあっても人がいない」という状況が恒常的になっていくが、その萌芽は既にソロモン攻防戦以前に始まっていたのである。勿論、MSにしても機体が余るなどという事はあり得ず、既に前線を退いていたMS-05を最前線に配置せねばならないほど機材も不足していたのだが。
 また、よく言われるア・バオア・クーの戦力転用に付いてであるが、これに付いては当時可能なだけの戦力がソロモンに送られている。元々ア・バオア・クーは固有の艦隊を殆ど持たず、防衛戦力の中心はMSを中心とした防空大隊であった。そしてこれすらも過半がソロモンへ転出されている。ア・バオア・クー守備隊の一部が20日頃から順次MS-14に機種転換を始めるが、これはソロモンへの投入を惜しんだ訳ではなく、引き抜かれた機体の穴埋めとして充当されたと見るべきであろう。事実、搭乗員の質では在ソロモン部隊と比べア・バオア・クー守備隊の方が平均では大幅に劣っている。これはMSと同様、搭乗員もソロモンに転用(と言うよりも部隊ごと引き抜かれたと言うべきだろう)された為で、当然ながら熟練搭乗員の抜けた穴は更に経験の少ない搭乗員が補うほか無かったのである。皮肉な言い方をすれば、MS-14に機種転換された部隊は機体同様、搭乗員も「最新型」だったのである。
 つまり、最新装備を有し、一見強力に見えるア・バオア・クー守備隊はソロモン戦の時点では殆ど有名無実化しており、とても増援など出せる状況ではなかった。それでなくとも固有の艦艇を持たず、既に大部分のMS隊を抽出されたア・バオア・クーにはそもそも送れるだけの戦力が存在しなかったのである。そして、それはジオン軍がソロモンでの決戦を志向している以上、至極当然の事でもあった。

また、比較的後方からの輸送が順調だったとは言っても連邦軍がこれらに無関心だった筈もなく、幾度かに渡って輸送艦隊に対して攻撃が行なわれている。特に12月15日には大規模な攻撃が行なわれ、ジオン側は少なくとも数隻の艦艇を失っていることを付記しておく。

 

 

3、決戦

 

 12月14日、遂に「星一号作戦」が発動された。これは連邦軍戦力のルナ2集結が完了したのを受けての満を持したものであった。これにより各隊は行動を始めたが、攻撃主隊が動き出すのは今しばらく後のことである。これは同時期に地上での反攻作戦が大詰めを迎えていた為で、特にアフリカ大陸のジオン軍が戦線崩壊により宇宙へ脱出する事が予想されており、これとソロモンへの輸送艦隊に対する攻撃が暫く続く事になる。
 12月20日、ルナ2から連邦第三艦隊(註23)が出撃した。第二連合艦隊の先鋒としてソロモンに対し陽動を兼ねた先制攻撃を行なう為である。当然ジオン側の猛攻が予想される為、通常の艦隊と比べて大幅に航空戦力が増強された編成であった。あの第13独立戦隊も途中合流する形で第三艦隊所属となっている。
 12月22日には第二連合艦隊主力がルナ2を出撃、ソロモンに向かった。しかし彼らは第三艦隊と別航路を取り、元サイド1「ザーン」暗礁宙域に向かった。既に現地に展開するソーラ・システム運用部隊と合流する為である。
 対するジオン側は侵攻が間近に迫っている事は認識していたものの、その具体的な時間や侵入方向に付いては不明のままであった。12月7日にルナ2へMSでの強行偵察が実施されて以降、ジオン軍は第二連合艦隊との触接に失敗し、完全に第二連合艦隊を見失っていたのである。その後も彼らは必死で第二連合艦隊を捜索するものの、全く成果は上がらなかった。ジオン軍が連邦軍の作戦行動に気付くのは連邦第三艦隊がソロモン間近に迫ってから、具体的には第三防衛ラインに侵入を開始してからである。
 ジオン軍はソロモンに第一から第三の防衛ラインを設定していた。それぞれ第三が警戒ライン、第二が迎撃ライン、第一が絶対防衛ラインとされ、それぞれの段階に応じて戦力が投入される事になっていた。基本的には警戒ラインで敵勢力を発見した後、迎撃ラインを中心に敵艦隊邀撃を展開、絶対防衛ラインは迎撃ラインが破られた場合の予備防衛線として設定されたのである。全体としては迎撃ラインを中心として作戦が展開される事となり、浮遊砲台もここに集中して配置されていた。初期配置では航空戦力と艦隊戦力は絶対防衛ライン内に置かれ、戦況に応じて前進、戦線投入される事になっていた。また、警戒部隊を除いては殆ど戦力配置されなかった警戒ラインであるが、ここには衛星ミサイル(小惑星にロケット推進装置を取り付け、質量兵器としたもの)が多数配置されて連邦艦隊に備えた。
 そしてジオン軍がこの時点で用意できた戦力は戦艦3、巡洋艦48、空母1、突撃艇88、MS約3400、戦闘機約580、他に輸送艦や少数のMA(註24)などであった。ジオン軍は以上の戦力を持って連邦第二連合艦隊との決戦に臨もうとしていた。
 一方の連邦第二連合艦隊の戦力は戦艦24、巡洋艦121、輸送艦(改装空母含む)580、突撃艇280、MS5200、戦闘機880、他にミサイル艦や砲艦(註25)などで構成されていた。これは第二連合艦隊全体の戦力であり、第二連合艦隊を構成する各艦隊がこの戦力を均等に割り振られていた訳ではない事に注意して頂きたい。この時の連邦軍は各艦隊に別個の任務を与えているので、それに応じた戦力配分が為されたのである。特に第三艦隊は通常の艦隊と比べて大幅に増強編成とされていたのは先述したとおりである。
 既に戦備を整えて待受けるジオン軍に対し、第二連合艦隊はソロモン周辺宙域へ順次展開しつつあった。先鋒の第三艦隊はサイド4、第二連合艦隊主力はサイド1の残骸に紛れつつ航行した為、進軍速度は決して早くは無かったが、ジオンの哨戒網を潜り抜けるには効果的だった。結果、連邦艦隊はソロモン第三防衛ライン間近に迫るまで自らの存在秘匿に成功する。逆に、またしてもジオン軍は情報戦で後れを取った訳である。これもまた決定的ではないにせよ、ソロモン戦におけるジオン軍敗因の一つであろう。

 12月24日、展開を終えた連邦軍各艦隊は行動を開始した。ソロモン攻防戦の始まりである。
 まず連邦第三艦隊が横陣を組みつつ前進、サイド4残骸群からソロモン第三防衛ラインに侵入を開始した。これは直ちにジオン側の関知するところとなり、同時に迎撃命令が下される。これが18:00時頃の事とされる。これにより、まずは第三防衛ライン上に散在する衛星ミサイルのうち、第三艦隊の進路上に在ったものが次々とロケットを点火して連邦軍艦艇に襲い掛かった。衛星ミサイルの威力は大きく、直撃を受けた艦は一撃で大破・戦闘不能に陥った。だがそれは第三艦隊の足を止めるには至らず、何隻かの艦艇を失いつつも艦隊は第三防衛ラインを通過しつつあった。
 この衛星ミサイルと接触する直前に第三艦隊は突撃艇部隊を第二防衛ラインに向けて突入させている。これは敵艦隊攻撃に向かったものではなく、浮遊砲台のメガ粒子砲を封殺する為にビーム撹乱幕弾頭を搭載した特殊部隊であった。浮遊砲台群からの激しい対空砲火により多くのパブリク突撃艇が撃墜されるものの、対ビームスクリーンの形成には成功し、第三艦隊は回廊状の侵攻路(註26)を確保する事に成功する。
 また、この頃になるとジオン軍の迎撃第一波としてガトル戦闘爆撃機が大挙して第三艦隊上空に飛来し始めていた。これらの多くは艦隊直衛のMSや戦闘機に行く手を阻まれ、何とか迎撃網をすり抜けた機も猛烈な対空砲火によって殆どが撃墜されてしまった。
 結局この迎撃第一波は殆ど全滅してしまうものの、中には連邦艦に対艦ミサイルを命中させた上で生還している剛の者も存在した。まあ戦果の有る無しに関係なく、この攻撃から帰投した者には更に過酷な運命が待っていたのであるが。


 さて、送り出した迎撃第一波がさしたる戦果を挙げずに壊滅してしまった宇宙攻撃軍司令部は状況が深刻と認め、主力MS部隊をもって迎撃に当たる決意をした。
第三艦隊が侵攻軍主力でない事はジオン側も理解していたが、さりとて放置するには第三艦隊は強大な戦力であった。よって、宇宙攻撃軍は決戦兵力である艦隊の温存は続けるものの、もう一方の主力であるMS隊を投入せざるを得なくなったのである。
 一方、第三艦隊も迎撃ラインへの侵入を前にしてMS隊の発進を開始していた。陽動が主目的とはいえ第三艦隊は独自にジオン軍防衛網を突き崩す事も期待されていた。第三艦隊が戦果を挙げればそれだけジオン側の注意を引くし、誘引する戦力も大きくなるので当然ではあったが。ビーム撹乱幕でかなり能力を減少させている浮遊砲台群であったが、その厚い布陣を突破するには艦艇戦力だけでは不足だった。連邦MS部隊は制空任務の他に浮遊砲台群の制圧も担っていたのである。その為、RGM-79と同時に火力支援に適したRB-79が大量投入され前進を開始した。RGM-79とRB-79は密接に相互支援を行ないながら、以降ソロモン攻防戦の主役として活躍する。
 対するジオンMS部隊は数機のMA-05と極少数のMS-06R-1、MS-14などを除いては大部分がMS-06F(F2含む)とMS-09Rであった。この内、MS-09Rは対艦部隊に、MS-06は制空部隊を中心に配備された。これはMS-09Rが火力・装甲共に06シリーズを凌駕していた為である。攻撃機としてみた場合、06系の機体は既に力不足となりつつあったのである。しかし度重なる改修により運動性の向上には成功していた為、新規開発されたMMP-80マシンガン(註27)の威力と併せればRGM-79にも充分対抗可能とされた。だがしかし、MMP-80の部隊交付は遅れ、結局殆どの機体が終戦までMMP-78(註28)を使用し続けたのが実際であり、ことMS戦に於いてはジオン側の劣勢は機材面で明らかであった。

 既に出撃体勢を整えていたジオンMS部隊は直ちに出撃、第三艦隊に襲い掛かった。これが18:35時である。連邦MS部隊もこれを迎え撃ち、第三艦隊前面で一年戦争初の大規模MS戦が展開された。この時、搭乗員個人の錬度で劣る連邦側は単機での行動をきつく戒め、一個小隊三機での戦闘を徹底させた。結果的にこの判断は正しく、単機での格闘戦を挑んでくるジオン側MSはRGM-79のシャワーのような弾幕に次々と絡み取られていった。
 また、火力支援の為に同行したRB-79も積極的に対MS戦闘に参加、RGM-79に協力して突入してくるMS-09Rを多数撃墜している。ただしRGM-79と違い、全く近接戦闘能力を持たないRB-79は一旦相手の突破を許すと全く対抗できず、かなりの数がジオン軍MSによって失われている。火力支援機としては兎も角、MSのような汎用戦闘攻撃機としてRB-79は不適だったと言わざるを得ない。尤も、これに付いては当の連邦軍も当初から認識していた筈である。よくRB-79は戦時急造の廉価兵器等と揶揄されるが、逆に言えば緒戦でのMS戦を経験した後で設計開発された兵器なのである。
 それにも拘らずソロモン戦及び後のア・バオア・クー戦で斯様な運用を強いたのは、それだけジオン側のMS戦力に脅威を感じていた為であろう。ルウム敗戦の記憶がある連邦軍としては、ジオン軍MSを例え一機といえども艦隊に到達させたくなかったのである。
 この連邦軍のある意味過剰とも言える対応により、ジオン軍MS部隊は大打撃を蒙ってしまった。対MS戦ではRGM-79に手を焼き、何とかその妨害を突破して第三艦隊に到達したMS-09Rも対空砲火及び艦隊直衛のMSや戦闘機により次々と撃墜されてしまったのである。この戦況に焦れたジオン側は次々と新手のMS隊を繰り出すが、それが戦闘宙域に到達する前に「それ」が起きた。第二連合艦隊主力の発見とソーラ・システムの照射である。

 いかなる状況により第二連合艦隊主力がジオン側に発見されたのかを明確に記述した資料は存在しない。よって断定は避けるが、展開が終了しつつあったソーラ・システムが目を引いたものと考えるのが自然だろう。巨大な反射鏡を400万枚以上組み合わせたのがソーラ・システム本体である。それまでは偽装・隠匿してジオン側の目に付かないようにしていたとしても、いざ使用するとなれば否応なく偽装を解き広範囲に反射鏡を展開せねばならない。目立たない訳は無いだろう。
 第二連合艦隊主力を発見した宇宙攻撃軍司令部は狂喜した。12月2日以降、戦力保全の名の下に耐え忍んできた彼らは遂に勝機を見出したのである。彼らは直ちに周辺に有った衛星ミサイルを第二連合艦隊に向けて射出すると共に、戦艦「グワラン」を中心とする艦隊を総反撃第一波として出撃させた。しかし、彼らが見出した勝機は幻想に過ぎなかったのである。
 第三艦隊は「会敵後、最低15分間敵を拘束する」ことを厳命されていた。それ故、第三艦隊は半ば無謀な単独攻撃を敢行したのであるが、この15分こそソーラ・システムの展開に必要な時間だったのだろう。そして、これはジオン軍が第二連合艦隊主力を発見する事無く第三艦隊と交戦を開始した時点で達成されていた。ジオンMS部隊との会敵からきっかり15分後、18:50時にソーラ・システムがソロモンに向けて照射されたのである。

 ザーン宙域からまっすぐ伸びた光の奔流は進路上に在るあらゆる物を薙ぎ払い、蒸発させた。一般にはソロモン本体への直接照射とそれによる第6ゲート消滅が有名だが、実際にはソーラ・システム照射は三分間に渡って行なわれており、焦点をずらしながら一帯を掃射してザーン宙域正面、第二連合艦隊の予定侵攻路に在るジオン側防衛網をズタズタに引き裂いていた。特に第二迎撃ラインに在った浮遊砲台群は壊滅的打撃を受け、ジオン軍が想定した決戦プランはここに脆くも破綻してしまったのである。
 その頃グワラン隊は既に第二連合艦隊主力と交戦を開始していた。しかし、彼らは第二連合艦隊を撃破するには戦力として余りにも少なすぎた。本来はこれ以降も第二派、第三派と波状攻撃が続く筈だったからである。しかし後続部隊は遂に現れなかった。

 ソーラ・システム照射による直接の損害はそれ程でもなかったが、それでも第二連合艦隊に向かった衛星ミサイルは全滅し、第6ゲートに繋留されていた艦艇がゲートもろとも消滅するなどの被害が出た。が、一番の問題はジオン軍司令部の極度の混乱にあった。
 ジオン側はソーラ・システムの存在を全く把握しておらず、この時点では大規模なレーザー攻撃と判断していた。また、各防衛ラインの指揮及び連絡網の寸断が酷く、被害状況の確認に手間取った事も混乱に拍車を掛けていた。この状況では各部隊の掌握すらままならず、グワラン隊に続く反撃第二派の出撃は見送られてしまう。またしてもジオン軍は勝機を見逃してしまったのである。そしてこれ以降、彼らに勝機が訪れる事は二度と無かった。
 グワラン隊は進む事も退く事も適わない状況に陥ってしまった。後続が続かなかったのは仕方が無いにしても、グワラン隊に対する後退命令までもが出されなかったからである。当然の帰結としてグワラン隊は第二連合艦隊の圧倒的戦力の前に徐々に飲み込まれていった。これ以後のグワラン隊に付いて詳述した資料は見つかっていない。グワラン隊は最後の一艦に至るまで勇戦、全滅したと思われるが、その最後の状況は現在も不明のままである。
 混乱の中、状況確認に手間取っていた宇宙攻撃軍司令部であったが、状況を把握するにつれて彼らは愕然とした。今やソロモンと第二連合艦隊の間には何ら障害となるものが存在しなかったからである。既に艦隊による総反撃は中止命令が出ていたが、それは結果的には正しかったかもしれない。ジオン軍司令部は崩壊した防衛線の穴埋めに必要な戦力を直ぐにも用意せねばならなかった。温存されていた艦隊は反撃ではなく防衛の為に用いられる事になったのである。しかし、それは来るべき破滅の先延ばしに過ぎなかった。

 19:10時、第二連合艦隊はソーラ・システムの戦果を確認すると、直ちに主力部隊の突入を開始した。この時ソーラ・システムの照射痕はそのまま第二連合艦隊の侵攻路となった。主力部隊艦艇は砲撃を加えながら前進、同時にMS部隊を発進させソロモンに迫った。
 対する宇宙攻撃軍は第二連合艦隊正面の第二防衛ラインに艦艇を集結させつつ、MS隊をもって第二連合艦隊の迎撃を企図した。だがしかし、艦艇はともかく、MS隊の多くは第三艦隊と交戦中であり、直ぐに差し向けられるMSの数には限界があった。第二連合艦隊もまたMS隊を展開させつつあり、迎撃に向かったジオンMS隊は殆んど阻止されてしまったのである。結果的に泥縄となったこの迎撃戦は殆んど効果を挙げる事無く終息してしまう。
 それでも一部のMS隊は第二連合艦隊前衛を突破し本隊に到達している。彼らはそこでソーラ・システムを攻撃し一部機能の破壊に成功(註29)するものの、衆寡敵せず突入MSの殆どは未帰還となった。そしてこれがソロモン攻防戦に於けるジオンMS隊唯一の戦果らしい戦果であった。
 この時点で先に突撃したグワラン隊は壊滅し、他のジオン軍部隊も奔流の如き連邦主力部隊を押し留める事は出来ず壊乱状態であった。ここでジオン軍司令部は大きな決断をする。即ち第二防衛ラインを放棄したのである。

 ソーラ・システムにより第二防衛ラインを中心とした防衛網は既に半壊状態であった。実態としては既に機能停止していたと言っても良いだろう。こうなると第二防衛ラインでの迎撃は効果を発揮しない。ジオン軍は早々に予備戦線を使用せねばならない所まで追い込まれてしまったのである。
 この場合、本来は第一防衛ラインが予備戦線として機能する筈だった。しかし、ここでジオン軍は予想外の行動に出る。戦力を第一防衛ラインでは無く更にその後方、ソロモン本体に張り付かせるように展開する挙に出たのである。
 もともと第一防衛ラインは第二防衛ラインと比して決して強固とは言えず、尚且つソーラ・システムによる被害も等しく蒙っている。故に、防衛線としての機能不全は第二防衛ラインと大同小異、むしろ能力としては劣位にあるだろうと判断されたのである。よって宇宙攻撃軍司令部は戦線を一挙に引き下げソロモン本体に全戦力を結集、戦力の密度を高める事により局所的な優勢を確保しようと企図したのである。
 この判断自体は正しかったが、ソロモン本体を用いての水際迎撃はやはり賭けであった。既に前線に展開している兵力を後退させるだけでも難事であったし、なによりこれでジオン軍は完全に包囲される形となるのは明白である。まさに背水の陣であった。
 19:30時、後退命令を受けたジオン軍は逐次後退を始めた。当然ながら連邦軍はこれを好機と捉え全面攻勢に討って出る。特にRGM-79を中心とするMS隊はジオン軍を猛追して多大な戦果を挙げた。これは経験の浅い連邦MS隊としては想像以上の戦果と言えた。もともと本作戦での連邦MSは防空任務と浮遊砲台の無力化、次いで作戦最終段階でのソロモン制圧を目標としており、斯様戦場の主役に踊り出たのは彼らにとっては嬉しい誤算であった。
 逆にジオン軍MS隊としては、さしたる戦果を挙げる前に後退命令が出された訳であり、彼らにとっては不愉快な流れであったろう。が、双方の思いはすぐに砕け散る。ジオン軍部隊の急速な後退とそれに伴う連邦軍の急進。文字に直せばこれだけだが、その過程ではやはり多くの問題が噴出したのである。

 まず連邦軍の側はMSの前進速度に艦艇が追随できず、相互の支援が物理的な距離でもって寸断される事になった。これにより連邦艦隊の頭上は事実上がら空きになった上、MS隊が密集してソロモンへ突入を開始し、そのままジオン守備隊との乱戦を開始した為、これに対する火力支援もままならなくなってしまった。これらは由々しき問題であったが、現実として戦況は連邦軍有利であり、ジオン軍MSの艦隊空襲ももはや有り得ないとの楽観的な見通しから、特に対応策がとられる事はなかった。結果、ソロモン攻防戦最終段階で第二連合艦隊は手痛いしっぺ返しを受ける事になるのだが。
 これら急速前進による侵攻側の混乱は過去の戦史に幾度も垣間見る事が出来る。宇宙攻撃軍の大胆な戦線引き下げは、あるいはこれを狙った側面も有るのかもしれないが、現状では憶測でしかない。
 一方の宇宙攻撃軍は後退の間に予想以上に多くの戦力を失ってしまった。元々戦線後方に配置されていた艦艇群はまだましであったが、既に前線で連邦軍MSと死闘を繰り広げていたMS隊にとっては、後退こそ難事だったのである。ジオン軍MSは追い縋るRGM-79を振り払いつつ、甚大な出血を強いられながら後退を続けた。ソロモン攻防戦に於ける両軍のMS戦撃墜比率はジオン三に対し連邦一であるとの説があるが、以上の状況から明らかなように妄言の類と評するのが妥当であろう。錬度の優劣は要因の一つ足り得ても、決定的な原因とはなり得ないのである。
 結局ジオンMS隊はソロモン本体に後退して一息つく頃には、大損害により組織的戦闘がほぼ不可能な状態に陥っていた。これ以降のジオン軍MSはソロモン本体内部に分散篭城して連邦軍MSを迎え撃った。これはこれで連邦軍にとって厄介であったが、MSをこの様な一種の塹壕戦に用いるようでは状況の打開は望めないのも確かであった。
 これでは艦隊と合同しての反撃など到底不可能であり、MSの支援無しでの艦隊行動も考えられない以上、ソロモン防衛部隊の能動的な行動は封じられたも同然である。この瞬間、ソロモン攻防戦の勝敗が決定した。これは宇宙攻撃軍の運命が定まった瞬間でもある。


 数々の問題を内包しつつも一連の追撃戦は続き、20:20時には遂にソロモン本体に連邦軍MSが侵入を開始した。ただし、これも統制された行動とは言えず、第二連合艦隊司令部は錯綜する状況を掴みかねていた。とりあえず第三艦隊所属のMS隊に第二連合艦隊所属MS隊との合流を命じた他は戦況の進行を見守る他無かったのである。
 連邦MS隊はソロモンに侵入したものの、網の目の様に構築された坑道は迷宮そのものであった。ジオンMSは地の利を活かして頑強に抵抗、今度は連邦MSが多大な出血を強いられた。とはいえ全体的には連邦側が主導権を握っている事に変わりは無く、連邦側はこの苦戦を「一時的な戦況の停滞」と認識していた。事実その通りであり、宇宙攻撃軍司令部は刻一刻と悪化する戦況を前に、今やソロモン決戦は破滅に向かいつつあると理解していた。
 多くの戦力を失ったとはいえソロモンへの後退自体は成功し、急進撃により一種の混乱状態となった連邦軍に対し、戦線を整理したジオン軍は一時的に態勢を建て直し果敢に反撃を加えていた。が、それも時間の問題で、遠からず全戦線が崩壊すると宇宙攻撃軍司令部には絶望感が広がっていたのである。
 20:25時にグラナダから第七師団がソロモン救援に出撃していたが、それが到着する頃にはソロモン陥落はおろか全滅も不可避な状況であった。ここに至りジオン側司令官ドズル・ザビ中将はソロモン放棄、残存戦力の脱出を決断する。
 とは言え既にソロモンは連邦艦隊に包囲され、その内部では双方のMS同士が戦闘中という切迫した状況下である。いざ脱出するとなれば結局艦隊が主役であり、その艦隊が包囲網を突破するには全戦力を結集して一点に穴を開けるしかない。ジオン軍司令部は目的こそ違えど、結局は艦隊による突撃を決行するとしたのである。
 しかし、この時点でジオン艦隊は4分の3が撃沈・あるいは行動不能になっており、全戦力の投入は当然として、突破地点に突入タイミングどちらを見誤っても脱出は失敗に終わるのは間違いなかった。また、連邦軍としても残存ジオン軍の脱出阻止を図るのは明白であり、これへの対処が必要不可欠だった。この時切り札とされたのがビグザムことMA-08(註30)である。

 ソロモン攻防開戦直前になって漸く完成したMA-08は強力なメガ粒子砲とビーム兵器に対して絶大な防御力を発揮するI・フィールド(註31)を搭載していた。宇宙攻撃軍司令ドズル・ザビ中将はこの機体をもって突破口を開く為の衝角にして囮にする作戦を採り、自らMA-08に乗り込む事を決断する。彼は作戦が成功しようが失敗しようがこれが宇宙攻撃軍最後の組織的行動になる事を理解しており、全戦力を残らず叩き込む本作戦に於いて自らが陣頭に立つ覚悟を固めていたのである。
 宇宙攻撃軍司令部は僅かに残った予備MS隊と第一次迎撃から生還したガトル戦闘爆撃機を突破戦の先鋒として指名した。言うまでもなくこれは決死行である。ある意味貧乏くじを引いた彼らに詫びる気持ちも有ったのであろう、ドズル司令はこれらの部隊に自ら直接命令を伝達すべく赴いている。
 ソロモン放棄が全軍に下令されたのは20:40時の事とされる。この命令は司令部の脱出準備と並行して行なわれ、最後の命令は様々な経路で各部隊に伝達されていったが、多くの部隊は連邦軍部隊と交戦中であり、通信・命令系統の混乱もあって命令を受領できない部隊も多かった。彼らの多くはそのままソロモンと運命を共にする事になる。
 実際にはソロモン放棄発令の前にドズル中将はMA-08に乗り込み出撃、ソロモン内部に侵入した連邦MS部隊と交戦している。よって全軍撤退の命令はMA-08上から発信されている。既にこの時はMA-08もソロモン坑道内で連邦MSと戦闘中であった。MA-08は純然たる拠点攻撃用重MAであり、MSのような小型機動兵器との戦闘は不得手であったが、狭い坑道内で交戦した事が有利に働いた。空間面積が限られ御互いに回避機動の取り様がない坑道では、圧倒的な火力と防御力を併せ持つMA-08がその真価を発揮したのである。
 MA-08の大型メガ粒子砲は一撃で数機のMSを蒸発させ、逆にRGM-79のビーム・スプレーガンは全く打撃を与えられなかった。MA-08の戦闘力に自信を持つと同時にMA-08の攻撃がソロモン自身に深刻なダメージを与えている事を認識したドズル中将はソロモンより出撃、その矛先を第二連合艦隊本体に向け先に出撃したMSやガトル隊の後を追った。
 ドズル中将はあらためて全軍撤退の信号弾を打ち上げると、同乗する部下をも脱出させた。信号弾に応じる形で残存の巡洋艦を中心とする宇宙攻撃軍艦隊は突進を開始、第二連合艦隊主力とは反対方向へ向かった。第二連合艦隊は先に出撃したジオンMS隊やガトル隊への対処に追われており、脱出を開始したジオン艦隊に即応する事が出来なかった。第二連合艦隊司令ティアンム提督はこれに対し、ソーラ・システムを用いての攻撃を試みた。ソーラ・システムはジオン側の攻撃により損害を受けていた事もあり、60%の確立しか望めない(註32)とされたが、ティアンム提督は攻撃を決行。ソーラ・システムは脱出中のジオン艦隊を直撃し、今度こそ宇宙攻撃軍は壊滅する。これ以降も残存部隊の脱出は続くものの、それは統制された行動とはならず大部分が連邦追撃部隊によって撃破されていった。
 ドズル中将がこれらの状況を正確に把握していたかは不明だが、彼の駆るMA-08は第二連合艦隊本隊に直進、進路上の連邦艦艇を次々と血祭りに上げていた。この時、第二連合艦隊の各艦艇は突進するMA-08に相当数の対空砲火(註33)を命中させている。が、サラミスの主砲はMA-08のIフィールドを貫通できず、各艦艇が装備する対空機関砲はお互いを支援するには射程が短すぎた。ティアンム提督はMA-08が何らかの対ビーム装備を搭載している判断、全艦にミサイルでの迎撃を指令するが、それが結果を出す前に第二連合艦隊総旗艦「タイタン」をMA-08のメガ粒子砲が捉えたのである。
 岩殻ごとジャブロー地下施設を刳り貫くべく設計されたメガ粒子砲は、戦艦の厚い装甲をも容易に貫き「タイタン」は轟沈、第二連合艦隊司令官ティアンム提督は壮絶な戦死を遂げた。
 ティアンム提督は一年戦争開戦時から一貫して連邦宇宙艦隊を指揮しブリティッシュ作戦阻止や宇宙軍戦力再編時など、苦しい戦局を支えてきた名将である。それが連邦勝利を目前としたこの日この時に最後を迎えてしまったのである。一年戦争の決着を見届ける事適わなかった彼の心中や如何許りであったろうか。が、そのティアンムを討ち取ったドズル・ザビも大して間を置かずに彼の後を追う事になる。彼もまた遊撃部隊として第三艦隊と共に参戦していたWB隊所属、RX-78-2によってMA-08を撃墜され戦死したのである。21:15時の事であった。


 指揮官が共に斃れても両軍の戦闘がそのまま終結する訳ではなく、ソロモンの内部でも周辺でも戦闘は続いていた。だが戦局そのものは連邦軍絶対優勢であり、ジオン側の抵抗は散発的で連係を欠き、徐々に鎮圧されていった。が、絶望的な状況下にあっても僅かながら脱出に成功した艦艇もあった。ドロス級大型空母「ドロワ」もその一艦である。
 混戦の中、辛うじて脱出に成功したジオン軍艦艇やMSは逐次集合し、寄り添うようにして艦隊らしきものを形成しつつあった。何はともあれ合流して「群れ」としての防御力を高めようとしていたのである。そしてその中には「ドロワ」の姿もあった。蛇足であるが、この時点ではいまだ儀装も完了してなかったとも云われる。
 宇宙攻撃軍残存艦隊はア・バオア・クーへ落ち延びる事を目指していたが、連邦艦隊の追撃を受ける事は必至である。現状では連邦艦隊も損害と指揮系統の回復中であり追撃も一段落していたが、遠からず艦隊を再編して猛追してくるだろう。ジオン残存艦隊は当然ながら無傷の艦ばかりではない。損傷艦や兵士を満載した輸送艦などは速度を出せず、このままでは追撃艦隊を振り切れず全滅も有り得る危機的状況であった。
 残存艦隊は使い古された手ではあるが殿軍を置くことにした。生き残ったMSは臨時に組み合わされ部隊を結成した。艦艇の多くは脱出した兵員を抱えており、殿軍の主力はMSにせざるを得なかったのである。この時、MSの多くは「ドロワ」を基点として連邦追撃艦隊に備えた。「ドロワ」がそれだけMS母艦として優れていた為であろう。

 日付が変わって12月25日。連邦軍はソロモンに入城しこれを「コンペイトウ」と改称、同時に第三艦隊を追撃艦隊としてソロモンを脱出したジオン残存艦隊の追撃に向かわせた。ソロモンに篭る残存戦力の掃討と指揮官を失った混乱に時間を取られ、24日内の追撃艦隊発進を見送った第二連合艦隊はその遅れを一挙に取り戻そうと第三艦隊を丸ごと残存艦隊追撃に充てたのである。第三艦隊は猛然と追撃を開始し、同日中には「ドロワ」を先頭に必死でア・バオア・クー方面に遁走する宇宙攻撃軍残存艦隊と接触、直ちに攻撃に入った。
 が、接触を焦り充分な戦闘隊形を取るのを怠った為であろうか、殿軍のMS隊必死の抵抗により第三艦隊は大損害を蒙り、その追撃速度は一挙に鈍ってしまった。特にアナベル・ガトー大尉(註34)はMS-14Hを駆り縦横に活躍、連邦艦艇8隻を沈めるという大戦果を挙げた。思わぬ抵抗と損害に驚いた第三艦隊は追撃を中止、残存艦隊は虎口を脱し、ア・バオア・クーに辿り着く事に成功する。錯誤と不運の続いたジオン軍にとってこの脱出劇はソロモン決戦唯一と言ってよい明るい話題であった。
 が、敗走中の艦艇の中には友軍との合流に失敗し、そのまま単艦もしくは極少数のグループで行動を続けた者も少なくない。それらの殆どは追撃艦隊により敢無い最期を遂げていのもまた事実である。これら散り散りとなって各方面に逃走、潜伏したソロモン残存戦力と連邦軍追撃艦隊の戦闘はこの後も断続的に続き、それは12月29日になって連邦第一連合艦隊がア・バオア・クーに向けソロモンを出港した時点でも続行されていたのである。
 また、グラナダを出撃した突撃機動軍ソロモン救援艦隊はソロモン陥落の報を受けて直ちにグラナダに帰還し、ソロモン陥落直後に現地に到着、連邦艦隊に攻撃を行なったシャア・アズナブル大佐のザンジバル隊及びMAN-08も局所的な戦果を挙げたのみで戦局には何の影響も及ぼさなかった。既に戦争の焦点は次の段階に移っていたのである。


ソロモン決戦における両軍の主な損害は以下の通りであった。

連邦軍:戦艦24隻中12隻大破・撃沈、巡洋艦121隻中28隻大破・撃沈、MS5200機中約2000機が未帰還、突撃艇280隻中約220隻が未帰還。
ジオン軍:戦艦三隻全艦損失、巡洋艦48隻中36隻大破・撃沈、MS3400機中3000機以上が未帰還、戦闘機580機中300機以上が未帰還、突撃艇88隻はほぼ全滅。


 こうしてジオン軍が全てを賭けたソロモン決戦の幕は閉じた。ジオン軍は勝利の為に用意したあらゆるものを失い、連邦軍はそれら全てを粉砕した事により一年戦争を勝利する権利を獲得したのである。
 ジオン公国、特に国防軍指導層の衝撃は大きく、既にデギン公王及びダルシア首相から打診の有った終戦工作に急速に傾倒していく事になる。が、ジオン公国にはいまだ敗戦を認めない者も多かった。そしてその代表格が国家最高指導者であったのが更なる悲劇の呼び水となったのである。

 

 

 

終章・総括

 


 先述してきた事の繰り返しとなるが、ソロモン決戦は両軍にとって実質的に一年戦争の帰趨を賭けた戦いであった。ここでの勝敗が戦争そのものの勝敗である事を両軍は理解していたのである。
 その上で両軍は決戦準備を進めたのだから、その投入戦力は一年戦争を通じて最高レベルのものになるのは自然であろう。が、それでも第一連合艦隊を丸ごと予備にするだけの余裕があった連邦軍の優位は動かなかったのである。

 戦術面から見れば両軍ともに反省点の多い戦いであった。 連邦軍としては自軍MSの威力を確認できたのは評価されたが、攻防戦後半に艦艇との連係を欠いた運用になってしまったのは大きな反省点であった。これが為に連邦軍は第二連合艦隊司令官ティアンム提督を失うという高価な授業料を支払う羽目となっているのである。
 「タイタン」を撃沈したMA-08は「白い悪魔」ことRX-78-2により撃破されたが、元々MA-08には満足な対空兵装が無く、RX-78-2でなくともある程度のMSないし戦闘機からなる艦隊直援機の護衛があれば「タイタン」の喪失は避けえたであろう。MSの運用法は別として、艦艇と航空戦力の有機的活用に於いてはジオン軍を遥かに上回るノウハウを持つ連邦軍としては大きな失点であった。
 また、攻防戦末期に要塞内で行われたMS同士の白兵戦において多大な損害を蒙ったことも問題視された。狭い坑道での戦闘は殆ど一騎打ちと変わらず、機体性能と搭乗員の技量がもろに結果に影響する。期待性能ではともかく、搭乗員錬度では大幅に遅れをとる連邦MS部隊にとって、斯様な戦闘は荷が重いというのが客観的事実であった。
 これに対する地球連邦軍の解答は単純明快であった。要塞突入MSにはできるだけ高性能MSを用意する事としたのである。錬度については解決のしようが無い以上、他に選択肢も無かったのであるが。


 一方のジオン軍であるが、戦力不足が根本にあるとはいえ、攻防戦開始に至るまでの情報収集の遅れはやはり看過できない問題点である。敵情が不明なままでの作戦立案は困難を極めたし、連邦軍のアクションに対するリアクションも遅れ続け、その内容も必ずしも適正なものではなかった。
 また、ソロモン決戦の根幹となった要塞戦に於いても、ジオン軍が期待したほどの効果は遂に発揮されなかったと言うべきだろう。連邦軍の対要塞兵器の投入がジオン側の意図を挫いた面も大きいのであるが、地球連邦軍の対要塞戦術自体は極めて単純で古典的なものであり、例えソーラ・システムやビーム撹乱幕の投入が無かったとしても恐らくは結果は変わらなかったであろう。連邦軍が投入した対要塞兵器は攻略の効率を上げる事は有っても、その基幹戦術を変えるには至っていないのである。
 MSに傾倒していたジオン軍は「艦隊」という存在が持つ真の戦力的意味を見誤っていたのかもしれない。浮遊砲台群の持つ火力は極めて大きいのは事実であり、それの破壊・無力化が困難なのもまた事実である。しかし自らが機動力を持たない以上、それはあくまで「防御力」の範疇に位置すべきものであり、今回のように敵艦隊撃滅を目的とした場合、敵軍の意図や行動次第でその価値は上がりもすれば下がりもする。実際のソロモン戦でも第二連合艦隊は極力浮遊砲台群と正面からぶつかるのを避けており、ジオン軍が企図したような形で戦力を消耗させてはいないのである。

 結果論ではあるが、ジオン軍が建設した宇宙要塞の類はその労力に見合うほどの価値が有ったとは言い難く、可能であるならばそのリソースを他に投入すべきであったかもしれない。言うまでも無く、宇宙空間は360°あらゆる方向からの敵襲が考えられる。つまりそれらすべて、全周囲に対して備えを固めねばならない。地形等を利用して、敵軍の侵攻方面を限定した上での防衛が出来る地上要塞に対し、ソロモンのような宇宙要塞は数倍いや数十倍の労力が必要なのである。
 とは言え、こういった火点類は艦艇の建造と比べれば遥かに容易であり、「無いよりは有った方がまし」というのも真理である。要は状況次第という事なのであるが、その状況の見極めが困難なのも事実である。何より当時のジオン軍に代替案が有ったかと問われれば首を振るしかない以上、ソロモン決戦を反省するのは可としても否定するのは少々酷であろう。
 どちらにしても、両軍がその反省を活かす前に次の決戦が始まってしまったのであるが。

 が、いわゆる「宇宙要塞」が費用対効果の面でメリットが薄いという認識は各陣営に戦訓として伝わったようで、ソロモンやア・バオア・クーのような本格的な要塞で一年戦争以降に建造されたものは皆無(註35)である。ソーラ・システムやコロニーレーザー等の大規模破壊兵器がこの後も開発・運用され続けることになったのとは好対照であった。
 ゼダンの門(旧ア・バオア・クー)やコンペイトウ(旧ソロモン)、アクシズなどはいずれも艦隊泊地や工廠としての機能は有していても、ソロモンのような複郭陣地やトーチカを備えてはいない。いつ攻めて来るか分らない敵に備えて要塞を整備する位なら巡洋艦の数隻でも建造した方が使い勝手が良いという訳である。只でさえ莫大な予算を必要とする宇宙軍である。特に連邦軍は平時に於いては必要最低限の予算しか認可されない訳で、艦隊の維持が精一杯というのが本音であろう。

 こうしてみると、一年戦争前後の連邦とジオンの熾烈な軍拡競争が要塞としてのソロモンやア・バオア・クーの存在を許したとも言えるだろう。代替できる戦力を用意できればそもそも要塞など必要ないのであるが、代替どころか全ての戦力が連邦軍と比して圧倒的に劣るジオン軍としては少々の不合理には目を瞑って、ありとあらゆる戦力整備を行わざるを得なかったのである。持たざる者故に、より大きい存在との対立の中でより非効率な手段を用い、結果として更に困窮する。
 かつて多くの国が辿った路をジオンもまた辿ってしまったという事だろう。

 

 

おわりに


 ソロモン決戦の失敗によりジオン公国の勝利は泡沫と消えた。
 ジオン軍内部にはグラナダ、本国、ア・バオア・クーなどにいまだ相当数の戦力が健在な以上、それらによる徹底抗戦を唱える者も多かったが、現実問題としてそれは夢想に過ぎなかった。
 全力を注いだソロモン決戦以上に条件を整えた作戦などもはや臨むべくもない。現にア・バオア・クー攻防戦ではグラナダより来援した突撃機動軍艦隊がそれを果たす事無く連邦艦隊に捕捉され壊滅している。勝利はおろか、ジオン軍は統合的な部隊運用すら不可能になりつつあったのである。

 それにも拘らず彼らは戦争を終える事が出来なかった。組織としての機能不全が頂点に達し、腐敗著しいジオン公国にもはや正常な判断力は残されておらず、鈍化した感覚を呼び覚まし、全てを清算する為には更なる決定的敗戦、つまり生贄が必要だった。そして多くの生贄を捧げるにはやはり戦場が最適だったのである。
 連邦・ジオン共に、これで戦争が終わると確信し勝利を望んだソロモン決戦。しかし期待は裏切られ、決着は次の戦場に持ち込まれた。そして分かりきった結論を確認する為だけに両軍は矛を交える事になったのである。

 ソロモン決戦から6日後、最後の決戦の地に両軍は集結した。戦場の名はア・バオア・クーであった。

 

 

<了>

 

付録・ソロモン戦概略図

 

註はこちらを参照してください。

 

文献資料

『機動戦士ガンダム 戦略戦術大図鑑〜1年戦争全記録〜』 バンダイ エンターテイメントバイブル
『MSVコレクションファイル[地球編]』 講談社
『MSVコレクションファイル[宇宙編]』 講談社
『講談社ポケット百科シリーズ32モビルスーツバリエーション1ザク編』 講談社
『ガンダム公式百科事典』 講談社
『データコレクションA機動戦士ガンダム〜一年戦争編〜』 メディアワークス
『データコレクションB機動戦士ガンダム〜一年戦争外伝』 メディアワークス
『データコレクションH機動戦士ガンダム〜一年戦争外伝2』 メディアワークス
『ガンダムメカニクス@〜F』 ホビージャパン
『ジオン新報 秘匿された記録』 一年戦争史編纂委員会

ゲーム
『機動戦士ガンダムSS』 バンダイ
『ギレンの野望SS版』 バンダイ
『ギレンの野望PS版』 バンダイ
『ガンダムバトルオンライン』 バンダイ
『FORTRESS』 ツクダホビー

映像作品

『機動戦士ガンダム』 サンライズ
『映画版機動戦士ガンダムT・U・V』 サンライズ

本稿を執筆するにあたって上記及び他の資料を参考に致しました。

 

 

 

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