

今回、正月休暇を利用して数年ぶりに北海道は小樽市に帰省する事になりました。
小樽は寿司、運河などの観光で知っている人も多いと思いますが、昔は「にしん漁」で栄えた港町でした。石川啄木が新聞記者時代を過ごした事でも有名です。
近年では石原裕次郎などが有名ドコでしょうか。
町並みは古い石造りの倉庫、洋風の建物なんかが多く見られます。又、坂が多く「船見坂」「地獄坂」などの名称が付いている坂も多いです。
小樽に帰省しよう
飛行機で羽田から千歳空港へ。
約1時間半の空の旅です。お茶飲んで、機内の情報誌読んでる内に・・ほらほら、北海道の雪景色が見えてきました。
「あれ?思ったほど雪無いな・・・」
・・・実は僕が帰る前日、季節外れの雨が降って雪が溶けてしまったとの事。・・・べちゃべちゃの雪、嫌いなんだよなぁ

迎えに来てくれた妹の車で小樽へ。
懐かしい「縦型の信号機」が見えてきました。
なんで「タテ」なのかは理由は知りません。雪が積もる面積を少なくするとかそういった関係でしょうか?
縦型信号機がお出迎え
次の日朝から小樽市内を久々に歩いてみようと思い、さっそくマフラーを首に巻いて、カメラ片手に出発しました。
まず小樽駅の近く、「三角市場」の裏手に車を駐車しました。
小樽は市場が多く、三角市場、中央市場、みょうけん市場・・・など多くの市場が有ります。
三角市場はその名の通り、三角地帯のスロープを利用した市場で、市場の中は傾斜になっています。
「お兄さん、カニかい?」の掛け声をくぐり抜け、市場出口へ。



小樽駅(斜め横カット)
三角市場の外見と中身。カニ・鮭などの海産物がひしめき合ってる
第一章:正月休みで帰郷となった(羽田〜中央市場)
市場を出ると左手には「船見坂」が見えます。その名の通り坂の上に行けば港に停泊している船を見る事が出来るくらいの急坂です。僕にとっては、この坂を毎日登って中学に登校していた思い出の坂でもあります。
この坂は、「初雪の日」には、まだタイヤを履き替えて無い車が、横滑りで降りてくる。と、いう危険な坂でもありました。うっかり友達が轢かれた事もありました。
しかし最近ではロードヒーティングも入れられて、すっかり道路の雪も無くなり、そんな心配も無さそうです。

友達が轢かれた「船見坂」
そして右斜め前には「中央市場」が有ります。どちらかというとコチラのほうが日用品を多く置き、本来の「市場」に近い気がします。
中は数十年前とあまり変わっておらず、懐かしい気がしました。

昔ながらの「中央市場」
第二章:胃袋を満たしに出発! (西川ぱんじゅう〜ダールらーめん)
ここらで少し小腹が・・・いや大腹が空いてきたようです。
「なんか食べに行こう。」と僕が向かったのは都通り。
本当はラーメンでも食べようと思って、アーケード街「都通り」をただ抜けるだけのつもりでした。そこで目に入ったのが「ぱんじゅう」。
「ぱんじゅう」・・・聞きなれないかも知れませんが、僕にとってはかなり懐かしい食べ物です。
小学生の時には、ここのぱんじゅう屋のおじいさんが店の中から僕らを見つけると「おいでおいで・・」と手招きして1人に1つぱんじゅうをくれたものです。
そのおじいさんも今は亡くなり、息子さんが後を継いでいるようです。


店構えは昔のまま「西川ぱんじゅう」
ホットケーキより少し固めの生地で、あんこを「たこ焼き」みたいに包んで焼いた「ぱんじゅう」。
中のあんこが熱々でヤケドに注意
調子に乗って少し先に有る「あまとう」へ向かいました。
「あまとう」は昔から小樽に有るパーラーといった感じの店。昔、ここのアイスは最高に美味かったのだが、数年前に一度食べた時にすっかり味が変わっていたので今回はプリンアラモードを食べました。
雪の日のアイスも悪く無いもんですよ。

昔、お店ごとケーキを買い占めたかった「あまとう」
大人になった今、実行する気はありません
さて、いよいよ本命のラーメンへ。僕が向かったのは「八珍亭」
ここには塩でも醤油でも、味噌・とんこつでもない「ダールらーめん」が有ります。学校帰りによく来ていたのですが、なんだか急にあのトロッっとしたスープのラーメンが食べたくなって来てみました。
久々の感想は・・「う〜ん。やっぱ、何のスープなのか解らないけど悪くないなぁ」でした。味は好みによりますね。少し辛いです。

八珍亭の看板メニュー「ダールらーめん」
d第三章:名所・旧跡をぼんやり訪ねてみる(旧手宮線〜小樽運河)
お腹もいっぱいになった所で、散歩してみようかな。と思い、港の方にゆっくり歩き始めました。
少し坂を下ると通称:寿司屋通りが有り、そこに錆びた線路がポツンと有ります。その線路は「旧手宮線」のものです。
手宮線は日本で3番目に開通した古い鉄道です。日本の発展期に石炭を運び続け、役目を終えた今は古い錆びた線路だけがひっそりと昔の面影を残すのみです。

使われていない線路上には雪が多く残っており、この日確認できたのは案内板と所々に顔を出すくらいの線路のみ
旧手宮駅は今は「鉄道記念館」となっている。
日がかげり、少し寒くなってきたので手袋を購入。軒先のつららも寒さを演出する


手宮線に沿う様に、道を左に折れ進んでいくと「旧日本銀行小樽支店」が有る。
あまりなじみが無いのだが(いつも目にしてはいたが、銀行なんて興味が無かった)どうやら博物館の様になっており・・しかも無料。これは入ってみるべと思い、中へ。
入って少し驚いた。中は古いながら、相当に立派だ。なんでも設計者は「東京駅」と同じ人だそうだ。
中には色々な資料が有り、「旧日本銀行資料館」と「お金博物館」を複合させている。
案外見るものも有り、結構楽しめた。
「もしもお金が無い世界だったら・・」なんて仮想の展示物も有った。Tシャツの値札に「米5合」なんて書いてあって、ちょっぴり笑ってしまった。




旧日本銀行小樽支店外観
立派な銀行時代の
カウンター
切り刻まれた「1億円」。
なんという・・・
色々な展示物が有る
そして、そのまま坂を降っていくと小樽運河に出る。
小樽運河は大抵の人は知っている。小樽の位置は知らない人でも、写真を見せれば「ああ・・小樽運河ね。知ってるよ」と言うくらいだ。
実はこの運河、10数年前に改築されたものだ。僕が子供の頃の運河は汚くて臭い、ヘドロの運河だった。風向きによっては町中が臭くなったりする程だった。改築バンザイである。
今や超が付くほど有名になった運河だが、地元の人の中には「あんなの本当の運河じゃないよ」とやっかみ半分で言う人も居る。
色々な意見も有る様だが、僕はこれで良かったんじゃないかと思う。
昔の建物をノスタルジックに浸りながら眺めるのも悪くない。
むしろ僕も嫌いじゃない。ただ、今や「旧跡」と呼ばれる建築物達も当時は便利さや、新しさを求めて建てられたものがほとんどなはずだ。
歴史有る建物を残すのと、便利さ・新しさを求める改築。それを混同してはいけないのじゃないか?と、この日運河を見ながらぼんやり考えた。




小樽運河。友達が酔っ払って柵に刺さった事が有る、思い出のスポット
石造りの倉庫が並ぶ
なんと!人力車まで
出てるとは・・・
次々に倉庫を改造して新しい店が出来ている
これは「小樽運河食堂」小樽のラー博だ。
番外編:ああ。。なつかしの銭湯は今は・・(滝の湯温泉、柳川湯)
狙った訳じゃないのだが、街をうろうろしている間に懐かしい銭湯と再会した。僕が小樽で行ってたのはほとんどが「柳川湯」。僕も柳川通り商店街で産まれて、16歳までここで育ったのだから必然的に同じ商店街に有る「柳川湯」にほぼ毎日行っていた。
おまけに柳川湯は同級生の家でも有り、銭湯の舞台裏(ボイラー設備など)もバッチリ見せてもらっていた。
後は「デンキ湯」・・・・「デンキだから熱い」と訳の解らない噂が有った。
「朝日湯」・・・・叔母の家に行くと、朝日は定番だった。水風呂で競争して倒れた思い出有り。
「だるま湯」・・・・繁華街の近くに有り、夜に行くとちょっと冒険した気分になれた。
「松ヶ枝湯」・・・・ウチからは「ちょっと銭湯行ってくる」の範囲を超えていた。
「滝の湯温泉」・・・・柳川湯に飽きた時の定番。第2のホームグラウンド。
「旭湯」・・・・親戚みんなここにお世話になってた。家族風呂も有った。ここで弟が脱臼した。
今回、街をぶらぶらして通りがかったのは「柳川湯」「滝の湯温泉」。もう無くなってる銭湯も有った。
久しぶりに柳川湯の外観を見た瞬間、何か甘酸っぱいものが込み上げた。
残念ながら時間も無く、今回は入浴はしていないのだが次回帰ったら行こうと思う。
僕が友達と「キリ」で空けた女湯との境の穴は、もう無いだろうな。。。。
最後に僕が絶品と思っている「なるとの若鶏」を買って帰った事を補足します

昔より味は落ちたとはいえ、やっぱり美味い「なるとの若鶏」

案外これも美味い。
カステラじゃ無いのに「カステーラ」


思い出いっぱいの「柳川湯」
別荘気分の「滝の湯温泉」