第1章 不定愁訴の苦しみ

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  まずはこの第1章で、「不定愁訴(とその苦しみ)というのはどういうものか」について述べます。

 ただ冒頭にて、私のこの21年間の経過についても簡単に述べておきました(第2章でもう少し詳しく述べます)。最初の2項、つまり【苦しみ抜いた21年】【やりようがなかった】を読んで頂ければその概略がわかるかと思います。

【苦しみ抜いた21年】

【やりようがなかった】

     ●どういう状態だったか

     ●現在の状態

     ●人からは全く理解されない

 

【不定愁訴について】

【@検査で異常がなくても…】

     ●元プロ野球選手・榎田健一郎氏の場合

     ●NHKでの特集番組(柳澤桂子さんの場合)

     ●歯のかみ合わせ

     ●慢性疲労症候群(CFS)

     ●周囲の無理解

【A体の具合は外見からでは全くわからない】

     ●子供の心臓病の場合

     ●C型肝炎の場合

     ●ぜんそくの場合

     ●繊維筋痛症の場合

【B小さな苦痛でも延々と続くと…】

     ●ガンの痛み

     ●小さな苦痛でも延々と続くと…

     ●悪循環の泥沼

【C人に全く理解されない苦しみ】

     ●「えひめ丸」の事故

     ●いじめによる不登校

     ●あとになればなるほど悲惨に…

     ●どこにいっても言われる

     ●人と仲良くなってはいけない

     ●最後の方は生き地獄

 

【生き地獄の中で死んでいった人】

【追記・不定愁訴とストレス】

 

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【苦しみ抜いた21年】

★★★(簡単な経過)★★★

  「まえがき」でも触れたように、私がこの文章を作成しているのは平成16年(2004年)秋であり、私は現在37才である。そして私は、16才(高校1年生)の秋、つまり昭和58年(1983年)の秋から今までずっと、すなわち21年間も、慢性頭痛に苦しめられてきたこともすでに述べた。

 風邪を引いて発熱したことがきっかけだった。ここでは概略だけにとどめるが、この頭痛が始まった16才の秋から、私の生活は非常にきついものとなった。どうにかこうにか高校・大学と出て、平成3年(1991年)春に山形県職員として就職もしたが、とても長くは続かず、平成7年春に休職せざるをえなくなり、その後数年間の休職を経て、平成11年秋に退職(事実上のクビ)となった。

  この間、親の死去などもあり、私が自宅の借金を引き継ぐことになったという事情なども重なった。また、後述するがこのような病気では、医師の診断書を長期にわたってとることは不可能なので、生活保護なども無理である。そんなわけで、経済的な問題も非常に重くのしかかってきた。平成13年には、やむなく自宅を手放さざるをえなかった。

 健康な体一つあれば、がんばれば生計を立てていくことは何とかできる。しかしこのような状況では、はっきり言ってやりようがなかった。

 このような中で、特に後半のここ10年位は、生きるためだけに力を振り絞ってきた。詳しくは省略するが、あらゆる面で、死力を振り絞ってきた。

 だが、これ以上はもう、あらゆる面で限界である。仕事をしていた時の貯金、やむなく家を売って借金を清算した残りの金などで、ここまで何とか生活もしてきたが、そんなものは当然、いつまでも続くものではない。この先のめども、全く立っていない。

 

 そして何より、ここまで体力的・気力的・精神的にぼろぼろになってしまうと、たとえ経済的な問題が何とかなったとしても、もはやこれ以上生き続けるのは無理である。3年前あたりまでなら、例えば宝くじ2億円でも当たれば、生きていく余力はあったと思う。だが、ここまでボロボロになってしまうと、今さら2億円当たったとしても、もう無理である。

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【やりようがなかった】

●どういう状態だったか

  人は、「たがが頭痛」と言うかもしれない。しかし後に詳述するが、短期間だけなら大したことはない肉体的苦痛でも、これが休みなく延々と、そしてあまりに長期にわたって続くと、地獄のような苦痛になる場合があるのである。最後の方は体力・気力ともボロボロになってしまい、収拾がつかなくなる。B)

  例えば、風邪を引いて頭痛がして体がきつい、しかしちょっとがんばれば通学・仕事はできる、という状態を経験したことのある人は多いと思う。それが、例えば1ヶ月ぐらいであれば続くものであっても、ずっと、何年も続いたらものすごい苦痛になる場合があると思う。そんな感じであろうか。

 私の頭痛も確かに、激痛ではなかった。だが、それまでにときに経験していた、「ちょっと頭が痛いな」というような状態、熱心に何かをやれば忘れてしまうような頭痛とはわけが違った。激痛ではなくとも、これが1分1秒の休みもなく(強弱の波はあるが)一日中、そして毎日延々と続くとなると、これは非常にきつかった。通学や仕事など、普通の日常生活を送るにはかなりの無理をしないとできなかった。

 そんなふうに無理して生活していけば、当然さらに体調は悪化していく。そうなるともちろん、無理の度合いもさらに大きくなる。よって体調は一層悪化していく。B)

  これに、周囲の無理解による精神的苦痛が加わる(後述するが、不定愁訴の場合はこれが大変な苦痛となる)。そして私の場合のように仕事を続けるのは困難である場合も多いから、経済的問題がまた、非常に重大な問題となってくる。

 そういったものも絡んで、体調も余計ひどくなる。そうなれば精神的にも余計追いつめられていく。するとまた、体調もさらにひどくなる。

 このように、完全に悪循環の泥沼にはまってしまい、雪だるま式に、肉体的・精神的に、どんどんひどい状態となっていく。最後はまさしく収拾がつかなくなる。

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●現在の状態

 私は、今は仕事どころか、炊事すらもろくにできないような状態になっている。テレビで高校野球を1試合(2時間)見ることすらきつくてままならない。いや、横になっていても楽でない状態なので、もはや日々を過ごすだけでも体力・気力を消耗していく状態だ。

 人が理解できるように説明するのは難しいが、一応少し説明してみる。まず、「炊事もきつい」とはどういった状態か。たとえば、野菜の煮物を作る場合、野菜の皮をむいたり切ったりして火にかける。ここまではできたとしても、煮えるまで30分程度はかかる。その間、台所で座って待っているだけでもきついのだ。

 また、「テレビで高校野球を1試合(2時間)見ることもきつい」とはどういうことか。頭痛がきつかったり、ひどく疲れているとテレビをみるのもしんどくていや、ということがあると思う。そんな状態かもしれない。

 見るときはいつも、ふとんに横になって見ている。だが試合開始から見ると、3回くらい(40分位)で頭痛がきつくなって限界がくることが多い。したがってしばらく目をつむって休む。その後はちょくちょくだけ見る、といった形になる。

 そしてこういった見かたでも、一日に2試合も3試合もはきつくてできない。私は高校野球を見るのは非常に好きなのでぜひ見たいわけだが、無理して見るとあとで余計体がきつくなって苦しむのだ。

 

 このように、私はもはや、完全にボロ雑巾のようになっている。この21年間、特に後半の方は、生き抜いてくるのは半端な気力ではできなかった。これだけ長くもったのが信じられないが、体力的にも気力的にも精神的にも、さすがにこれ以上は、もう無理だ。先にも述べたが、もはや日々を過ごすだけでも体力・気力を消耗していくような状態。ここまでになってしまうと、収拾がつかなくなる。

                               このページの一番上へ

 

●人からは全く理解されない

 しかし後述するが、こんな体調であるにもかかわらず、外見は全く何でもなく見えるのである。「仕事ができない」「炊事もできない」などと人に言っても、ごく少数の人を除いて、まともに信じてくれる人はほとんどいない。「気の持ちようだ」「やる気出せ」「もっとがんばれ」などと言われる。…AC

  それも、少数の人からだけならいいのだが、そうではない。たいていの人から言われる。傲慢な人からだけでなく、「普通の人」や、人柄のいい人からも言われる。どこへ言っても言われる。短期間だったらいいのだが、それがずっと続く。おそらくこのような病気の人は、ほとんどがそうだと思う。…C

 そして、どうにか通学・仕事をしていた頃の言われ方はまだともかく、仕事を休んでから、そして辞めてからの言われ方は、ほんとにすごかった。私のように若い男の場合は、特にこうした点は顕著だと思う。…AC

 

  先ほど私は、「炊事もろくにできない」と述べた。人は「やる気ないだけ」と言うが、できるくらいだったら「やるな」と言われたって絶対にやっている。ここ数年は総菜を買うなどするしかないが、自分で好きなものでも作って食べたい。また、自分で作った方が体にもいいものを作れる。総菜もたまにだったらいいが、いつもそれ、というのは避けたい。

 高校野球を見るのだって同じだ。

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【不定愁訴について】

  さて、次に以下にて、不定愁訴について詳述したい。客観的・論理的に誰もが納得できるように説明するのは非常に難しいのだが(だからこそ多くの人が苦しんでいるのだが)、そんな中でも最大限努力して述べてみたい。この程度の説明では理解してもらうには不足かもしれないが、これが私ができる最大限の説明である。

  これまでの記述でも触れてきているのだが、私(たち)が人に知ってほしい、理解してほしいのは、以下の@〜Cのようなことである。

 

 @医学的検査で「異常なし」という場合でも体の具合が悪い、というケースはたくさんある。それも、相当ひどいケースもある。

 

 Aそのような場合(検査で異常が認められない場合…不定愁訴)でも、あるいはそうではない場合(検査などで異常が認められ、診断がつく場合)でも、慢性的な病気の場合、体の具合は外見からでは全くわからない場合も多い。すなわち、全く元気そうに見える場合も多い。

   そして、程度がいくらひどくなっても、やはりその点は全く同じである(つまり外見は全く何でもなく見える)場合も多い。

 

 B小さな苦痛、すなわち短期間であれば大したことはない苦痛でも、それが長期にわたって延々と続くと地獄のような苦痛になる場合がある。

  こうした場合でも、やはり外見は全く何でもなく見えたりする。

 

★ここで@〜Bをまとめると、

  「私たち(不定愁訴に苦しむ人)が、外見は何ともなくとも、「やる気ないだけ」「気の持ちよう」というのではなく、本当に体の具合が悪い(それも相当悪い場合もある)、ということを信じてほしい

ということになる。

 

 Cこのように外見からは全く何でもなく見えるので、人は「気の持ちよう」「やる気出せ」「もっとがんばれ」などと散々言ってくる。

  それも少数の人からだけならともかく、大多数の人から言われる(見なされる)。どこにいってもそう言われる。それがずっと続く。

  程度や置かれた状況にもよるが、それがあまりに延々と続くと、すさまじくきつくなる。というより、延々と耐え続けるのは無理。

 

  以上のような点である。@〜Cそれぞれについて、以下にて詳述する。

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【@検査で異常がなくても…】

 まずは@、すなわち「医学的検査で「異常なし」という場合でも体の具合が悪い、というケースはたくさんある」ということについて。

 以下に例を挙げて述べたい。

●元プロ野球選手・榎田健一郎氏の場合

 高校野球ファンなら覚えているかもしれないが、昭和57年(1982年)の春のセンバツ甲子園でPL学園が優勝したときのエース・榎田健一郎氏。同氏についての記事が、確か平成12年4月頃の「週刊宝石」(光文社)に載っていたので、紹介したい。ただ、立ち読みによる記憶であり、完全に正確ではないかもしれず、その場合は榎田氏に申し訳ないのだが…

 榎田氏は、センバツ甲子園で優勝した年の秋のドラフトで阪急(現オリックス)に1位指名され入団したのだが、プロでは芽が出ず退団した。その後は会社勤めをしていたらしいのだが、あるとき交通事故にあったらしい。それが原因で、むちうちのような状態になってしまい、それ以来体の不調に苦しめられるようになり、思うように仕事ができなくなったらしい。

 ただ、医学的な検査などで客観的に証明することは無理なものであったらしい。それでも2人の医師が「体の不調は交通事故が原因としか考えられない」という診断書を書いてくれたそうなのだが(注:このような医師はかなり理解のある方である)、会社ではそれを信用してくれず、くびにされてしまった、ということであった。

 現在も体の調子が悪くて困っているらしいのだが、それでも知人などに会うたびに「元気そうですね」と言われるという。そして「それが一番つらい」とのことであった。「私は体も大きいし、元気そうに見えるんでしょうかね」といったことも言っていた(注:これは体が大きくない人の場合も全く同じである)。

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●NHKでの特集番組(柳澤桂子さんの場合)

 平成11年(1999年)11月5日、NHKの「ドキュメントにっぽん」で、当時60才くらいの柳澤桂子さんという方の特集をやっていた。この方は、原因不明の全身の痛みに30年くらい苦しめられ、最後の方は寝たきりで食事もとれず点滴で生命を維持していたという。最後はあまりの苦痛に、点滴装置をはずして死を選ぼうとしたらしいが、ある薬を飲んだところ劇的に症状が改善し、家の中を歩けるくらいにまで回復したということであった(なお、この柳澤さんは生命科学者でもあって著書なども多数あり、名前を聞いたことがある方も多いと思う)。

 これに対しNHKには、やはりいわゆる原因不明の体調不良に苦しんでいる人たちから、約2500通もの手紙が寄せられたという。それを受けてNHKでは、11月29日・30日の2回にわたって「ETV特集」にてこの問題を特集したのだった。

 そしてやはり、柳澤さんの場合も、原因がわからないということで、「気のせいだ」などと言われ続け、大変きつい思いをしてきたらしい。

 この柳澤さんの場合は、最後は寝たきりで食事もとれなかったとなると程度もかなりだったのだと思う。手紙を寄せた人たちは、ここまでの人はそれほどいなかったかもしれない。しかし、2500通もの手紙が寄せられたということは、こうしたことで苦しんでいる人が全国には相当いることを示していると思う。

 そして、たとえここまでひどくない場合でも、不定愁訴の苦しみというのは、後述するが、その人の置かれた状況などによっては一般の人の想像をはるかに超えるものがある。私も21年前まではもちろん、この21年の序盤の頃でさえも、まさかここまでの生き地獄だとは、まるで想像もつかなかった。

 

 一般の人は、こうした人たちが多くいることはほとんど知らないと思う。しかし多分、こうした病気に苦しむ人というのは、誰に言ってもまともにとりあってもらえないため、声をあげることなくひっそりと苦しみ続けている人がほとんどだと思う。そのため、事情が表にでてこないだけだと思う。私の場合も、医師・一般の人を通じ、まともにとりあってくれた人は非常に限られていた。

 柳澤さんの旦那さんも、最初の頃は医師の「気のせいだ」という言葉を信じていたという。しかし、いろいろと自分で調べるうちに、医学でわからない病気というのはたくさんあるんだ、ということがわかってきたという。

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●歯のかみ合わせ

  ところで、こういう不定愁訴といわれるものは、歯の咬み合わせが原因で起こる場合があることがわかってきているそうだ。平成8年度から、厚生省(現厚生労働省)でも予算をつけて研究を始めたということである。平成10年(1998年)6月3日のNHK「生活ほっとモーニング」でも取り上げられるなど、最近はマスコミにも取り上げられている。

 他にも挙げると、朝日新聞社編「患者のための歯科のすべて」には、以下のようにある。

 「顎関節症は、意外なところまで、症状が広範囲に及びうる。むしろ、あご関節は痛まず、肩こりや腰痛が起きたりもする。症状の意外さやひどさは、市波治人『歯とからだ』(1200円、径書房=東京)にくわしい。「あごのせい」とは気付きにくく、“眼力”がないと、原因がわからないことも多い。

 普通は、こんな症状だと内科や整形外科を受診するが、医師は「歯の咬合」とは考えつかない。あれこれ検査して、当然、何もみつからない。薬なども効かない。困っている人が非常に多いのではないかと推定される。たまたま、顎関節症にくわしい歯科医を受診することでもなければ、まず、そのままだ。」

 

 また、「アエラ」(朝日新聞社)2000年3月20日号にも、以下のような記事があった。  

   「―隠れた現代病 顎がズレる  咬み合わせは万病のもと

 …いまや原因不明の愁訴は「咬み合わせが悪いせいでは」と疑ってみなければならない時代なんです。ひと昔前なら、「そんなバカな」と笑われましたがね」

 と、吉田さん(注・「老年医学総合研究所」(東京・霞ヶ関)の吉田友明理事長)はいう。

 確かに、かつては大方の専門家が、吉田さん的な考え方を「科学的な根拠に乏しく研究には値しない」と見ていた。だが、厚生省が六千万円の予算をつけて研究班をつくるほどだから、「歯と全身の健康状態には関係がある」という点で、専門家の見方は一致してきたといえよう。」

 

  ただ、この分野はまだまだ未解明の部分が多く、歯の咬み合わせの矯正によってこうした病気の改善を図る治療を行っている歯科医師は少ない。また、こうした治療を行っている歯科医師でもやり方はバラバラで、まだまだ不確定要素が大きいのが現状だ。

 こうした治療をおこなっている歯科医師の中で定評のある方に、藤井佳朗先生(私も一度診察を受けたことがある)がいる。藤井先生は著書「歯科からの逆襲」(現代書林)の中で、以下のように述べている。

 「病院で見放され、行き場のなくなった患者さんが、まるで救いを求めるように私のところにやって来ます。そういう患者さんたちは、原因がわからないまま病院をたらいまわしにされたり、あるいはみずから病院めぐりをした結果、病院では原因を突き止められず、適切な治療を受けられなかったのです。歯にある原因を、どうして内科や外科の医師がみつけられるでしょうか。

 私のところでもこれだけくるということは、日本全国を見わたせばその何百、何千倍の患者さんが病院から見放され、さまよい、絶望のふちに追いやられているのではないかと、心が痛みます。」

 「西洋医学は病名対比の医学です。まず病名があって、その病名に対する治療がある。検査をするのも、どこに異常があるかを見つけだし治療方針を決めるためですが、検査で異常がみつからなければ治療のしようもありません。

 しかしみなさんも体験していると思いますが、病名のつかない症状は山ほどあります。一連の不定愁訴もそうですし、自律神経失調症などは病名がつかない症状をひとまとめにした便利なシンドロームです。」

 

  そう、このように全国には、不定愁訴に苦しんでいる人が大勢いるのだと思う。

 そして、藤井先生の著書には極めて重い症状(いすに10分も座っていられず、すぐ横になってしまうほどひどい状態…しかし、「どんなに検査しても異常はなかった」そうで、原因は不明)から快復した症例も載せられていた。そのように、極めて深刻な例も少なくないと思う。

 また、不定愁訴の原因としては、藤井先生がここで述べておられるような、歯が原因である場合、そうでなくて他の身体的原因によるものである場合、あるいは精神的な原因によるものである場合、それらの複合である場合など、さまざまだろう(これは、不定愁訴ではなく他の病気でもそうであろうが)。

 しかし、原因が何であれ、苦しみは同じである。

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●慢性疲労症候群(CFS)

  先ほど、「不定愁訴の苦しみは一般の人の想像をはるかに超えるものがある」と述べた。先の柳澤さんの場合などのように寝たきりまではいかなくても、個々の置かれた状況によって、経済的問題・精神的苦痛もからんで、深刻なケースはたくさんある

  例えば、「慢性疲労症候群(CFS)」という病気がある。これは、その名の通り慢性的に強い疲労があって、日常生活に大きな支障をきたす病気である。原因は不明で、ウイルス説などもあるという。「CFSネットワークジャパン」(以下、「CFS NJ」とも表記)というインターネットのホームページ(これは、医療情報を扱っているある方が、医師・歯科医師などの協力のもとに運営されているホームページ…アドレスはhttp://www.bekkoame.ne.jp/~sage-m/cfs/)には、次のようにある。

 

 「…「泥のような疲労である」と表現する患者さんが何人もおられます。このような重度の疲労症状が何カ月も、何年も、何十年も続くのですが、体にこれほど異常があるにも関わらず、まわりの人からは血色も良く健康そうで心身ともに正常にあるように見られてしまう事から家族間、友人間、職場や学校などで全く理解が得られずただの「怠け者」ととらえられてしまい、家族間では不和や離婚、社会では退職や休退学。友人関係も必然的に信用を失い相手にされなくなったり、またそうなる前に自衛策として自らの意志でごく限られた交友関係に狭めざるを得ず、このような状態の中社会的、精神的、経済的にじわじわと追い込まれていく不幸がつきまといます。

 多くの病院を回っていろいろな内科的、外科的な精密検査を行っても至って健康で特にコレと言った異常は全く見つからず、最後は心療内科や精神科で「神経症」「うつ病」や「不定愁訴」等という取りあえずの病名がつけられ、微熱などは「心配することないよ」とか「平熱の範囲内ですよ」などいう言葉と共に無視されるケースを経験した人も多いはずです。併発する病気のみの方面から診療を受けることの出来る患者さんはまだ良い方かも知れませんが、通常は最後の砦である医師や看護婦の理解も得ることが出来ず、ひどい症状の中にあっても生きていくために仕事などで家で横になる事が出来ない人は、凄まじい気力と精神力で生きておられる方も少なくありません。正に生き地獄さながらの状態です。」

 

  この文章は慢性疲労症候群について述べたものであるが、頭痛など他の不定愁訴の場合も、状況としては非常によく共通するものがある。

 文中で「生き地獄」と表現されているが、程度がひどくなってくると、これは全然大げさな表現ではない。私もこの20年の、特に終盤の数年間で、それがものすごくよくわかった。繰り返すが、不定愁訴の生き地獄というのは、まさしく想像を絶するものがある。20年前まではもちろん、この20年の序盤あたりでさえも、まさかここまですさまじいものだとは、まるで想像もつかなかった。文章で伝えられるようなものではないのだが…

 しかし、この引用文中にもあるように、外見が全く何でもなく見える場合も多い(…Aで述べる)ため、まともにとりあってくれる人はほとんどいない(…Cで述べる)のである(それがものすごくきついことが、「生き地獄」である一つの大きな理由なのだが)。

 私にしたって、もしこの20年の経験がなかったら、今の私のような人をみても、やはり全くまともにとりあわなかっただろうし、その生き地獄などまるで想像もつかなかっただろう。

 

●なお、慢性疲労症候群について付け加える。

 平成16年秋、「日刊スポーツ」に「思春期外来は今」と題した連載記事が掲載されていたのだが、その中で11月18日には、子供の慢性疲労症候群について述べられていた(医療ジャーナリスト・月崎時央氏による記事)。

 それによると、熊本大学病院・小児発達科教授の三宅輝久医師は、「子どもたちは、だるい、疲れる、リンパ節が痛い、微熱があるなどの風邪のような症状を訴えますが、その疲労感は想像を絶するつらさなのです」と述べているという。

 また、平成8年10月12日の「日刊スポーツ」にも慢性疲労症候群に関する記事があった(医療ジャーナリスト・田野井正雄氏による記事)。これには、「慢性疲労症候群は明らかな体の異常であり、個人の意思や性格でどうにかなるような病気ではない」とある。

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●周囲の無理解

 しかも、いま「(このような人は)外見は全く何でもなく見える場合も多い」と述べたが、上記の引用文にもある通り、体がいくらきつくなっても、やはりその点は変わらない場合も多い。私の場合も、この20年の最初の頃と最後の頃では体調不良の度合いにかなりの差があったのだが、外見は全く変わらなかった。

 ということは、体調不良の度合いがひどくなればなるほど、実際の状態と、周囲の人から見た目とのギャップがより大きくなり、精神的にもより耐えがたい苦痛を味わうことになるのである。

 私自身、この20年の序盤の頃でももちろん、こうした人から理解されない苦しみは味わってはいたが、終盤の数年間におけるそれは、序盤の頃のそれとは比べものにならなかった。いくら何でもここまできついものだとは、さすがに想像もつかなかった。終盤の数年間はほんとにもう、どうにも耐えがたかった。

 先にも少し触れたが、この20年の終盤の数年間の状態までになると、普通の人から全く理解されないことはもちろんだが、例えばこの20年の序盤あたりの私でも、この記録文の終盤の数年間を記録した部分を読んでも、ろくに意味がわからなかったと思う。

 

 「C」でも後述するが、この周囲からの無理解による苦痛は、一般の人の想像をはるかにこえるものがある。程度がひどくなってくると、これはもう「生き地獄」と言って、全然大げさではない。

 

  このような病気に少しだけでも理解のある医師は、きわめてまれである。多くの医師は、全くとりあわない。私も、「もっとがんばらねばだめだろ」などとよく言われた。また、全くとりあわない、とまではいかなくても、「仕事ができない」とか「日常生活が大変だ」というところまでは、やはりなかなか理解してはくれない。

 したがって、先にも触れたが、このような病気では診断書をもらうのは極めて困難である。短期間ならまだ何とかなっても、長期にわたってはまず無理だ。

 本人の訴え以外に判断材料がないから、これは仕方がない面はある。だが、いずれにしろこういうわけなので、生活保護なども無理である(生活保護には、最低限、医師の診断書が必要)。

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【A体の具合は外見からでは全くわからない】

 次にA、すなわち「慢性的な病気の場合、体の具合は外見からでは全くわからない場合も多い。すなわち、全く元気そうに見える場合も多い」ということについて。

 

 これは、不定愁訴(検査で異常が認められない場合)でも、あるいはそうではない病気(検査などで異常が認められ、診断がつく場合)でも同じである。そしてそれは、程度がいくらひどくなっても、やはり外見は全く変わらない(つまり全く何でもなく見える)場合も多い。

  不定愁訴の場合で言えば、先に挙げた榎田氏の場合もそうだ(…知人に会うたびに「元気そうですね」と言われる)。

 また、先に挙げた「CFS NJ」の引用文中にも、

 「…「泥のような疲労である」と表現する患者さんが何人もおられます。このような重度の疲労症状が何カ月も、何年も、何十年も続くのですが、体にこれほど異常があるにも関わらず、まわりの人からは血色も良く健康そうで心身ともに正常にあるように見られてしまう事から家族間、友人間、職場や学校などで全く理解が得られずただの「怠け者」ととらえられてしまい…」

などとある。そう、これは本当にこの通りなのだ。そしてこうしたことは、不定愁訴に苦しむ人はみんな同じはずだ。

 

  そして、不定愁訴ではなく、検査などで異常が認められ、診断(病名)がつく病気の場合でも、こうしたことは多いと思う。以下に例をいくつか挙げる。

 

●子供の心臓病の場合

 平成13年(2001年)10月28日の朝日新聞に、子供の心臓病についての記事が載っていた。その中には、以下のようにある。

 「…手術が成功して退院しても、休みがちだったり、体育の授業に出られなかったり、遠足などの行事には保護者の付き添いが必要だったり…。見た目は健常者と変わらないので、学校や世間に大変さをなかなか理解してもらえない」

 

●C型肝炎の場合

 また、同年8月10日の同紙の投書欄には、42才の男性(小山敬士さん)の投書が載っていた。この方は、知らないうちにC型肝炎に感染し7年前に死線をさまよい、運良く生還したが、今も体の具合が悪く無職だという。酒も飲まず、食生活も節制して養生して病気と闘っているが、「世間の人々は、いい年をした男が働きもせずブラブラしているとしか見てくれません。いくら説明しても理解できないようです。肝炎そのものよりも世間の偏見や無理解の方が、私にはつらいのです」とあった。

 

●ぜんそくの場合

 さらに、前の職場で私が世話になった上司の方(Tさん)も、以前ぜんそくでかなり苦しんだ時期があったという。聞いた話では、夜、床に入ると発作が起きていたらしい。それで苦しくてなかなか寝付けず、やっとのことで寝付いても、早朝に発作で苦しくて目が覚めていた、という。そういうふうに、ろくに眠れない日が何日も続き、相当きつかったらしい。

 それでも昼間は発作も起きないし、がんばれば何とか仕事はできる。したがって、いくら体がきつくても、周りの人からは、「全然具合が悪いようにはみえない」と言われていたそうである。「人からはどこがどう悪いのかとよく聞かれたが、そう言われても説明のしようがないので参った」とも言っていた。こうしたことから、「人に体のことを話すのがいやになった」と言っていた。

 この方は、何とかしだいに快方に向かったということで、どうにかなったようだが、もしこんなものが延々と続いたとしたら、先にも述べたように雪だるま式に悪化し、収拾がつかなくなっていたと思う。

 また、「どこがどう悪いのかと聞かれてもこたえようがない」というのは、そう、そんなものなのである。それも、程度がひどくなればなるほど、説明はより不可能になる。例えば今の私が、体の具合がどうであるかを人に説明しても、普通の人はもちろんだが、21年前の私や、あるいはこの21年の前半あたりの私でも、多分ほとんど理解できないと思う。

 

  ちなみにこのTさんは、このように「体の具合は外見からでは全くわからない」ということを知っていたので、私の事情もかなり理解してもらえ、かなり面倒をみてもらった。ただ、大多数の人はほとんどこのようなことは理解してくれない。

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●繊維筋痛症の場合

  さらに、以上のように病名がつく病気と、不定愁訴のように病名がつかない病気の中間のものとして、「繊維筋痛症」という病気について触れる。

  「毎日ライフ」(毎日新聞社)平成15年11月号に、これについての記事がのっていた。この病気は、やはり原因不明の全身の痛みに苦しむ病気らしいが、一般の医療機関ではなかなか診断がつかない(「繊維筋痛症」という病名があまり知られていないので、病名がつけられない)らしい。

 したがって、患者はやはり、周囲からの無理解にものすごく苦しむという。「死病と言われてもいいから診断書がほしい」という人もいるという。病名がもらえると、「これでやっと周囲に説明できる」と泣いて喜ぶ人もいるという。私は、これはほんと、ものすごくよくわかる。

 先に述べたC型肝炎のように、証明のつく病気や、診断(病名)のつく病気でさえも周囲の無理解に非常に苦しむわけだが、Cでも述べるように、これがそうでない病気の場合はほんと、無理解の度合い、それによる苦しみはものすごいものがあるのだ。

 

 ともかく、体の具合など、外見では全くわからないのである。特に不定愁訴のように、医学的検査で証明がつかない病気の場合などは、それを言っても多くの人はなかなかまともに取りあってくれないが…。私もこの20年の経験がなければそんなものだったかもしれないし、ある程度は仕方がないとは思うが、外見では体調など全くわからないということは、理解してほしい。

 

ちなみに付け加えておくと、100%の人が理解がないわけではない。妹、友人、前の職場で一緒に仕事していた人たちには、そうでない人も多かった。ただ、そういう人たちというのは、全体からみると非常に少ない。

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【B小さな苦痛でも延々と続くと…】

 次にB、すなわち「小さな苦痛、すなわち短期間であれば全然たいしたことはない苦痛でも、それが長期にわたって延々と続くと地獄のような苦痛になる場合がある

 「そして、こうした場合でも、やはり外見は全く何でもなく見えたりする」

ということについて。

  これは、先に述べたAとも関連するが、以下にて述べる。

 

●ガンの痛み

 「痛みをとる大事典」(二見書房 帯津良一編著…帯津先生は非常に著名な外科医で、特にガンに関する著書が多数あり)の中に、ガンの痛みについて述べられた部分がある。その中から一部、以下に引用したい。

  Aで、「体の具合は外見からでは全くわからない」と述べた。以下の引用文は、これの事例の一つにもなる。

 同書には、痛みについて「…それがどの程度の痛みなのかは本人にしかわかりません」とあり、さらに以下のようにある。

  「ところが何事に対しても控えめな日本人は、とくに医師の前では遠慮がちにしか痛みを訴えません。そうすると、医師も痛みの強さを過小評価してしまい、横綱級の強さの痛みでも十両級の治療ですませてしまうのです。」

  これからすると、「横綱級の痛みであっても、他人からみると十両級にしかみえない」という場合も多い、ということではないだろうか。

 同書には、さらに、埼玉県立がんセンターの武田文和総長の言葉が載せられている。武田総長のもとには、全国から痛みに関する相談が殺到するそうだ。それに対して武田総長は、

 「あなたにしか痛みがわからないのだから、痛みがすっかり消えるまでは、痛いと主治医にいいつづけなさい」

とアドバイスするそうである。

 そう、帯津先生や武田総長も述べておられるように、「痛みの程度は本人にしかわからない」、すなわちAで述べたように、「体の具合は外見からでは全くわからない」と思う。

 

  こうしたことを言うと、「そんな横綱級の痛みだったら、外からみてわからないはずがないのではないか」と人は言うかもしれない。なるほど、確かに急性の痛みの場合はそうかもしれない。だが、慢性の痛みの場合はそうとも言えないのである。

  「がん治療最前線」(エマンダール)2002年1月号では、高宮有介医師(昭和大学横浜市北部病院)が、以下のように述べている。

 「がんの場合、激痛でのたうち回るという痛みもありますが、実は少ない。このような急性の痛みとは違う、重い違和感のような痛みが一日中、それも長い期間続くので消耗するのです」

 そう、全くその通りなのだ。たとえ激痛ではなく鈍い痛みであっても、それが長く続くと、ものすごくきつい場合があるのである。したがって、激痛ではなくても、こういう意味から「横綱級」と言える場合があるのだ。

 

 そして、こうしたことはガンの痛みに限らず、痛み全般や、あるいは他の肉体的苦痛でも言えるのだと思う。

 例えば、「断痛療法」(塩谷正弘著 サンマーク出版)には、帯状疱疹(ほうしん)の後遺症で慢性の痛みが残ってしまった患者の例が述べられている。この患者が医師に「この痛みはいつになったらなくなるのでしょうか」と質問したところ、「痛みそのものは一生治りません」と返答されたという。するとその患者はその足で病院の屋上にあがり、飛び降り自殺してしまったという。

  著者の塩谷氏はペインクリニック医だが、「はたからどう見えようと、慢性の痛みを抱えて生きるということは、これほどまでつらいことなのかと、私も、この厳粛な事件に教えられた思いでした」と述べている。

  NHKの「ためしてガッテン」で、五十肩の特集が放送されていたことがある。司会の立川志の輔さんも、これになったことがあるという。痛みはかなりきつかったらしいのだが、人からは「たかがそんなので大げさな…」と言われたらしい。その時、「この痛みがこの人にうつってほしい」などと思ったという(笑いながら述べてはいたが)。

  また、「断痛療法」には痛風患者の例も述べられている。それが「資料1」なのだが、そこから抜粋すると

 「…病気になったことを契機に、実際の性格がガラリと変わってしまう人が少なくないからです。特に、慢性の痛みを抱えている人には、発病をきっかけとして性格がガラリと変わる例がけっこう見られます。

 …慢性の痛みは、それほどまでに人間を苦しめるのです」などとある。

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●小さな苦痛でも延々と続くと…

 先に、子供の心臓病や、C型肝炎に苦しむ男性、ぜんそくに苦しんだことのあるTさんらの場合、人に大変さをなかなかわかってもらえない、ということがあったが、これらもそうした例かもしれない。

  これらも、短期間だけをみれば、あるいはそれほどの苦痛ではないか、あるいは何とかなる位の苦痛なのかもしれない。外見からは何でもなく見えるのは、こうしたことが一因かもしれない。

  (あとは、リウマチの例。そして、外出したり人と会ったりするのは比較的体調がましなとき。あるいは、我慢してそうしている。帰るとぐったり、とか)

 

 しかし繰り返すが、短期間だけならさほどではなくても、これがあまりに長く続くと、消耗しきってしまい、地獄のような苦痛になる場合があるのだ。

 

 私の場合も、同じ慢性的な肉体的苦痛といっても、がんのそれに比べたら、同じ期間だけでみれば全然軽いものだっただろう。だが、それでもこれだけ長く続くとなると、とんでもなく消耗するのである。

 例えば先にも述べたが、かぜを引いて1ヶ月くらいしんどい、という経験がある人は結構いるだろう。それが1ヶ月くらいならがんばれると思う。しかし、これが延々と、何年も続いたらどうなるか。体力・気力の消耗の度合いたるや、すさまじいものになるだろう

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●悪循環の泥沼

  「小さな苦痛でも、あまりに延々と続くと、地獄のような苦痛になる場合がある」と述べてきたが、これに付け加える。それは、悪循環の泥沼にはまって(肉体的にも精神的にも)、その苦痛の度合いが、雪だるま式にだんだんきついものになっていく、ということだ。

  どういうことかというと、このように体の具合がある程度以上悪いと、普通の生活をするためだけでもかなりの無理がかかってしまう。したがって、それによって余計に体調が悪化してしまう。すると、そのことによって無理の度合いがさらに大きくなってしまう。よってさらにいっそう体が悪化する、という具合に悪循環の泥沼にはまってしまうわけだ。

 そして当然のことながら、そのスピードはだんだん速くなっていく。こうなるともう歯止めがきかない。このように、悪循環の泥沼にはまり、「雪だるま式に悪化」していくのだ。

 

 また、頭痛などの慢性的な痛みの場合は、「痛みの悪循環」というものもあるようだ。ペインクリニック医の塩谷正弘氏は、著書「断痛療法」(サンマーク出版)で、次のように述べている。

 「…痛みによって筋肉が収縮し、収縮した筋肉が痛みの原因となり、といったように痛みの悪循環がおこって続くようになるのです。」

 要するに、「痛みが痛みを生む」という悪循環なわけだ。となると、状態が悪くなればなるほど泥沼にはまってしまうことになる。

 

 なお、このように「悪循環の泥沼にはまってしまう」ということは、肉体的苦痛だけでなく、精神的苦痛の面でももちろんある。

  体がきついのが延々と続けば、当然精神的にもひどく消耗していく。そして不定愁訴の場合は、次のCにて述べる「周囲から全く理解されない苦しみ」という精神的苦痛もある(後述するが、これがものすごく大きい)。

 これらによって、肉体的にも余計きつくなっていく。そうすれば精神的にもよりきつくなっていく。そうすれば体もさらにきつくなっていく。

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【C人に全く理解されない苦しみ】

 最後にCについて。すなわち、

 「外見からは全く何でもなく見えるので、人は「やる気ないだけ」「気の持ちよう」「もっとがんばれ」などと散々言ってくる

  それも少数の人からだけならともかく、大多数の人から言われる。どこにいってもそう言われる。それがずっと続く

  程度や置かれた状況にもよるが、それがあまりに延々と続くと、すさまじくきつくなる。というより、延々と耐え続けるのは無理

ということについて。

 

  先に挙げた榎田氏も、「知人に会うたびに「元気そうですね」と言われるのが一番つらい」と言っていたわけだが、これは本当にそうなのである。C型肝炎に苦しむ小山さんの場合も同じような状況だと思う。

 また、ぜんそくのTさんの場合もそうだ。いくら体がきつくても、周りの人からは「全然具合が悪いようにはみえない」と言われたので、「人に体のことを話すのがいやになった」と言っていたわけだ。

  まあ、この人の場合は何とか仕事をしていたために「気の持ちよう」といったことは言われなかったようだが、これでもきついことは私も経験済みだ。

 

  ともかく、このように短期間だけでもきついのだが、これがあまりに延々と続くと、程度や置かれた状況などにもよるが、すさまじい苦しみになる場合がある。

  「それ(周囲の無理解)が長期にわたって延々と続くと、なぜそれほどきついのか」と言われると、説明するのは、@〜B以上に非常に難しい。難しいながらも述べてみたいが、その前に、不定愁訴と似たケースとして、以下のようなケースを挙げてみたい。

 

●「えひめ丸」の事故

 平成13年(2001年)2月、愛媛県の宇和島水産高校の実習船「えひめ丸」が、ハワイ沖でアメリカの潜水艦と衝突し、乗員の方々が何人かは忘れたが亡くなってしまった、という事故があった。そして、救出された人たちも、その後PTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しむ人が多いという。平成14年(2002年)2月9日の朝日新聞に、以下のような記事があった。

 「 刺さる言葉 癒えぬ心

 …生徒は9人が救出されたが、8人がPTSD(心的外傷後ストレス障害)になっている。ある生徒(17)の「睡眠リズム表」がある。… 

 遺体が収容され、葬儀が続いた昨年10月から11月、生活は完全に昼夜逆転した。一睡もしない日から60時間横になる日もある。

 「仲間を助けられなかったこと、生き残ってしまったことへの自責の念で金縛りにあったみたいだ」と父親(51)は言う。1ヶ月足らずで体重は56キロから43キロに減った。似たような症状は他の生徒にも現れ、10月から3人が入院した。

 …

 周囲の目も厳しい。「甘やかしている」「怠けているだけ」。心ない言葉が本人や家族の胸に突き刺さる。「一番つらいのは、自分で自分のことがままならない本人と、それを見守ることしかできない家族。もう説明にも疲れた」と生徒の母親はため息をついた。」

 

 事故そのものによる苦しみがどういうものか、どのくらいのものか、私にはわからない。

 だが、周囲にこうしたことを言われ続ける苦しみについては、不定愁訴などと共通するものだと思う。

 これは、私もいやというほど体験してきた。言っても「へっ」などと言われるが、これはほんとに大変なものがある。これよりだったらと、私も相当のところまで、無理して通学・通勤してきた。その方がまだ楽だからである。

 それが周囲にここまで言われても登校できないということは、おそらくこの人たちの状態は、ちょっとやそっとのものではない。

  この方たちのケースは、家族の方には理解があるようで、その点は救いがある。これが家族にも理解がない場合は、本当に、とてつもない生き地獄になる。

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●いじめによる不登校

  また、学校でいじめられて苦しんでいる子供の場合でも、その程度があまりにもひどい場合、自衛のために不登校にならざるをえない場合もあると思う。

 しかしそのような場合でも、先に述べた「えひめ丸の事故」の場合と違い、親などに全く理解がない場合も多いと思う。家にいても、「やる気出せ」「もっとがんばれ」などと、散々言われ続ける場合もあると思う。そして、近所や周囲もやはりそのような反応しかしてこない、どこに言ってもそのように言われる、というケースも多い気がする。

  これもまた、不定愁訴における苦しみと共通するものだと思う。

 

 「えひめ丸の事故」の場合で引用した中にも、「もう(周囲への)説明にも疲れた」とある。1年でもそうなわけだ。それが、5年、10年、それ以上と、延々と続いたらどうなるか。やはり、すさまじいものになる。「いじめによる不登校」の場合でも同様だ。

 「えひめ丸」の生徒たちほどは厳しい状況でない場合、例えば2,3年位なら耐えられるくらいの状況である場合でも、それが延々と続いたら、やはりすさまじいものになる。

 程度・置かれた状況などにもよるが、そのきつさの程度の増し方は、2次関数的、3次関数的である。本当に、収拾がつかなくなる。

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●あとになればなるほど悲惨に…

  周囲の無理解が長期にわたって延々と続くと、なぜそれほどきついのか。

 それはまず、Bで「短期間なら耐えられる苦痛でも、あまりに延々と続くと生き地獄のようになる場合がある」と述べたが、当然、そうした理由が一つあるだろう。

  (消耗するわけだ)

 

  だが、それだけではない。以下(ア〜エ)のような理由がある。

 

●ア 人は、あとになればなるほど、より一層きつく言ってくるようになる

  最初のうちは、「元気そうですね」「どこも悪いようには見えない」という程度でも、だんだん言い方がきつくなってくる。榎田氏も「元気そうですね、と言われるのが一番つらい」と言ってるように、このような言われ方でもきついのだが、これが長くなってくると、「気の持ちようだ」「やる気ないだけだ」「もっとがんばれ」などと言ってくるようになる。このように言われるのは、さらに、はるかにきついのである。

 また、私の場合もそうだが、最初からこういう言われ方、つまり「気の持ちようだ」「やる気出せ」などと言われ続ける人も多いと思う。そのような場合でも、言い方がだんだんきつくなっていくのだ。

  これは、「短期間ならともかく、いったいいつまでなんだ」と思うのだろう。特に、私のように若い男の場合などは、言われ方はきわめてきつい。

 しかし、「いつまでなんだ」といわれても、何ともならない場合は何ともならない。

 それどころか、不定愁訴の場合、肉体的苦痛・精神的苦痛ともに、悪循環の泥沼にはまってしまい、月日とともに余計に、それも加速度的に悪化する場合も多いと思う。

 

  私自身の経験で言うと、「元気そうだな」と言われたときは、これでもつらいし答えようはないが、適当に笑ってごまかしてきた。このような言われ方なら、まだそうする余裕もなくはない。

 だが、「やる気ないだけ」「気の持ちよう」などと言われると、そのような余裕はなかった。黙ってただひたすら耐えるだけだった。この21年の序盤の頃は、体力的・気力的に余力もまだかなりあったから、その力もあった。しかし、終盤、体力的・気力的にあまりにボロボロになった状態では、そんな力などもう、完全になくなっていた。

 

●イ それも、体調が悪くなればなるほど、より一層きつく言ってくるようになる

  これはどういうことか。

 体調がより悪くなれば、それだけ、普通の人の日常生活からよりかけ離れた生活となってしまう。私の場合も、最後は炊事もできなくなってしまった。

 しかし、外見はやはり全く変わらなかったりする。そうなると人は、「何やってるんだ全く」と、余計に強く思うようになるわけだ。

 

●ウ また、状況(経済的な状況など)が厳しくなればなるほど、より一層きつく言ってくるようになる

 これはどういうことか。例えば私の例で言うと、家を売らねばならなくなった時など、特にきつく言われた。「そんなことでどうする」「いったい何考えてるんだ」「もっとがんばれ」などと。親戚・知人など、会う人会う人から散々言われた。

  家など売ったところで、借金(住宅ローンの残り)を清算すれば、残る金など400万円程度だ。その程度残ったところで、何ともならない。それでは誰だって家を守ろうとする。そんなことぐらいは私だって当然わかっていた。いや、というより、私の場合など特に必死だった。

 そんなことではいずれ死ぬ(大げさではない。経済的にそうなる)のに、何でがんばらないんだ、と思うのだろう。それで平然としていることが、信じられないのだと思う。

 しかし、私はただで平然としていたわけではない。すさまじい状況に潰れそうになるところを、必死に長い間力を振り絞ってがんばってきていたのである。

 だが、そんなことを説明しようにも、人は「体の具合はどこも悪くない」と固く信じているため、説明のしようがない。だから、はらわたが煮えくりかえる思いがしながら、ただ黙って我慢し続けるしかなかった。

  「体の具合は何ともない」と思っている以上は、どうしたってこのようになるのだろう。

 

 これに付け加えると、たとえば、最初のうちはある程度理解があったように思えた人が、私が家を売らねばならなくなってそれを話したら、一転して「何やってる。そんなことでどうする。やる気出せ。もっとがんばれ」などと、散々言ってくるようになった、ということもあった。

 

●ア〜ウのまとめ

  まずイ・ウについて補足すると、不定愁訴の場合、先にも述べたように、あとになればなるほど体調も余計に悪化していく場合も多いと思う。また、経済的にもより追いつめられていく場合が多いと思う。

 ということは、あとになればなるほど、言われ方もきつくなっていくのである。

  この下線部は、アの下線部と全く同じことを述べている。

 そう、したがってア〜ウをまとめると、「あとになればなるほど、言われ方(無理解の度合い)がひどくなっていく」のである。

 

●エ そして何より非常に重要なことがある。それは、体調や、状況(経済的な状況など)がきつくなればなるほど、同程度の言われ方(無理解)でも、きつさがものすごく大きくなる、ということだ。

  これは納得できると思う。体調の悪さがそれほどひどくない段階では、耐えることもできる。しかしこれが、体調や経済的状況がひどくなるにつれ、言われた時のこたえ方は、耐え難いものになっていく。

 

  私の場合で言うと、後述するように高校時代、頭痛に苦しめられるようになってからは、学校も休みがちになった。毎日毎日無理して通っていたのだが、どうしても無理な日もあったのだ。さらには、そのように無理して生活しているうちに程度もより一層悪化していったので、そのように休んだり寝込んだりする日もだんだん多くなっていった。

 しかし、私の親も大多数の人と同様、このようなことには全く理解がなかった。したがって、このように休みがちになると、親との関係は非常に険悪になった。毎日毎日、家の中では針のむしろのようであった。前述したように具合がどうしても悪くて休み、ぐったり寝込んでいる時でも、「気の持ちようだ」「やる気出せ」などと、散々言われた。

 これはかなりきつかった。だが、この頃はまだこの21年でも序盤の段階であり、体力的・気力的余力は十分残っていた。したがって、どうにかこれに耐える力もあった。

 だが、ここ数年、つまりこの21年の終盤ともなると、もはやそんな力などどこにもなくなっていた。炊事もできず、テレビで高校野球を1試合(2時間)見るのもきついような状態。これで「気の持ちよう」「やる気出せ」などと言われるのは、序盤の頃などとは比べものにならないほど、まさしくケタ違いに、骨身にしみてこたえる。

  いや、もはや私は、あまりに長い間の肉体的・精神的苦痛で、本当にぼろ雑巾のように、あまりに疲れ果てすぎている。あまりに消耗しきっている。今など、肉体的苦痛に耐えるだけでも、体を支えるだけでも、本当に精一杯の状態。気力のストックももう、本当に全く残っていない。

 こんな状態で「やる気出せ」などと言われるのは、もはや「こたえる」などというものではない。今など高校時代の100分の1言われただけで、ひとこと言われただけで、即潰れる。

 

  体がまともな状態を100とする。不定愁訴に苦しむ人の場合は、これが50でも10でも0でも、周囲からは100とみなされる。100と扱われる。50位の状態でも、これはかなりきつい。短期間はもっても長期は無理だ。

 これが10や0の場合だと、まさしく生き地獄になる。いや、地獄というよりこれで生き続けるのは、たとえどんなに精神力が強い人でも、ほんとに不可能だ。もつ期間に限度がある。

 

●ア〜エのまとめ

 ここまでで触れたように、不定愁訴の場合、肉体的苦痛・精神的苦痛ともに、月日がたつにつれ悪循環の泥沼にはまってしまって余計に、それも加速度的に悪化していく場合も多いと思う。

 となると、いまエの下線部で述べたように、あとになればなるほど、同程度の言われ方(無理解)でも、きつさがものすごく大きくなることになる。

 そしてそれだけでなく、「ア〜ウのまとめ」でも述べたように、あとになればなるほど言われ方もきつくなる。

  このように、同程度の言われ方(無理解)でも耐え難くなっていくのに、言われ方も一層きつくなっていくのだから、あとになればなるほど、すさまじい苦しみになっていくのだ。

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●どこにいっても言われる

  このように言われるのも、少数の人からだけならいい。しかしそうではない。榎田氏・ぜんそくのTさん・C型肝炎の小山さんが言うように、そして「CFS NJ」の引用文中にもあったように、100%の人とまではいかないが、たいていの人からそう言われるのだ。傲慢な人からだけでなく、「普通の人」や、人柄のいい人からも言われる。どこにいってもそう言われる

 この点がまた、非常に重大な点であり、何ともならないことなのだ。

 

  繰り返すが、私は終盤の数年間は、炊事もろくにできなくなった。体を支えるのが精一杯の状態になった。

 それでも人は会えば「やる気出せ」「気の持ちようだ。ちゃんと仕事しろ」と言ってくる。私は、これに答えるべき言葉など何もなかった

 それも、会うたびに言われる。これでは、会話などできない。そして繰り返すが、少数の人からだけではなく、多くの人から言われる(あるいはそのように見なされる)。どこにいっても言われる。

  これでは、「CFS NJ」の引用文にもあった通りに、人と普通の、まともな交流などとてもできない。

  繰り返すが、体がきつければきついほど、このように言われる(みなされる)のは、はらわたが煮えくりかえるようになる。あまりに長い間の闘いで、体力的にも気力的にもボロボロの状態で、体を支えるのが精一杯の状態でこのように言われると、もう耐える力はない。

 だが、うっぷんのぶつけようなどは全くなかった。ただ、黙って耐え続けるしかなかった。

 

  こうしたことも、短期間だったらいい。だが、こんなものがこれだけ長く続いたのでは、そして今後もずっと続くのでは、ほんとに何ともならない。

 私も、この21年の終盤の方は、大げさでなく、すさまじくきつくなった。

 

●また、通学や仕事を何とかしていた頃の言われようは、まだよほどましだが、仕事を休んでから、そして辞めてからの言われようは、本当にひどかった。先にも述べたが、特に私のように若い男の場合には、言われ方はきわめてきつい

                               このページの一番上へ

 

●人と仲良くなってはいけない

 私は職場を休職していた時、ときどき所長などにあいさつに職場に出向くことがあった。そのとき私の直属の上司だったTさんは、ご自身がぜんそくで苦しんだ経験があることなどから、私のような病気に理解がある人で、かなり面倒もみてもらっていたことはすでに述べたが、その人から、「職場に顔を出したときにはあまり笑っては話をしない方がいい。具合が何でもないと思われるから」と言われた。

 なるほど、と思って、私は笑わずに話すようにしていた。これは仕方がないことだろう。

 しかし、職場だけならともかく、そして仕事を休んでいる時は仕方がないが、こうしたことは仕事を辞めてからでも、そしてどこへいっても同じなのである。私は、ここ数年はもはや、人と会うときは笑わないようにしている。笑って普通に話したりすると、「何だ、全然元気じゃないか」と言われる(あるいは思われる)からだ。

 笑って話したりして人と仲良くなったりすると、「気の持ちようだ」「もっとがんばれ」などと言われる。繰り返すが私は、これに答えるべき言葉はない。こんな経験を、それこそ何度もしてきた。

  私は元々は人好き、話好きであった。だが、もはやここ数年は、人と全く話をしたくなくなった。いや、これでは話などできない。

 

 近所の人などと会うときも、元気に笑ってあいさつなどすると(昔はそうしていた)何でもないと思われるので、笑わないようにしている。かといってあまり無愛想にしてもまずいし、いつも迷う。

 私は、今はもう、笑い方を忘れてしまった。

 

  先にも述べたが私は、今、ここまで体力的・気力的・精神的にボロボロになってしまうともはや、序盤の頃の100分の1でも言われただけで、一言言われただけでも、ひとたまりもなく潰れる。本当に、序盤の頃とは桁違いにこたえる。

 そして、多くの人はそのように言ってくるから、ここ数年などもはや、人から逃げ回るように、隠れるように生活せねばならなかった。完全に孤立してしまった。

 私はここ2,3年までになると、「やる気ないだけ」「気の持ちよう」と言ってくる(あるいはみなしてくる)人たちに対する、たまりにたまったうっぷんで、どうしようもなくなった。もはや、とても収まりがつかなくなっている。しかし、こんなものは人に説明のしようもない。どこにぶつけようもない。

 私はもはや、大勢の人を、ものすごく嫌いになってしまった。これは非常にきつかった。

 こんなものがこれだけ長く、そしてこれからもずっとでは、もう無理。ここまでが、完全に限界。

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●最後の方は生き地獄

  こんなふうに、精神的に一層きつくなっていけば、体調も一層ひどくなっていく。そうすれば、周囲の無理解による精神的苦痛もさらにひどくなっていく。すると体調もさらにひどくなっていく。経済的問題も、これらをひどく助長する。

 このように、悪循環の泥沼にはまってしまい、肉体的・精神的に、最後の方は、すさまじい生き地獄になる。収拾がつかなくなる。

 私も、この21年間の序盤の頃でもこうした、周囲の無理解によるきつさは体験はしていたわけだが、終盤のそのすさまじさは、まさしく想像を絶するものだった。序盤の頃はもちろん、10年前、5年前でさえも、まさかここまで生き地獄だとは知らなかった。

  ここ数年など、目の前の1日をしのぐ、耐えるだけが本当にすべてだった。今など、1日を耐えるだけでさえ、体力的・気力的・精神的にものすごいエネルギーがいる。ここ数年において1日を耐えるエネルギーを100とすれば、16才までの16年間に出した力など、全部あわせても、ほとんどゼロにしかならない。

 繰り返すが、私は、これだけ体力的・気力的・精神的にボロボロになってしまうと、もはや宝くじ2億円が当たったところで、これ以上生き続けるのは、もう不可能だ。はっきりいって、ここまでくると、もう手遅れに思える。

 21年前の時点で、「この21年をやったら10億円やる」と言われても、こんなものは絶対にやらない。やる人など、いるわけがない。

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【生き地獄の中で死んでいった人】

  ともかく、この21年の終盤の数年間ともなると、もはや、とても私の力などでもちこたえられるような代物ではなかった。

  6年前(平成10年)、私はある女の子と出会った(この人を「C子さん」と呼ぶ)。その人に私の事情を話したところ、彼女は絶句してしまい、「えーっ、そんな普通の人だったら気が狂う状況なのに、何で平気で笑ってられるの?」と言ってきた。

 そう、普通の人なら気が狂っている。それを理解してくれたのはこの人だけだったが、私も「普通の人」だから、本当であれば、やはりとっくの昔に潰れているはず。

 それが、いったいなぜ、これだけ長くもちこたえられてきたか。

 

●生き地獄の中で死んでいった人

 それは、こういう病気で死んでしまった人たちもいるんだ、ということが、私にとてつもない力を与えてくれたからである。

 例えば、「いい歯医者・悪い歯医者」(林晋哉・林裕之共著 クレスト社…著者の林晋哉氏は歯科医師、林裕之氏は歯科技工士)に、ある女性(以後、この人を「Bさん」と呼ぶことにする)に関する、以下のような話がのっていた。

 

  先に、かみ合わせの不具合によって体の不調が発生することがあることは述べたが、このBさんも、歯科治療(インプラント…人工歯根を打ったこと)によって大きくかみ合わせが変化したことにより、体調が急変してしまったという。同書によれば、以下のようにある。

 「…大きな脱毛症状が現れた。もともとは髪の量が多く、ふさふさしていたが、それが見る影もなく抜け落ちてしまった。ほかの全身症状としては、肩凝りや嘔吐はもちろん、打ち砕かれるような激しい頭痛で意識が混乱し、夜中に救急病院へ運ばれることもあったという。

 しかもこの患者さんの悲惨なところは、周囲の誰も、これが噛み合わせの不具合に由来しているということをわからなかった点である。

 本人はインプラントを打ってから体が急変したことを知っているから、歯科医にそれを訴えたという。だが、歯科医は大学病院の口腔外科を紹介するだけだった。総合病院に行って検査をしても、歯科は管轄外だから歯を調べることはない。体のどこをどう調べても異常が見つからないので、最終的に「ストレスによる脱毛症状」と診断が下された。

 原因が追究できないのだから、治療はもちろん、応急処置を施されることもなく、体のあちこちがどんどん蝕まれていった。そのひどい痛みをわかってもらおうと、彼女は自分の人形を作って、どの部位がどう痛いかを懸命に医師に説明しようとしたのだが、それを見て医師はますます気味悪がるだけであった。

 彼女は歯科や一般医科を含め、14の医療機関をさまよい歩いたが、症状が好転することはなかった。ついには家族とも別居するようになり、気の毒にも自殺してしまったのである。」

 (なお、巻末の「資料41」にもう少し広い範囲の引用文を掲載した)

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●限りない孤独の中で…

  こういう人は、他にも多分かなりいるのだろうと思う。

 普通の人は、これを読んでも特に過酷とは思わないかもしれない。いや、「へっ、何だそんなもの」と思うだけかもしれない。しかし、これはまさしく生き地獄である。世の中にここまでひどいことがあっていいのかと思う。

 おそらく、この人の場合は肉体的苦痛の度合いもすさまじかったのだろう。人は外見だけで判断するが、繰り返すが外見では全然わからないものなのである。その肉体的苦痛が限度を超えてしまったのかもしれない。精神的苦痛の度合いもすさまじかっただろうし、何よりやはり経済的に何ともならなかっただろう。

 にもかかわらず、私もそうだったが、みんなから「気のもちようだ」「もっとがんばれ」「仕事すれば治る」などと言われ、誰もまともに取り合ってくれないのである。医師に必死に説明しても、そうだったのだろう。そういう、限りない孤独の中で死んでいったのだ。

 

  「最後は家族とも別居するようになった」とある。普通の人は、それがなぜか、わからないと思う。しかし、私にはものすごくよくわかる。家族も、全くまともにとりあってくれないからである。「気の持ちようだ」「もっとがんばれ」などと、散々言ってくるからである。

  先に、不定愁訴の場合、Aにて「外見は全く何でもなく見える」と述べた。そして、「体がいくらきつくなっても、やはりその点は変わらない場合も多い」とも述べた。この人も多分そうだったのだと思う。

 ということは、これも先にも述べたが、体調不良の度合いがひどくなればなるほど、実際の状態と、周囲の人から見た目とのギャップがより大きくなり、精神的にもよりすさまじい苦しみになるのである。

  いや、というか、先に私は以下のように述べた。

  「体がまともな状態を100とする。不定愁訴に苦しむ人の場合は、これが50でも10でも0でも、周囲からは100とみなされる。100と扱われる。50位の状態でも、これはかなりきつい。短期間はもっても長期は無理だ。

 これが10や0の場合だと、まさしく生き地獄になる。いや、地獄というよりこれで生き続けるのは、たとえどんなに精神力が強い人でも不可能だ。」

  そう、10や0ともなると、はっきりいって、人と一緒に住むなどというのは不可能だ。50でも、長期にわたっては無理だ。

 このような病気の人で、やはり「やる気ないだけ」とみなされて家から放り出された人などもいるのだが、そうでなくても一緒に住むなどというのは本当に不可能だ。

 

 ちなみに、私の場合も、この21年の最初の頃と最後の頃では体調不良の度合いにかなりの差があったのだが、外見は全く変わらなかった。

  このように、この人は家族からも、友達からも、周囲の人からも全く理解されない中で死んでいったのだ。おそらく、大勢の人をものすごく嫌いになって死んでいったのだと思う。

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●真に人を力づけるのは、生き地獄の体験

 これではなんぼなんでも、あまりに過酷すぎる。私は現時点ではまだ生きているから、そのかけらもわかっていないと思うが、私ももしこのまま死んだら、それに耐える力までは、とてもとても、あるわけがない。

 そういう、このように死んだ人たちからみれば、私は現時点ではまだ生きているのである。生きていれば、何かで報われる可能性だってある、そう言い聞かせて、ここまで耐え抜いてきた。

 それが、終盤の数年間の私を、辛うじて、ほんとに辛うじて、まさしくすんでのところで支えてきた。私一人の力でなど、とてもとても、もつわけがなかった。それがなかったら、私など、とっくの昔に、軽く潰れている。

 

  最後の方など、体力的・気力的・精神的に何百回・何千回も切れた。普通であれば、とてもとても、もつわけがなかった。「いくら何でもこれ以上は、さすがにもう、絶対に無理だ」と、何百回、何千回も思った(1日のうちでも何回も思ったりするので、この表現は大げさではない)。

 だが、そのような絶望の中で、「こういう人たちもいるんだから。これを叫ぶことすらできずに死んでいった人たちもいるんだから」と言い聞かせた。それを考えれば、もはやがんばるのはとても無理だが、どうにか耐えねばならない、と、その度に辛うじて思い直すのだった。

 生き地獄の中で奇跡的にどうにかこの文章ができたのも、この人たちの力だ。

 この人たちが、私に本当にすさまじい力を与えてくれた。

 生き地獄の体験をした人というのは、言葉など一言も残さなくても人にすさまじい力を与えてくれる。

 真に人を力づけるのは、立派な言葉や理論・理屈などではない。生き地獄の体験だ。

 

  とはいえ、これ以上はもう無理だ。

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資料1

  ところで、「貧すれば鈍する」というが、慢性の痛みは性格を変えてしまう、という場合もあると思う。「断痛療法」(塩谷正弘著 サンマーク出版)には、次のようにある。

 「病前性格と病後性格という言葉があります。病気にかかる前の性格と、病気になってからの性格。こんな奇妙な言葉があるのは、病気になったことを契機に、実際の性格がガラリと変わってしまう人が少なくないからです。特に、慢性の痛みを抱えている人には、発病をきっかけとして性格がガラリと変わる例がけっこう見られます

 ディケンズの『クリスマスキャロル』を愛読した人は多いと思います。あの小説の主人公である意固地で底意地の悪い老人スクルージュは、実は慢性の痛みに悩まされているのです。痛風という慢性の痛みにです。

 この老人も、若い頃は心やさしい人でした。それが痛風の痛みに苦しめられるようになるとともに性格が変わり、人から嫌われ、敬遠されるいやな人格の持ち主になってしまったのです。

 慢性の痛みは、それほどまでに人間を苦しめるのです。シクシク、ジクジクと長く続く痛みを抱えて生きていると、本人の思惑とは関係なしに意固地で底意地の悪い性格になってしまいがちなのです。…」

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【追記・不定愁訴とストレス】

 私はこの20年以上、頭痛で苦しんでいる、と言うと、「気の持ちようだ」「やる気ないだけだ」などとさんざん言われてきた他に、よく「何か悩みでもあるのか?」「何かのストレスが原因ではないか」ということもよく言われてきた。こうしたことは、不定愁訴で苦しむ人の場合に共通することだと思う。

 確かに、もしかしたらそういうことが原因としてあるのかもしれない。もしそうならば、「そんなものは自分が悪いだけだろう」と言われれば、それまでだ。

  しかしだからといって、「気の持ちようなんだから、あるいは自分が悪いだけなんだから、がんばって普通に仕事しろ」などと言われても、ほんと、どうにもならないのである。たとえ精神的なことが原因としてある場合でも、体の具合が悪いということに変わりない。その点は、理解してほしい。

  心臓病や胃潰瘍など、一般的な病気でも、ストレスなど精神的な要因が大きい場合もあると思う。これらと不定愁訴の違いは、診断がつくかつかないか(医学的に証明がつくかつかないか)だ。体の具合が悪い、ということにおいては同じだ。

 それでも、「たかが頭痛だろ」と言う人もいるかもしれない。しかし、頭痛(や不定愁訴)でも、程度・期間などによっては、決して「たかが」と片づけられるようなものではないことは、ここまで述べてきた通りだ。

 

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