■直子の部屋
朝刊を読んでいた直子は、大きなあくびをしながらTVをつけた。
「…ただいま入りましたニュースです。
洋画家で芸術院会員の芝山泰司さんが亡くなりました。
今朝早く、自宅アトリエで首をつって死んでいるのを家の人が発見しました。
遺書などは残っておらず、発作的な自殺ではないかと見られています。」
直子は画面に釘付けになった。
昨日、直子は芝山に会ったばかりだった。
「芝山さんは昭和38年に、40歳で日本洋画壇にデビュー。
力強い作風は海外にも広く認められ、世界的な画家として活躍していました。
芝山さんの自殺の動機について、周囲の人たちは全く心当たりがないと
言っており、大き謎として波紋を投げかけそうです。」
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■雑誌社
編集長「直子、おまえ昨日、芝山先生と一緒にメシ食ったんだろ?」
「はい。日曜版の特集の打ち合わせで。」
「そのとき何か感じなかったか?
自殺する予感とか。そう、雰囲気とか」
「んー、雰囲気…。」
昨夜のことを思い返し、思い当たるキーワードを1つ口にした。
「スープ。」
「スープ!?」
「ええ。海亀の。」
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■昨夜のレストラン
静かなピアノ音楽流れるレストランで
ワインを注ぎながら話を進めていた。
「毎週日曜日の絵のページを楽しみにしている読者が、結構いるんです。
先生のように人気のある方の特集を組ませて頂けることになって、
編集部でも張り切っています。」
「それは光栄です。
私もできる限り協力させていただきます。」
ウエイターが最初の料理を運んできた。
「メインディッシュの前のスープです。
本日は非常に珍しい海亀のスープを用意させて頂きました。」
「ほー、海亀か!」
ひどく感激したように声をだす。
皿に注がれたのは黄褐色のスープだ。
彼はそれを一口啜ると、突然こわばった表情になった。
「…ちがう、ちがうよ、君! …これは、海亀じゃない。」
「え?」
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「青くなった?」
「ええ。幽霊を見たみたいに。」
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「本当に…、海亀の…、スープなのかね…」
「セレベス沖で捕れました、アカウミガメと聞いておりますが。」
「あぁぁ…、アカウミガメ…
本当に…、海亀なんだ…」
「味に問題ありましたら、シェフを呼びますが。」
無表情のままウェイターは言った。
「これが…、海亀だったのか…
どうしておれは…、おれは…!」
「どうなさったんですか!?」
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編集長「しかしスープを飲んだだけで自殺なんて。なんかありそうだな。」
「何なんでしょうね。」
「とにかく世間じゃ謎の自殺だと騒いでるんだ。
芝山の自殺の真相を突き止めれば、大スクープだぞ。
直子、追いかけてみろ。」
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■芝山の通夜
直子は芝山の通夜に参列した。
その中に、見覚えのある男を見つけた。
確か昨日、あのレストランにいた男だ。
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昨夜、レストランでスープを一口啜った後、芝山は青ざめて席を立ち、
よろよろと歩き出した。
「芝山先生、ちょっと待ってください。
今、車呼んできますから。」
直子が彼の体を支えようとしたが、彼はその手を振り払った。
「いい、一人にしてくれ!帰らせてくれ!うぅぅ…」
「先生ー…」
店の玄関まで追ったが、芝山は行ってしまった。
ため息をついて直子が振り返ると、
この様子を見ていた一人の男と目が合ったのだった。
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この男が、彼と何か関わっていると察し、
直子は歩き去る男の後を追う。
トンネルの入り口に差し掛かったところで呼び止めた。
「あのー、あのー。
昨日あのレストランにいらっしゃいましたよね。
少しお話を聞かせてもらえませんか。
実は私、自殺の動機が先生の過去にあるような。
それもかなり古い過去。
なにかご存知なんですね。
何があったんですか。」
男は何も答えず、背を向けて歩き去ろうとする。
「…海亀ですか?」
その単語を聞いて、男はぴたりと足を止めた。
「芝山さんは言いました。『これちがう、海亀じゃない』って」
男は息を呑み、振り返る。
「あなたも何か関係あるんですか?」
「私は昨夜、偶然彼を30年ぶりに見かけた。
…それだけだ。」
男はそれだけを答えると、再び歩き始めた。
直子は男に走りより、問いただした。
「なにがあったんです!?
人には話せないことなんですか?
…犯罪?…まさか殺人?」
大声がトンネル内に響き、通行人が不審そうに振り返った。
「私は芝山先生が自殺する3、4時間前まで
いっしょにいたんです。
同じ海亀のスープを飲んだんです
それなのにあの方はもうこの世にいない。
どうしてなんです?
私知りたいんです。人ってそんな突然死ねるんですか?
じゃあ…、人って何なんです。」
「何なんだろう…。」
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■海のすぐそばに立つ男の家
薄暗いきれいな部屋に、大きなテーブルが一つ。
カーテン越しに波音が聞こえる。
男は2つのグラスに大きな氷を入れた。
「いいところですね。
「ずっとこちらにお住まいで?」
「つい一月まえから。
それまではずっと、コロラドの山の中に暮らしていました。
30年。」
「30年も。」
直子は長いテーブルの端に座った。
「海を忘れたくてね。でも…帰ってきてしまった。」
「あなたの忘れようとした海と、芝山先生の自殺と何か関係あるんですか?」
男は無言のまま、グラスに洋酒を注ぐ。
「あるんですか?」
相変わらず口の重い男は、遠くを見るように顔をあげ、
無言のまま長いテーブルの反対側に座った。
やはり何か、言いたくないことがありそうだ。
そしてそれは、芝山の自殺の真相のカギ。
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「YESかNOか、それだけでも質問に答えてください」
男は眼鏡を外し、まっすぐ見つめて言った。
「YES」
直子は男の言葉をヒントに、推理しながら質問を始めた。
「海。あなたと芝山先生をつなぐものは、海。
海の好きな男たちと、海亀。
…あなたは漁師だった?」
「No」
「じゃあ船乗り?」
「YES」
男はためらいがちに答えた。
「ちょっと待ってください。
芝山先生は40歳のときにデビューしたんでしたよね?
そのまえはあの方も船乗りだった?」
男は首を縦に振った。
「女?
船乗りだったあなたと芝山先生は、一人の港の女を同時に愛してしまった。
その女は海亀のスープを作って、あなたたちのどちらかに飲ませた。
たぶんあなたに!
それを芝山先生が嫉妬してその女を…」
「女は関係ありません。」
推理を進めていく直子の言葉を遮るように、彼は言った。
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そのとき強い風が窓から吹き込み、カーテンが揺れた。
「嵐?
嵐であなたたちが乗ってた船が難破した?」
「あぁ…」
と辛そうな表情で頷いた。
「そしてどこかの島に流れ着いた?」
「…セレベスの沖でした。」
「でもそこは無人島で、食べるものが何も無かった?」
「何も無かった。」
「そこで海亀を捕まえて食べた。もちろんスープも作って飲んだ。」
「私は、海亀のスープは飲んだことはありません。」
「じゃあ、海亀のスープを飲んだのは芝山先生だけ?」
「NO。
昨日彼は、初めて海亀のスープを飲んだはずです。」
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直子は驚いて聞き返した。
「そんなことはありません。
だって……
どういうことなんです?
飲んだことも無いのにどうして味が違うって。」
話が混乱しそうなので、これまでの話をまとめて確認した。
「船乗りだったあなたたちの船は難破して無人島に流れ着いた。
そこでスープは飲んだんですね?」
「YES」
「でもそれは海亀じゃなかった。魚?」
「NO」
「じゃあ木の実?例えば椰子の実とか。」
「NO」
「じゃあ動物?ネズミとかヘビとか。
…でもそんなもののスープと昨日のスープの味が違うからって
自殺することはない…。」
男は震えるように息を呑みこんだ。
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「じゃあ何のスープ……」
!!!!!!!!!!!!!!!!!!
恐ろしいことを想像してしまった直子は、思わず手で顔を覆う。
指の隙間からゆっくり男の顔を見ようとする。
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「島にたどり着いたのは、…あなたと芝山先生だけじゃなかった…?
もう一人いたんですか!?」
男は無言で頷いた。
直子はむせびおののきながら、核心を尋ねる。
「もしかしたらその…
イヤー!!だって、そんな!」
震えながら、直子は恐る恐る次の質問をした。
「…その人は、あなたたちより先に死んだ…?」
男が静かに頷くと、
直子は喚き声をあげ、涙を机につき伏せてしまった。
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「次は芝山の番だった。
衰弱は激しく、死ぬのは目に見えていた。
だから私は…。
芝山は拒否しつづけました。
食べなければ死ぬと何度言っても
決して口にしようとしなかった。
私は彼を、だましてでも救けようと思った。
だからそれでスープをつくりました。」
「あなたはそれを、海亀のスープだと言って彼に飲ませた…?」
「昨日、芝山が海亀のスープを飲んで、味が違うと言ったのはそのためです。
そして彼は、あの日、島で何を飲んだのかを知り…。
…これが芝山の自殺の真相です。
運命は皮肉です。
彼にスープを飲ませた翌日、私と芝山はフィリピンの漁船に発見され、
救けられた。あの日彼にスープを飲ませるのをもう一日我慢していたら
芝山は死ななくてすんだかもしれない。
私の一人が罪を背負えばよかった。」
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直子は声を絞り出して男に言った。
「芝山先生が自殺したのはあなたの責任じゃないわ。
だって、だって、あなたがスープを飲ませなかったら、
彼は救けの船が来る前に死んでたかもしれないじゃないの!
そうよ!
何のスープが出されたか分からなかった彼の方が愚かなのよ!
そうよ!!
それを30年もたって、何のスープだか分かって、
罪の意識で死んでしまうなんてもっと愚かよー!!
もっと愚かよー!!」
「私にこの話をしたあなた、死ぬつもりだったんでしょ。
死んじゃだめ。
きれいなことも汚いことも、みんなひっくるめて人間なんだと
私思います。
人間は死ぬために生まれてきたんじゃない。
人間は生きるためにつくられているのよ。そうよ。」
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■翌朝
直子は、海辺に停めた車から編集長に携帯電話を掛けた。
「編集長?スープが自殺に関係してるなんてとんでもない
思い違いでした。大スクープになると思ったんですけど、
ひどいガセねたで一晩無駄にしちゃいました。
真相?んー、さあー人間なんてわかりませんからね。
たいしたことじゃないんじゃないですか。
いいお天気。きれいな海。じゃあ。」
晴れた海岸を歩く直子。
直子が通り過ぎた後、近くで海亀の泳ぐ姿があった。
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