行政学と行政責任論


 
アカウンタビリティについて

 わが国で90年代に流行し始めた英語のアカウンタビリティ (accountability) という言葉は、国語審議会によって「説明責任」という翻訳語に矮小化されつつあるが、この概念は日本人が理解する以上に広がりがあり、時代と社会環境が変化する中でさまざまな意味が加わってきた概念である。アングロサクソン系の英語を話す国の人びとにとってはデモクラシーと同じくらい、社会をつくり健全な統治体制を守るために重要な価値でもある。しかし、このアカウンタビリティという言葉がいったい何を意味するのかという議論をするためには、その内部に存在する複雑な意味内容、それを生み出した価値観を明らかにしなければならない。ただ、これらの意味内容のすべて、あるいは価値観の内容を全部紹介するには紙面が足りないので、代表的なものだけを例示してみたい。

 ある人が命令権者や主人筋にあたる人に、自分の命じられた仕事について責任を全うしたことを弁明する、これが辞書で言うアカウンタビリティの意味であるが、管見の限りでは、それが議論される文脈は弁明の方法の違いによって七つ存在する。第一は政治的な文脈である。選挙のあり方、選挙民と政治家との関係、選挙の時に支援してくれた人びと(たとえば業界団体、市民運動、町内会など)に当選者はいかに応えるべきかということである。政治家がいかなる政策を選択するのかと言うことについてもこの政治的アカウンタビリティの議論が及ぶ。もちろん選挙民が主で、政治家は従である。この間接民主主義の原則が揺らぎ、選挙で選ばれれば後は何をしても良いと政治家が錯覚するとき、直接民主主義(リコールや住民投票)の声があがる。

 第二は英語で言う constitutional なレベルでの問題である。憲法とか統治構造という意味のこの言葉を背景に議論されるアカウンタビリティは、責任内閣制とか、議会の行政統制の問題、あるいは地方分権で行くのか中央集権でやるのかという根本で議論する。

 第三は法的責任である。合法性、合規性というモノサシで判断できるわれわれが一番わかりやすい責任問題で、たとえば各省庁がそれぞれの「設置法」の範囲内でどれだけの仕事を任されているのか、長である政治家(大臣)にはどのような形で報告するのか、役所が外部委託や請負に出すときにどんな法的なルールによっているのかという議論である。

 第四は英語で言う administration、日本語に直すと行政管理とか組織運営と言った意味におけるアカウンタビリティがここでの問題である。組織の上司と部下との関係が仕事ぶりにどんな影響を与えるか、管理運営上のマニュアルはきちんと守られて能率的に仕事が進んでいるのか、守られていないとすればそれはなぜか、そのマニュアルは組織の業績達成の邪魔になっていないかという視点での議論になる。1993年に制定された行政手続法は、手続の妥当性、適切性という意味で、このアカウンタビリティの問題に対応するものである。行政監察や会計検査は、このアカウンタビリティを追及する伝統的な方法である。なお、このアカウンタビリティは追及すればするほど、時機を逸して遅滞する、非能率、有効性の欠如という組織の病理が出ると指摘されることもある。つまり、行政は法律を守らなければならないと考え、組織にいよいよ多く法的規制をかけていくと、その法律の要請によってしなければならない業務が増えて、本業の邪魔になるという「アカウンタビリティのジレンマ」問題である。

 第五は専門職に要求されるアカウンタビリティである。一般事務職と専門職とに要求されるアカウンタビリティの意味は当然違っている。たとえば同じ公務員でも研究職や医師などの場合、一般事務職とは自ずと責任の問題は違った種類になるであろう。責任の重さも違う。現代の政府活動はこうした専門職によって担われることが多く、そこでの責任の問題は今までの「ゼネラリスト」(一般行政職)を前提とする責任論とは違ってくるはずである。専門家としての資格や学位があること、同じ専門職の批判の目が重要である。

 第六は1990年代になって、アングロサクソン系の国々で流行する New Public Management (NPM:新しい公共管理) の影響を受けてわが国で注目されるようになってきたマネジメントのアカウンタビリティである。新しい行政管理は公共部門と民間部門の境界を取り払うことを主眼とする新しい行政のマネジメントのスタイルである。ここで責任を果たしたといえるのは、たとえば行政サービスのユーザー・顧客としての市民のニーズを尊重した、成果(アウトカム)を大事にしたことを証明させるために業績指標の達成度を測定する、支出に見合った価値(Value for Money)があるということである。業績評価や行政評価という方法が使われる。

最後に、政策についてのアカウンタビリティという考え方が新しく出てきた。1997年、通産省と三重県で注目され、「行政機関が行う政策の評価に関する法律」(2001年)の中で法制化された政策評価によって追及されるアカウンタビリティである。政策の効果について、その政策を決定した政治家は責任を負わなければならないし、政策手段が政策目標の達成に貢献しなければ担当する行政機関はアカウンタビリティを問われると言うことである。

 アカウンタビリティは現在のところこの七つの側面で議論されるが、問題はそれを追求する方法である。確認したいアカウンタビリティとそのための方法が食い違っていることが多い。政府の病気の診断と、それを治療する処方、そして治癒したかどうかの定期検診が不可欠なのであるが、今の日本はこの点では途上国である。